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奴隷から始まる異世界マネーウォーズ   作者: 鷹司鷹我
紙幣製造編
78/110

希少性

 時は定例会議でドラガの提案が終わった後、フォートが新しい計画について説明をしていたときに遡る。





 ――――パァァァァ……


 フォートが手に持った紙幣を、布に書かれた魔方陣の上にかざすと、紙幣が僅かに発光した。

 それと同時に、それを見ていた一同から「おぉ」と声が漏れた。



「……とまあこのように、紙幣に施した特殊な加工によって、魔方陣の雷魔法に反応して発光します。これのおかげで、偽札の判別は容易に出来るというわけです」


 フォートは驚いた様子の会長にそう言った。それを聞き、会長は「ほう……」とまた驚く。



「すごいな……こんなのは見たことがない」


「でしょうね。新しく開発した技術ですから。しっかし、ほんとに大変でしたよ。研究に試作、さらには大量生産の方法の確立……おかげで、すっからかんです」


「なるほどな……以前から何か開発しているとは聞いていたが、これのことだったわけか」


「はい、数ヶ月前から研究を進めていました。まあ研究と言っても、基本的な設計はすぐに出来ましたけどね。むしろ生産方法の最適化に時間がかかりました」


 フォートの言葉を聞くと会長は「良くやってくれた」と告げた。

 しかしその直後、同じく感嘆を漏らしていたゼータが不思議そうな顔をして尋ねた。


「いや、悪いんだがこれが何の役に立つんだ? 光ることはよくわかった。だが、それでどうやって儲ける? こんな光り方じゃ明かりには使えないし、かといってこれをそのまま売ったところで、誰かが買うとも思えない。これの使い道が、俺には全くわからないんだが……」


「ええ、その通りです。確かに“これだけ”じゃあ、何の用途もありません。でも、これに“用途を与える”方法があるんです」


「用途を与える方法だって?」


 ゼータの問いに、フォートは頷いた。


「僕はこの紙切れに、金貨と同じ価値……いや、ひょっとすると金貨以上になるかも知れない価値を与えようとしているんです」







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「皆さんは、なぜ金貨で物を買ったり、サービスを買ったり出来ていると思いますか?」


 フォートは周りにいる商売のプロフェッショナル達に尋ねた。彼ら商売のプロからしてみれば、「馬鹿にしているのか」と言いたくなるような質問だ。


「そんなの……金貨に価値があるからだろう?」


 ゼータが全員を代表して答えた。その答えを聞き、フォートはさらに尋ねる。


「じゃあ、なんで金貨に価値があるんですか?」


「それは……みんな“金貨には価値がある”と思っているからだろ?」


「ええ、その通りです。でも、よく考えてください。本当にそうでしょうか?」


 フォートの、答えのわかりきった問いに全員が『何が言いたいのだろう?』と疑問を覚える。その疑問に答えるように、フォートは続けた。


「金と鉄。この二つを比べてみましょうか。とりあえず、鉄が使われている製品って何か思いつきますか?」


「農具や武器……とかかな」


「その通りです。そしてわかりきっていることですが、もちろんそれ以外にもたくさんあります。それこそ、あげればきりが無いほどに。じゃあきんはどうでしょうか? なにか思いつきますか?」


「……金貨と……あと装飾品……かな?」


「そうですね。確かにそのくらいです。まあ何が言いたいかというと、“金は大して役に立たない”って事なんです」


フォートの言葉に、ゼータは頷く。


「……なるほどな、君が言わんとしていることが、なんとなくだがわかってきたぞフォート君。つまり君は『役に立たない金に何故価値があるのか?』と言いたいわけだな?」


 ゼータの問いに、フォートは頷いた。しかしそれを聞き、ゼータは僅かに笑った。


「すまないが、それはナンセンスだと言うしかないな」


「なぜです?」


「それは当然、金には“希少性”があるからだ」


 ゼータの答えに、フォートもまた「ええ、その通りです」と答えた。



 希少性、すなわち量が少ないと言うこと。金が持つ価値の大半は、これに由来していると言って過言ではない。



 いや、誤解を招かないように言っておくが、何も金は“量が少ない”と言うだけで価値があるわけではない。他にも“美しい”という点や、“精密機械の生産に不可欠”という大きな価値を持っている。


 しかし、例えば金メッキだって金と遜色がないほど美しいはずなのに、それほどの価値はない。“美しい”と言うことだけが金の価値ではないことは明白だ。


 さらには、精密機械なんて存在しなかった古代においてもなお、金が価値を持っていたという事実から、“精密機械に不可欠”と言う要素が金の価値ではないことは明白だ。



 金が持つ価値、それは結局の所“量が少ない”という点にあるのだ。





「ゼータさんの言うとおり、金に価値があるのは“希少性”があるからです。量が少ないからこそ僕たちは『そんなに手に入りにくいなら、きっと価値があるものに違いない!』と考えるわけです」


「その通りだフォート君。だが、やはりわからないな。それが、この紙と何の関係がある?」


 ゼータの当然の問いに、フォートは「実はさっきゼータさんが言ったことは、答えとして十分ではありません」と答えた。



「希少性がある……確かにその通りです。でも、それだけじゃ不十分なんです。いや、寧ろ間違いだと言っても過言じゃない」


「どういうことだ?」


「例えばです、希少性で言ったら、金よりももっと貴重な物があるはずです。例えば……そう、この羽根ペンとか」


 フォートは近くにあった羽根ペンを手に取ってそう言った。それを聞き、全員が首をかしげる。


「いや、そんなことは無いと思うよフォート君? その羽根ペンは別に輸入物でもないし、ただの量産品だ」


「ええ、その通りですねドラガさん。でも、見方を変えてみてください。この羽根ペンは、この世界に存在する“唯一無二”の存在じゃありませんか?」


「……?」


「例えば、この羽根ペンと、そこにあるもう一つの羽根ペン。これは確かに“同じ製品”です。でも“全く同じモノ”ではないですよね? ペンの長さや太さ、羽根の部分の形……ミクロレベルで見れば、完全な別物と言えませんか?」


「確かにそうだが……」


「ならそういう意味で、この羽根ペンは金なんかよりもずっと“希少性”を持っていると思いませんか?」


「いや、それは違うでしょ」


 フォートの恐るべき論理に、思わずミザリナは口を挟む。


「何故ですミザリナさん?」


「だって……常識的にあり得ないでしょ? その羽根ペンも、そっちのも、誰に聞いても全員“同じモノ”だって言うに違いないわ」


 ミザリナの言葉に、フォートは頷いた。


「ええ、常識的に考えればその通りです。でも、その常識ってなんでしょうか?」


「それは……」


「“信頼”ですよ、ミザリナさん」


 フォートは力強くそう言った。


「『この羽根ペンとその羽根ペンは同じモノだ』とみんなが考えるはずだという、言い換えれば他者の思考に対する信頼。それこそが、このペンの希少性を無くしているんです。そして、その逆もまたしかり。『誰しもが“金は貴重だから価値がある”と思っているに違いない』という他者への信頼によって、金は価値を持たされているんです」


 フォートの言葉にミザリナは「まあ、言いたいことはわかるけど……」と腕を組む。


「じゃあ結局、君は何が言いたいのかな? 悪いけど私には、ここまでの話がその紙切れにどう繋がってくるか見えないんだけど……」


「簡単ですよ、ミザリナさん。結局の所、僕が言いたいのはたった一つのことなんです」


 そう言ってフォートは、手に持った一枚の紙切れを天高くかざした。



「僕は世界中の人間に『この紙切れには価値がある』と思わせようとしているんですよ」


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