不安な前夜
話は1ヶ月前に遡る。
「気をつけてください。もうすぐ、合衆国と戦争になります」
二人きりの食事の席で、フォートは突然そう切りだした。その言葉を聞いて、レミリオは驚きを浮かべる。
「……どういうことかな?」
「言葉の通りです。実は先日、合衆国の商会から大量の武器の発注が入りました。まあ考えるまでもなく、武器の最終的な行き先は合衆国政府でしょうね……あ、僕が教えたことは秘密でお願いします」
「……なるほど、たしかにそれは一大事だな」
レミリオは顔をしかめる。しかしすぐに、疑問が浮かんだ。
「……いや待て。しかしどういうことだ? 合衆国が帝国に戦争を仕掛けて勝てるわけがない。そんなことを奴らがするだろうか? ましてや、帝国以上の軍事力を誇る協商に戦争を仕掛けるわけもない。奴らは一体、どこの誰と戦うつもりなんだ?」
「勝てないとわかっていても、戦争を仕掛けることはありますよ」
「……あるのか? そんなことが……」
「ええ、残念ながら。いや、レミリオさんにわからないのも無理はないですね。だってあなたは、民主主義を知らないんですから」
「……?」
「帝国は何ともありがたいことに、専制君主制。トップがレミリオさんのように優れていれば、勝てない戦争を仕掛けることもない。でも、民主制の合衆国ではそうはいかない。彼ら民主制によって選ばれた政治家達には、民衆の願いを叶える義務が存在している」
「……戦争を望んでいるのは……民衆だと?」
レミリオの問いに、フォートは静かに頷いた。
「一向に回復しない経済、確保できない食糧。そんな状況だったら誰でも、一発逆転の何かを求めるようになる。そして何とも悲しいことに、民衆の誰かが気がついてしまったんですよ『おや? 他国にはたくさん食料があるな……』と」
「……」
「衆愚政治とでも言いましょうか。愚かで短絡的な民衆、それに言われるがままの政治家達。彼らにはもはや、勝てない戦争を仕掛けまいとする自制心すら残ってはいない」
「……そのとばっちりを、我々が食うことになると?」
フォートはまた、静かに頷く。
「そうですね。軍事力で見れば協商に劣る帝国は、彼らにはきっと“良いカモ”に見えることでしょう。しかし襲ってみてビックリ、そのカモは鷲でした」
「……冗談にならない冗談だな」
「全くです。でも、それが現実です。僕の見立てでは間違いなく、戦争になります」
「……だから、また武器を買えと?」
僅かな嘲笑を浮かべてそう尋ねたレミリオに、フォートはにこやかに答える。
「……まあ、そう聞こえたならそういうことにしときましょう。でも別に、僕達の商会から買わなくても良いんですよ? この機会に戦争で儲けようとしている商会は、僕らだけじゃありませんから……」
意味深にそう言ったフォートに、レミリオはいぶかしげな表情になる。
しかしすぐに、ため息をこぼした。
「……まあいい。この話はまた今度することにしよう。食事の時くらいは、こんな暗い話はしたくない」
「そうですね。すみません、こんな事を話しちゃって。じゃあお詫びに、今度は明るい話をするとしましょう」
「明るい話?」
「実は近々、満を持してリンナを一般にお披露目したいと考えています」
「……!」
フォートの言葉に、レミリオは驚きを浮かべた。
「本当か!? いつだ!? どこで!?」
「食いつきがすごいですね……」
「当たり前だ! 彼女の演奏を聴けるのなら、私はいくら払っても惜しくないんだからな!」
「……予定では、昼過ぎの中央広場を舞台にしようかと……申し訳ありませんが」
フォートの言葉に、レミリオはあからさまな落胆を浮かべた。
昼過ぎの中央広場。言うまでも無く、貴族家の当主であり、それどころか帝国軍総統であるレミリオが行くことは、安全面でも、そして予定面でも不可能な場所だ。
おそらくレミリオの表情から察するに、彼は今、自分の生まれを心底恨んでいることだろう。
その表情を見かねて、フォートは言葉を続けた。
「……心配しなくても、すぐに好きなだけ聴けるようになりますよ。だって、まだ計画は第二段階なんですからね。最終段階に入ってしまえば、もうレミリオさんが『また聞かせて欲しい』とミカエル商会におねだりをする必要もなくなります」
「……! 本当か!?」
「ええ、本当ですよ。嘘をつく意味ないでしょう?」
「本当に本当だな!? 嘘だったら、ミカエル商会との取引を全部やめるぞ!?」
「……失礼ですけど、本当によく総統になれましたよね……それでは、そんなレミリオさんに、個人的なサプライズを」
「……サプライズ?」
「おーい、入ってきて良いよー」
フォートがそう言うと、すぐに扉が開き、そこから小さなエルフの少女が入ってきた。
「!」
その少女の姿を見て、レミリオの顔は嬉しさに覆われた。
「実は“偶然”時間が空いていたので来てもらいました。運が良かったですね」
「……はは。それが本当なら、本当についていたな、私は」
レミリオの言葉に、フォートは笑みを浮かべた。
「じゃあ、こんな話もやめて聞くことにしましょうか。そういうわけで、よろしくリンナちゃん」
「……はい」
演奏の後、レミリオはフォートにさらなる武器の発注を約束した。これは、フォートが考えていた計画の第一段階の、副次的効果の一つだ。
つまり、リンナの演奏に魅了された者達は、演奏を聴くために嫌でもミカエル商会との取引を増やそうとする。
そんな“広告塔”としての役割を、リンナは果たすようになっていたのだ。
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闘技場。そこは、奴隷達を戦わせ、血を見せ、観客を興奮させる。そんな下劣な場所。
しかしそんなこの場所も、この日ばかりは血みどろではなく“健全な”目的のために使われようとしていた。
「ここが君がこれから世界を変える、その舞台だ」
フォートは隣に立つリンナに、楽しそうにそう言った。リンナはキョロキョロと見回し、「わぁ……」と声を漏らす。
「ここ……広いですね」
半径30メートルはある円形の闘技場を見渡して、リンナはそんな感想を漏らした。
それを聞いて、フォートは少し悲しそうな表情を浮かべる。
「……まあね。人が戦うには、このくらいの広さが必要だから。もっとも、広いからこそ僕は、最初の舞台をここに選んだんだけどね。広ければ広いほど、一度にたくさんの人を感動させられる」
「……」
フォートの言葉に、リンナは顔を暗くした。その様子を見て、フォートは不思議そうな顔をする。
「どうかした?」
「いえ、ちょっと心配に……私なんかが…その…人様を感動なんか…させられるのか……」
リンナの心配に、フォートは思わず吹き出す。
「あはは、そんな心配なんていらないさ。リンナちゃんがこれまでにしてきたことを考えてもみなよ。貴族達を虜にし、騒然としていた町中を、笛一つで静まらせた。間違いなく君の演奏には、力がある。人を感動させる、そんな力がね」
「……」
「だから自信を持っていい。明後日、君は間違いなく伝説になる。そうなるように、僕が仕向けた。だから安心して、君は演奏だけをすれば良い」
「演奏だけ……ですか」
「邪念は邪魔になる。そういうもんでしょ?」
「……ええ、はい。そうです……ね」
フォートの問いに、リンナは気持ち半分に答えた。そこにあからさまな邪念があることに、しかしフォートは気がつかない。リンナの気持ちも読まず、笑みと共に彼女の方を見た。
「それじゃあ、今日はもう帰ろうか。そして明日は本番前最後の練習、リハーサルだ。頑張ろうね」
「……はい。頑張ります……」
憂鬱な表情のまま、リンナは静かに答えた。
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