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奴隷から始まる異世界マネーウォーズ   作者: 鷹司鷹我
紙幣製造編
76/110

不安の予感

「いやー! すごかった! ほんと、あのクィーアント・リンナとか言う奴、とんでもない演奏をしてましたよ。だって俺の周りにいた奴ら全員、泣いてましたからね。ちょっと引きましたよ。商会長はもう聞きました? 泣きましたか?」


「いや、まだだ。時間が無くてな。それに、音楽なんて生産性のないものには興味は無い」


「あはは、そうでしたね。商会長なら、そりゃ聴いてませんよね。興味ないんだから。それも、それがミカエル商会主催だって言うんだからなおさら、聞くわけにはいきませんよね」


 ゲイナスはソファに座り、机で仕事を行うオットーフォンに向かってそう笑った。しかしオットーフォンは、クスリともせずにゲイナスに尋ねた。



「……まさかとは思うが、そんなくだらない話をするためだけに、ここに来たわけじゃないだろうな?」


「だめですか? 俺としては、大好きな商会長と少しでも話をしていたいんですけど」


「……」


「あはは、冗談ですよ。そんな顔しないでください。あ、大好きって言うのは冗談じゃないですよ?」


「……ふざけるのも大概にして、そろそろ本題に入れ。何のために来た?」


 真剣な表情で尋ねるオットーフォンに、しかしゲイナスはヘラヘラとしたままだった。



「二つ、報告があります。まず一つ目。先輩の足取りがつかめません。依然として、見失ったままです」


 ゲイナスの報告を聞き、オットーフォンはあからさまに機嫌を悪くする。


「……やはり、お前はあの男……いや、女に劣るようだな。まったく、裏切ったのがアイツではなくお前だったら、どれほど良かったろうな」


 明らかな“皮肉”を言われているにも関わらず、ゲイナスは「あはは、その通りですね」とその皮肉を一笑に付した。



「まあ正直、時間の問題ではあると思いますよ。いくら先輩が常人離れしているとは言っても、人である事には違いないんですから。そして人である以上、痕跡を全く残さずに逃走を続けることなんて出来るわけがない。だからこっちはジリジリと、時間をかけて捜索を続けていれば、いずれ……」


「捕まえられる……か?」


「ええ、その通りです。まあこのセリフ、先輩の受け売りなんですけどね」


「……つくづく、お前が裏切っていれば…だな」


「あはは、そんなこと言わないでくださいよ。じゃあこの話はここまでって事で。お次は報告2。これは、ミカエル商会に関する話です」


「……奴らか」


 オットーフォンはため息を漏らす。


「……ここ数ヶ月で、すでに帝国からの取引の多くを奴らに取られてしまった。それも、笛なんぞのためにな。にもかかわらず今度は奴ら、一体どんな方法で我々の仕事を奪うつもりだ?」


 オットーフォンの悲壮的な発言に、さすがのゲイナスも顔色を悪くした。


「……最近、ミカエル商会がある特殊な紙を開発したという話です。そしてどうやら、奴らはそれを使って何かしらのことをしようとしています」


「特殊な紙?」


「一言でいえば、魔力に反応して僅かに光を放つ紙です」


「……光るだと? その技術はすごいが、そんな物が何に使える?」


「わかりませんね。調べてはいるんですけど、情報統制がかなりのもので」


「……」


 オットーフォンは考え込む。


 数ヶ月前まで、彼はミカエル商会のことを全く恐れてもいなかった。しかし今や、その名前を聞くだけで『次は一体何をしてくるつもりなのか?』と身構えてしまう。


 実際、以前は圧倒的な勢力差があったにも関わらず、現在は二つの商会の勢力はほぼ拮抗していた。

 もしこれ以上ミカエル商会に何かされれば、まず間違いなく勢力は逆転することだろう。


 もちろん、それを指をくわえて『はい、そうですか』と受け入れるつもりは微塵もない。



「……ゲイナス、何としてでも奴らの企みを調べ上げろ。そして、我々が奴らの足下にひれ伏さなければならない状況だけは絶対に回避しろ。もし出来なかったら……わかってるな?」


 オットーフォンからの脅しともとれる命令に、しかしゲイナスはにこやかに「さすが、俺が惚れ込んだ商会長ですね」と笑った。







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「……というわけで、今月の商会の売り上げは、先月比5%増になっています。これは、まあ言うまでも無く皆さんわかっているとは思いますが、リンナちゃんのおかげです。彼女、ひいてはフォートさんの計画通り、彼女が広告塔の役割を果たしてくれているおかげと結論できます」


 会長秘書ナーベは、定例会議でそんな報告を行った。それに対して、異議を唱える者は誰もいなかった。



「これはあくまで概算ですが、来月の売り上げも数%増加する見通しです。それに伴って、ミカエル商会の帝国における経済支配率は、ダリア商会と並ぶことになります」


 ナーベの言葉に「おぉ……」という感嘆が漏れ出る。


 つい数ヶ月前まで、ダリア商会との間にはそれなりの勢力差があったにも関わらず、帝国経済の覇権は今や手が届く距離にある。そのことは誰にとっても驚くべき事であり、そしてこの状況に導いたフォートにとっても、予想以上の成果だった。





「素晴らしい。いや、本当に素晴らしい」


 会長は、数ヶ月前なら信じられなかったような成功を聞き、満面の笑みを浮かばせてそう言った。


「まさかこの短期間で、ここまでとはな……それもこれも、商会のために懸命になって働いてくれた従業員達のおかげだ。そして彼らを率い、奔走した諸君のおかげだ。この場を借りて、礼を言わせてもらおう」


 会長は、会議室の円卓に座ったフォート達幹部を見わたしてそう言った。しかし、そんな会長のねぎらいをゼータは笑った。


「おいおい会長、そりゃ間違いだろうよ。俺達は何もしていないんだからな。どれもこれも、全部そこにいるフォート君のおかげだ」


 ゼータの言葉に、ドラガやミザリナも同意する。しかし食料部門担当で、フォートを目の敵にしているところがあるミーナだけは、僅かに不満そうな顔をしていた。


 周りからの賞賛に、しかしフォートは謙遜した。


「そんなことありませんよ。僕だけの力でここまでこれたわけじゃないんですから。リンナちゃんのことを貴族の間で広められたのは、皆さんが日頃から築いていたコネクションのおかげですし、会場の手配やら何やらまで準備してくれたのも皆さんです。僕は計画を立てただけ。本当に働いたのは皆さんですよ」


「それは謙遜だよ、フォート君。君がなんと言おうと、ここにいる全員、君が一番活躍したって思っているよ」


 ドラガは隣に座るフォートにそう告げる。それを聞き、フォートはさすがにこれ以上謙遜するのも失礼だと思ったのか「ええ、まあそれなりの努力をしたのは確かです」と言った。

 そして、会長の方を見る。


「まあ、そんなに褒めてくれるんでしたら、この機に一度、何かご褒美でも欲しいところではありますね。お金とか」


 フォートの言葉に、会長は僅かに驚きを見せる。


「珍しいな、お前が自分からそんなことを言うなんて。いや、そもそもそんなに金に困っているのか?」


「ええ、そうですね。実は最近、個人的にいろいろと魔法道具を“開発”してるんですよ。その材料費やらなんやらで、かなりの額を使いました。ドラガさんに頼んで格安で融通してもらっているんですけど、それでも足りなくて……やっぱり、魔法道具は開発費がバカにならないですね」


「魔法道具? お前、今そんなものを作っているのか?」


 会長からの質問に、フォートは僅かに後悔を見せた。その顔には、言わなくても良いことを言ってしまったという思いが見え隠れしていた。


「……最近、魔法の勉強をしてるんです。そのついでに、勉強したことを使って何か役立つものを作ろうと……ま、趣味ですよ趣味」


「……そうか。まあ仕事さえきちんとしてくれるなら、別に構わんが……それと、特別報酬の件は考えておこう。期待していてくれ」


「ありがとうございます。僕が破産する前にお願いしますよ」


 フォートの冗談に、会議室に僅かな笑いがこぼれた。しかしすぐさま、静寂に戻る。



「それでは、定例会議に戻ろう。月末報告も終わったし、残るは各部門からの計画案だな。今回はフォートとドラガの二人から提案があるそうだが、どっちが先にする?」


「僕は後でも構いませんよ。それに、僕の提案は時間がかかるので、もしよろしければドラガさんに先方をお願いしたいですね」


 フォートは隣のドラガに言った。ドラガもまた「俺のはすぐに終わるから、そうさせてもらおう」と了承した。



「えー、知っている方もいるかと思いますが、先日合衆国から多数の武器購入の依頼がありました。今回は無事、要求された量を納品できましたが、次回はどうなるかはわかりません。また、これは内密にお願いしたいのですが実は合衆国関係者から、再度の発注があるだろうと言われています。そこで、武器生産に不可欠な鉄鉱石を例年よりも多めに確保、備蓄したいと思っています。これについて、何かご意見はありますか?」


「いいかなドラガ君?」


「はい、何ですかゼータさん?」


「君が言った“合衆国関係者”と言う人物だが、その人物からの情報は確かなのか? もし情報がガセで、武器の発注がなかったら、我々は大損害を被ることになる。そこについて、詳しく聞かせてくれ」


「それについては問題ありません。信用にたる人物だと断言できます」


「……そうか、君が言うのなら間違いないだろう。ならもう、俺から言うことはなにもない」


「あー……いいですか?」


 ゼータが納得したのを見計らって、こんどはフォートが発言した。


「構わないよフォート君。なんだい?」


「えーっと、会議前に配られた資料にサッと目を通したんですけど、ここに書かれている鉄鉱石の確保量は決定事項ですか?」


「……? いや、まだ計画案だからこの数値と全く同じになるとは言えないな。ただ、これを目安に確保すると言うだけだ。購入時の鉄鉱石のレート次第では少なくも多くもなると思う」


「……少ないですね」


 フォートのそんなつぶやきに、ドラガは首をかしげた。


「少ない? 俺としては、妥当な量だと思うが……」


「ええ、平時ならそうですね。間違いなく、この量で問題ないと思います。でも、今は違う」


 その瞬間、フォートの言葉で会議室は静まりかえった。


「……平時なら?」


「そうです。もし今が平常時なら、これで問題は無いでしょう」


「……今は平時ではないと?」


 ドラガの問いに、フォートは思わず“ふっ”と息を吹き出した。そして、当然のことのように言った。



「皆さんわかっているでしょう? 今は平時なんかじゃない、戦争準備期間だ。そしてこのすぐ後に間違いなく、戦争に突入する。そうなったとき、鉄鉱石は間違いなく高騰するでしょう。だから今は、鉄鉱石の買い時なんですよ」


「……つまり君は……戦争に備えて……いや、戦争で利益を出すために…備えろと?」


「そうですよ? なにか問題でも?」




「ダメだ」


 フォートに何か言おうとしたドラガを遮って、会長がハッキリとした声で言った。


「そんな商売は、私が許さん」


 会長はフォートのことをまっすぐに見ていた。その目には、静かな怒りが満ちていた。


「……意外ですね。てっきり会長は、利益主義かと思っていましたけど」


「確かに私は、利益主義だ。儲かるとわかれば、大抵のことは何だってする。だが決して、戦争を利用して利益を出す事だけはするつもりはない。我々は商人であって、そんな“死神”ではないのだからな」


「……」


 会長の瞳から、説得の不可能を感じたのか、フォートはため息をこぼした。


「……そうですね。すみません、僕がどうかしてました。ちょっと最近、こういうことに馴れすぎていた所為で感覚が麻痺していました。僕の話は忘れてください、ドラガさん」


 隣のフォートにそう言われ、ドラガは「あ、あぁ……」と僅かに戸惑いつつも答えた。


 フォートの発言と会長の強烈な拒絶で、一瞬張り詰めた雰囲気となった会議室だったが、なんとか事態が収拾しそうな雰囲気に、ほぼ全員が安堵していた。


 しかしゼータだけが、これまでに数多くの人間を見てきたその観察眼のために、言い知れない不安を抱いていた。


(……なにもないといいが)


 謝罪を会長ではなくドラガに行ったフォート。その姿に、ゼータは不安を感じていた。


 余りにも順調すぎるミカエル商会。その中で、会長とフォートの間に生まれた僅かなひずみ。それは、商会の未来に暗い影を落としているように、ゼータには見えてならなかった。





 そして、今は誰も知るよしはなかったが、ゼータのそんな予感は最悪の形で的中することとなるのだった。


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