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奴隷から始まる異世界マネーウォーズ   作者: 鷹司鷹我
紙幣製造編
77/110

変化

 闘技場の正面入り口。リンナのコンサートチケットが販売されていたこの日、そこには長蛇の列が形成されていた。

 そこにいたのは、演奏を聴こうと前日から待ち続けていた者。そして寒空の下、そんな行列に並びたくない者達の代理で並ぶ、いわゆる転売屋や代行屋たちだった。





 列の最前列、そこには前日どころか3日前から並んでいた猛者達がいた。


「やっとだ! あと少しで、ついにチケットが買える!」


 前から10番以内に並んでいた男は、そんな感嘆を漏らした。それを聞き、その一つ後ろにいた男も「まったくだ!」と答えた。


「食料を買い込み、寝るためのモノを用意し、寒空の中耐え続けた! その苦労がようやく報われる!」


「それもこれも、全部はリンナ様の演奏を聴くため! そのためなら、この程度の事なんて!」


 三日間も同じ場所で待ち続け、彼ら二人の間には友情にも似たものが生まれていた。

 三日間も同じ場所にいれば、もはや近くにいる者とオタク談義をする以外に暇を潰す方法なかったのだから、当然と言えば当然だった。





「販売開始まで1分でーす! 混乱が予想されますので、チケット購入の準備をしておいてくださーい!」


 列整理の係員が、そんな事を言ってまわっていた。

 それを聞くと、二人の内で前に並んでいた男は、荷物の中から金貨の入った重い袋を取り出した。


「ふっふっふっふ……この日のために、抜かりはねえぜ。なんたって、銀行に預けていたなけなしの貯金まで持ってきたんだからな」


 そんなことをつぶやいた男だったが、後ろに並んでいた男のことを見て、「ん?」と首をかしげた。

 後ろの男が、なぜか金貨を用意せず、小さな紙切れを懐から取り出したのだ。



「なぁ、それなんだよ?」


「え?」


 前の男から聞かれ、今度は後ろの男が首をかしげた。


「何って……お札だけど?」


「お札?」


 前の男の“なに言ってんだコイツ?”という表情を見て、後ろの男は顔色を変えた。


「おいまさか……お前……」





「お待たせしました! 今からコンサートのチケット販売を開始します!」


 待ちわびた言葉に、前にいた男は「おっ! ついに始まったぜ!」と興奮する。


「いよいよだ! ついに俺は……ん? ちょっと待て、アレなんだ……」


 前にいた男は、最前列に並んでいた猛者がチケット売り場で“得体の知れない紙切れ”を渡したことに驚く。それは遠目に見た限りでは、後ろの男が持っていたモノと同じモノのようだった。



 チケットを販売する受付の女性は、渡された紙切れの枚数を数えると、それをなんだかよくわからない魔方陣が描かれた布の上に置く。

 そして次の瞬間、


 ――――パァァァァ……


 布の上に置かれた紙切れが、僅かな輝きを放ち始めた。

 その発光を確認すると、受付の女性は「はい、確かに料金を受け取りました。こちらがチケットとなります」と言って、並んでいた男にチケットを渡した。


 その様子を見て、男はさらに首をかしげる。そして、後ろにいた男に尋ねた。



「なあ、アレって何してるんだ? なんか紙切れを渡してるみたいだけど……」


「お、お前!」


 驚くべき事を聞かれ、全てのことを理解した後ろの男は、前の男の肩を掴んだ。そして鬼気迫る表情で尋ねた。


「まさか……紙幣を用意していないのか!?」


「紙幣? 何だそりゃ……あ、次は俺の番だな。悪いけど行くわ」


 後ろにいた男の「ちょ、まてよ!」という制止も聞かずに、男はズンズンとチケット販売所に向かった。

 そして、チケット購入の為に必要な金貨が入った袋を“ドサッ”と、受付に置いた。



「さあ、確認してくれ。そして、俺にチケットを売ってくれ、お嬢さん」


 どや顔でそう言った男だったが、しかし受付の女性は困った顔をしていた。そして、申し訳なさそうに頭を下げた。


「申し訳ございません。今回から、金貨での販売をしておりませんので、どうか紙幣でのお支払いをお願いします」


「……はい?」


 女性の言葉に、わけもわからず男は首をかしげた。


「え……それってどういう……」


「事前にお知らせしましたように、今回よりチケットの販売は完全に紙幣のみでの販売となっております。ご存じではありませんでしたか?」


「……え」


「ですので、こちらの金貨では販売することが出来ません。この金貨と同額の紙幣をお持ちではないでしょうか?」


「……持っていません……えっと、その“紙幣”ってのはどこでもらえるんですか?」


「ミカエル商会傘下の小売店で、同額の金貨と交換可能です。もしお持ちでないのでしたら、一度列をでて、金貨を紙幣に交換して、それからまた並び直してください」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


 衝撃の事実に、男は狼狽し始める。


「一度列をでろって……そんなことしたら、チケット買えないじゃないですか! こんなに並んでるんですよ!?」


 後ろに続く終わりが見えないほどの大行列を指さして男は言った。しかし女性の答えは変わらない。


「そう言われましても……規則なので」


「そんな! 三日も待ったんですよ!? それなのにチケットが買えないなんて……そんなのあんまりだ!」


「いや、だから規則ですので……」


「冗談じゃない! 頼むよ! 金貨はいくらでも払うからさあ! 頼むから俺に……」


「申し訳ありません、規則ですので」


「そんなぁ……!」


 男はついに、泣き崩れた。


「あ、あんまりじゃないか……ここまでしたのに……こんな……こんな……」


 泣き崩れた男の姿を見て、女性は“はぁ”とため息をつく。そして、これ以上の説得は無意味だと思ったのか、近くにいた警備員を呼ぼうとした。


 そのときだった。



「大丈夫か?」


「……え?」


 泣き崩れていた男の肩を、先ほどまで彼の後ろに並んでいた男が叩いた。


「な、なんだよ……三日間が無意味になった俺をあざ笑うつもりか?」


 泣き崩れていた男は、後ろの男を睨み付けてそう言った。しかし後ろの男の行動は、彼が予期せぬものだった。


「もし紙幣を持っていないのなら、これを使え」


 彼はそう言って、不憫な男にチケット代と同額の紙幣を渡したのだ。


「なっ……いいのか!?」


「問題ないさ。多めに用意しておいたからな。もちろん、後でその分の金貨はもらうが。払ってくれるよな?」


「あ、当たり前だ! で、でもなんだってこんな……」


「簡単な話だ。俺とお前は、同じ志持って三日間、辛い中耐えてきた。そんな同士が助けを求めてるんだ。助けないわけにはいかないだろ?」


「な……お、お前!」


「さあ、早く立ち上がれ。待ち望んだモノが待ってるぞ」


「同士よ!」


 二人は公衆の面前であるにも関わらず、恥ずかしげも無く熱く抱擁をした。

 事の次第を見ていた周りの同士達からは、「いいぞー!」とか「感動した!」とか言った歓声が上がっていた。



 その様子を見ていた受付の女は冷めた表情で


「後ろがつっかえているので、早くしてください」


 と言った。


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