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奴隷から始まる異世界マネーウォーズ   作者: 鷹司鷹我
アイドル編
74/110

期待と応当

 ~コンサート本番~


「おい! どうなってるんだ!? 同じ席のチケットが2枚あるって連絡が入ったぞ!」


「そんなのどっちかが偽物を使ってるに決まってるだろ! すぐに両方調べて、偽物を特定しろ!」


「行列が乱れてチケット確認どころじゃない! どうにかしてくれ!」


「そこかしこでケンカが起きてますよ! 警備員を送ってください!」


「ああくそ! どこもかしこも……」



 闘技場は混乱の渦の中にあった。と言うのも、闘技場が今日ほど盛況だったことはこれまでなく、日頃から会場の整理をしている闘技場の従業員達でさえも、経験したことがないほどの客の数に対応能力が限界に達してしまっていたからだ。


「全くどこの誰だよ! こんなむちゃくちゃなコンサートなんか企画したのは!」


「そんな文句はミカエル商会のヤツに言え! 大体文句言う暇があったら、さっさと仕事しやがれ!」


 そこかしこで怒号が飛び交い、もはやいつ暴動となっても不思議でないほどの空気が、本部に立ちこめていた。

 しかしそれとは対照的に、本部のカオスさを知るよしもないフォートは、闘技場の特等席から観客席を見下ろし、達成感に浸っていた。





「まさかここまで上手くいくなんて……いやはや、正直予想外。これはもはや、成功じゃないね。大成功だ」


 一人そんな事をつぶやき、「ふふふふふ……」と笑みをこぼす。


「えーっと……確かチケットの値段は現実世界の価値で1人三千円位だから、チケットの総売上枚数が1万枚と言うことは……はは、1回だけで3000万か。闘技場のレンタル料を差し引いても、ガッポガッポだね」


 恐らく闘技場が出来てから、最大の利益であろう金額を概算して、フォートはより一層の笑みを浮かべる。しかし取らぬ狸の皮算用という言葉があるように、まだ安心は出来ない。

 フォートはすぐに、緩んだ口元を引き締める。


「さてさて……となれば後の問題は、このコンサートが無事に終わるかだな。ま、それは心配ないか。昨日のリハーサルも上手くいったし……」


「フォート様!」


 あからさまなフラグを立ててしまったフォートの所に、何とも間の良い…いや、悪いことにも、息を切らせたターラが飛び込んできた。

 フォートは驚いて、ターラの方を見る。


「ど、どうしたの。そんなに慌てて……」


 フォートの問いに、ターラは苛立った声で答えた。


「あのバ……リンナが! ストライキを決行しやがりました!」



<<<<   >>>>


 ――――ドン!ドン!ドン!


 扉を何度拳で殴られようとも、リンナはウンともスンとも反応しない。体操座りでうずくまり、顔をうずめていた。



「……」


 こんな事をしてはいけないことは知っている。でも、こうするしかない。自分の演奏を楽しみにしている全員を、そして何より自分を悲劇から救い出してくれたあの人を、裏切ることになってしまったとしても。それでも、こうする以外に方法を思いつかなかった。



 これまでは、まだ良かった。これまでに演奏したのは、数人の前か、多くても数十人くらいの前だったから。目をつむっていれば、なんとかなった。

 演奏を終えた後、目をつむったまま立ち去ってしまえば、なんとかなった。



 でも、今回ばかりは違う。見てしまった。闘技場の観客席を埋め尽くさんばかりの、大勢の人間達を。自分なんかに期待してしまっている、たくさんの人たちを。



 怖じ気づいてしまったのだ。彼らの期待に沿うような演奏が出来ないのではないかと。彼らの期待を裏切ることになるのではないかと。そんな恐怖を抱いてしまったのだ。


 しかし、そんな彼女のことを誰も責めることは出来ない。なにせ彼女は、まだ“30代の”幼いエルフの少女なのだ。子供の彼女が、大勢から期待を寄せられ、そのプレッシャーに押しつぶされてしまったとして、それを一体誰が責められるだろう?







「悪いけどみなさん、ちょっと外してくれませんか? ここは僕に任せて、他の場所を手伝ってください」


「!」


 うずくまっていたリンナは、その声を聞いて顔を上げた。

 あの声、優しげな声の主は、間違いなくあの人だ。



「このバカ! こんな所に籠城してないで、さっさと出てきなさいよ!」


「ひっ……」


 突然挟まれた怒号に、リンナはびくつく。こっちの声は間違いなく……


「ちょ、ターラちゃん! そんなこと言ったらダメでしょ!」


「そんなこと言ってる場合じゃありませんよフォート様! このマヌケがここから出てこないと、このままじゃ暴動が起きますよ! ついでにチケットの返金もしなくちゃいけないし、商会の信用も失って大損害ですよ!」


「……」


 ターラの言っているとおりだ。自分が取っている行動は、まず間違いなくミカエル商会に大損害を被らせる。そしてリンナは、そんなことを望んでいない。でも、それでも……



「それはそうだけど……いや、もう君がいたら話がこじれそうだ。ターラちゃんもどこか他の場所を手伝いに行ってよ……」


「いいえ! 行きませんよ私は! こればっかりは、言うことを聞けません! 何としてでもこのドアホに、一発お灸を据えないときが済みません! ぶっ飛ばしてやります!」


「……」


 ターラの言葉を聞き、リンナはますます出て行けなくなる。

 フォートは、ついにターラをどこかにやるのを諦めたのか、ため息交じりにリンナに話かけ始めた。



「……ねえリンナちゃん。君は何で、こんな事をしてるのかな? 昨日まで、あんなに必死で練習してたじゃないか。お客さん達だって、みんな君の演奏を楽しみにしてる。彼らの期待を裏切るのかい?」


「……私……怖いんです」


「怖い?」


「そうです……怖いんです。期待を裏切ってしまわないかが……とても」


 ターラの僅かに震える声を聞き、フォートは全てを理解し、そしてため息をついた。

 そのため息はリンナに対してのものではなく、彼女の精神状態を全く把握できていなかった自分自身に対するものだった。



「……そっか。そうだよね、怖くて当然だ。ごめんね、気づいてあげられなくて」


 フォートの言葉を聞き、しかしリンナは動かなかった。


「……すみません…わかってるんです。こんな事、ほんとはしちゃいけないんだってことは。私は頑張って、期待に応えなくちゃいけないんだってことは……わかってるんです。でも、やっぱり怖い。怖くて、怖くて……出来ないんです」


「はっ! そんなことはどうでも良いんですよ! 期待を裏切るのが怖い!? そんなら裏切れば良いじゃないですか! チケット代はもうもらってるんですから、文句を言われようが知ったことじゃないでしょ!」


「いや、それはダメだよターラちゃん……」


 ターラの過激発言に、フォートは半ば呆れてそう諭す。


「違うんです……チケット代とか……そんなどうでも良いことじゃないんです……私はただ……私なんかに期待してくれた人たちを、がっかりさせたくないだけで……」


「はあ!? それなら今のこの状況の方がよっぽどダメじゃないですか! あなたの演奏が聴けないとわかったら、あの“サイフ”達がどれだけがっかりするかわかってますか!?」


「ターラちゃん、さすがにお客さんのことを“サイフ”なんて呼んじゃダメだよ」


「確かにがっかりさせてしまうかも知れません……でもそれは、曲を聴けなかったことに対してです。みんなが期待している、演奏に対してじゃない。そのことが、私には重要なんです」


「ええい! とんちはもう良いです! こうなったら、私がこの扉をぶち破って、あなたを引きずり出します! 無理矢理にでも舞台に立たせてやります!」


「ちょちょ! ターラちゃん落ち着きなって! 扉を壊したら弁償させられるよ!?」


「構いません! ターラが弁償してあげます! だから止めないでください!」


「いやいや! もうほんとにやめなって! それにさ、もういいから」


 フォートの言葉に、扉を蹴り破ろうとしていたターラは思わず、困惑した表情でフォートの顔を見た。


「はい?」


「いや、もういいんだって。リンナちゃんがそんなに演奏したくないなら、無理に演奏しなくて良い。今日のコンサートは中止にしよう」


「!」


「えぇ!? フォート様本気ですか!?」


「そりゃもちろん、僕は本気だよ。だって、こんなに嫌がってるのに、演奏させるわけにはいかないじゃないか。聞く側だってきっと、こんな形での演奏は望んじゃいない」


「いやでも……“サイフ”にはどう説明するんですか!?」


「『病気になってしまいました』とか言い訳すれば大丈夫だよ、たぶん。まあ混乱は起きるだろうし、ミカエル商会の評判は落ちるだろうけど……それよりもリンナちゃんの気持ちの方が大切だ。それと、サイフじゃなくてお客さんだよ」


「……い、いいんですか?」


 部屋の外で繰り広げられていた問答を聞き、リンナは思わず扉越しにたずねた。



「私……今日は舞台に立たなくても……いいの?」


「うん、構わないよ。だって演奏したくないんだろ? それなら、しなくて良いに決まってるじゃないか」


「…………私を……追い出すんですか?」


「は?」


 リンナからの予想だにしない質問に、今度はフォートが困惑の表情を浮かべた。


 リンナはとても暗く、絶望したような声で続ける。


「笛を吹けない私は……役立たずです。タダでご飯を食べるだけの……役立たず。フォートさんは私の笛を見込んで、引き取ったんでしょ? なら、笛を吹かない私なんか……いらないでしょ?」


「……」


 しばしの沈黙。気まずい静寂が、辺りを包み込んだ。

 そしてそれを破ったのは、やはりフォートだった。



「……始めて君の演奏を聴いたとき、僕はある場所を思い出したんだ」


「……ある場所?」


「僕の故郷だよ。僕がここにやってくる前にいた、ある世界のことだ。その場所は、僕にとっては酷くつまらなくて、そして苦しい場所だった。少なくとも、あそこにいたときはそうだった。でも君の演奏を聴いて、故郷の光景が脳裏をよぎったとき、あんなに嫌で嫌でたまらなかった故郷が、とても懐かしくて、とても恋しく思えたんだ」


「……」


「なんでなのか最初はわからなかった。でも、すぐにわかったよ。あそこには、僕を待っている人たちがいた。僕を愛してくれる人たちがいた。だから僕はきっと、あの場所を懐かしく思ったんだと思う。どれだけ世界が辛かったとしても、大切な人たちがいる場所は僕にとって幸せな場所だったんだって、気がついたんだ」


「フォート様……」


 ターラは、隣で告白をするフォートのことを心配そうな瞳で見つめていた。それに気がついたフォートは、笑みを浮かべてターラの頭を撫でた。


「……でも、あの場所に帰りたいとは思わないよ。だって、もうあそこに帰れないくらい、こっちの世界にも大切な人たちが出来ちゃったから。もし帰っちゃったら、きっと僕はあっちの世界でまた、こっちの世界のことを恋しく思っちゃうんだって事は、わかりきってたからね」


 フォートの言葉を聞くと、ターラはとてもうれしそうに「えへへ」と笑った。きっと、自分もまた、フォートの大切な人の一人である事を、わかっているのだろう。


「……だから僕は、君にとても感謝してるんだよ。僕に、そんな大事なことを教えてくれた君に。大事なことを気づかせてくれた君に、とても感謝してるんだ。だからこそ僕は、恩を返したいと思った。君に里親に出される以外の選択肢をあげることで。でも、どうやら失敗だったみたいだね」


「……」


「もし君がもう人前で演奏したくないというのなら、それで構わない。僕に大切なことを気づかせてくれた君を、これ以上傷つけたくないから。でもまあ正直なことを言うと、僕は君に演奏して欲しい。君の演奏で、たくさんの人を救って欲しいんだ。僕にそうしてくれたように。だから、やっぱり少し残念ではあるよ。でも、これだけは知っていて欲しい。君はもう、僕にとっては大切な人の一人なんだって事を」


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