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奴隷から始まる異世界マネーウォーズ   作者: 鷹司鷹我
アイドル編
72/110

情報と開始

「レミリオ様、お疲れ様です」


「……ん? ああ、ウィーゼル君か」


宮殿の廊下を歩いていたレミリオに、鎧を着たその男はそう言った。

ウィーゼル・フィアスコ。現帝国戦士長にして、ウェルゴーナスの後釜だ。


「久しいな。いつぶりだろうか?」


「そうですね……記憶が確かならば、最後に会ったのは私が戦士長の職を引き継いだ時です。それを最後に、お互い顔を合わせていないかと」


「となると……もう数年か。時が経つのは早いことだな」


レミリオの言葉に「確かにその通りですね」とウィーゼルも同意する。



帝国の軍事政策を一手に引き受ける男、レミリオ・ファンカッセ。そして、実働部隊の長であるウィーゼル・フィアスコ。

この二人が1カ所にそろうことは、驚くことに殆ど無い。


一般的な考え方から言えば、帝国軍総統と戦士長はしょっちゅう出会うように思われる。しかし実際は、総統はデスクワーク、戦士長は現地での活動というように、働く場所が全く異なり、それゆえ接点も殆ど無い。


数少ない接点と言えば、戦士長の引き継ぎの場や、こうして偶然出会うくらいのものだ。



「しかし、我々が顔を合わせないで済むのも、ある意味ではいいことなのかも知れません。なにせ、顔を付き合わせて話をしなければならないような“不測の事態”が起きていないと言うことなのですから」


「確かにそうかもしれんな……だが、こうして出会ったのはちょうどいいな。実は、君に言っておきたいことがあったのだよ」


「……? 言っておきたいこと?」


「ああ。……と言っても、これは噂の域を出ない情報であるから、君が言うような“不測の事態”はまだ起こっていないがな。しかし噂が事実であるならば、間違いなく我々は、これから嫌と言うほどに顔を合わせなければならなくなる」


「……それは一体、どのような情報で?」


怪訝な表情で尋ねたウィーゼルに、レミリオは顔を近づけ、耳打ちした。


「……ある情報筋から、合衆国が最近、大量の武器を購入したという情報が入った」


「! 合衆国が、今ですか!?」


ウィーゼルは思わず耳を疑った。

合衆国と言えばつい先日、蝗害によって多大な損害が出たばかりだ。農業に対する被害もさることながら、最も甚大だったのは経済面での被害だったはずだ。


ウィーゼルも小耳に挟んだ程度だが、聞いた話では食糧不足によって大量の餓死者がでているにも関わらず、合衆国内で食料の売り渋りが発生し、それによって民衆の暴動が発生。

合衆国に存在していたいくつもの商会が消滅してしまったそうだ。



そんな危機的状況であるにも関わらず、その状況を打破できるとは到底思えない“武器”を大量に購入するなど、世間一般の常識から言えば正気の沙汰とは言えない。


そう“常識”で考えれば。



「……まさか合衆国の連中、鍬の代わりに剣で畑を耕すつもりじゃないでしょうね」


「だとありがたいのだがな。奴らがそこまでバカであるのなら、我々にとっては幾分か救いだ。しかし問題は、奴らがそれ以上の“マヌケ”である場合だ」


「……戦争…ですか」


ウィーゼルの問いに、レミリオは静かに頷いた。


「自国にないのなら、ある場所から奪えばいい。奴らはそんな、マヌケな考えを抱いているのだろう。蝗害によって疲弊した奴らが、戦争に勝てるべくもないことはバカでもわかるというのに」


「……全くです。しかしそうなると、我々も準備を整えねばなりませんな。すでにどの程度の準備を?」


「一応、追加で武器を発注しておいた。しかし問題は、兵達の方だ。これまで大規模な戦争などまともにしたことのない彼らが、一体どこまでやれるのか……」


「確かにそうですね。負けはせずとも、多大な被害を受ける可能性は極めて高い。そしてそうなったとき、残された協商の動きは間違いなく……」


「我らの殲滅に向かうだろうな。そして連続で戦う国力は、我々には残されていない」


深刻な面持ちで、レミリオは言った。


「無論、そのようなことにならないようにするのが私の仕事だ。すでに戦争計画は立案に取りかかっている……が、芳しくない。何とも情けない限りだが、もはや精神論にすがるしかない状況だ」


「……」


暗に『戦争になったら、最前線で活躍してくれよ』と言われてしまい、ウィーゼルは口をつぐむ。戦士長になった以上、命がけで戦うのは覚悟の上だが、それでもやはり気は重かった。


「精神論にすがる以上、恐らく戦場は凄惨を極めるだろう。それを言っておきたかった」


「……ええ、よおく肝に銘じておきますよ」


そんなやりとりを終えると、レミリオは「それでは、まだ用事があるので」と言って立ち去ろうとした。しかしそれを、ウィーゼルは呼び止めた。


「最後に一つよろしいでしょうか? レミリオ殿は一体どこで、そのような情報を?」


ウィーゼルの問いに、レミリオは一瞬迷いを見せた。しかしすぐに問題ないと考えたのか、彼は答えた。


「実は最近、とても良い友人を手に入れてね。その友人から聞いたのだよ。そうそう、これも彼から聞いた事なんだがね。もし明日時間があるのなら、昼過ぎに中央広場に行ってみると良い。とても良いものが聞けるから」


そう言うと、楽しそうな笑みを浮かばせてレミリオは去って行った。





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「さてさて……何があるのやら」


昼過ぎの中央広場。そこは人で賑わい、あちこちに所狭しと出店が並んでいた。騒音が辺りを埋め尽くし、ある場所ではいざこざが起きている。


そんな中央広場で、一際目立つ男。筋骨隆々で威圧感を漂わせる戦士長ウィーゼルは、一人噴水のほとりに座っていた。



「……なにも起きる気配はないな。まさか騙されたんじゃないだろうな?」


すでに正午を二時間以上過ぎてしまっていた。ウィーゼルがここに来たのは正午より1時間前。つまり彼は、すでに三時間もこの場で待ち続けていた。


三時間もの間、何をするでもなく噴水の側に座り続けている筋骨隆々の男。広場にいた人々は、この不気味な男をひそひそと噂し始めていた。



「……やれやれ、こんなことならもっと詳しく聞いておくべきだったな。時間も、場所も。いっそもう、帰ってしまおうか?」


『とても良いものが聞ける』というレミリオの言葉。その言葉が気になって、こうして数少ない休みを使った。しかしにもかかわらず、未だ何の成果も得られていない。そのことに、ウィーゼルは落胆していた。


とは言ってもやはり、あの誠実で有名なレミリオが嘘をつくとは思えないのも確かだった。だから考えられることと言えばもう、『あとしばらくしたら“何か”が起きる』か『じつはレミリオさえも“友人”とやらにガセネタを掴まされていた』と言うことくらいのものだった。



「……あと10分。そこまで待って、それでも何もなかったら帰ることにしよう。まあ三時間も待ったんだから、せめてそれに見合う対価くらいは欲しいものだが」


ウィーゼルはそう一人ぼやいた。そのときだった



――――カンカンカンカン!


突然として広場に、フライパンを叩いたような金属音が響き渡った。


(……なんだ?)


ウィーゼルは何事かと音の聞こえる方を見る。



「どうも皆様! ミカエル商会でございます! 日頃より、我々の商会を利用していただき、誠に感謝感激でございます!」


広場にそんな声が響き渡った。それを聞き、ウィーゼルは『ついに待ち望んだものが来たのだろうか?』と抱いた期待を、すぐに失った。


人が多い場所での、商会の宣伝。良くある話だ。

昼過ぎ頃、各家庭が『今日の晩ご飯は何にしようか』と考え始める頃合いを見計らって、商品の宣伝を行う。どこの商会もやっていることだ。


(どうやら、徒労だったみたいだな)


ウィーゼルはそんな事を考える。

まさかレミリオの『とても良いものが聴ける』という発言が、こんなごく普通の宣伝のことを指しているわけがない。恐らく、レミリオの発言とは無関係のものだろう。




しかし、そんな彼の考えは外れた。



「さて! 実は今日、私は皆様の夕食のお手伝いをしに来たわけではありません! 今日は皆様に、とある“演奏”をお聞かせに参ったのです!」


(演奏……?)


「皆様もご存じでしょう! ええ、当然です! なにせ、今やこの国で知らぬものはいないほどに、噂となっているのですから! 数多の音楽を耳にしてきた王族貴族さえも感動させ、涙を流させる! そんな才能を持ったエルフの少女! そうです! 今日皆様に披露させて頂くのは、そんな彼女の演奏なのです!」


「……なるほどな」


ここでようやくウィーゼルは、今巻き起こっていることが、どうやらレミリオの言っていた“面白いこと”であるのだと言うことを理解していた。


人づてに聞いた話ではあるが、つい先日レミリオは、なんでもとても素晴らしい演奏を聴いたという話だ。それも、ミカエル商会との宴会の席で。


そして、今現在行われているミカエル商会によるパフォーマンス。ここまで来れば容易に、レミリオに情報を与えた“友人”とやらがミカエル商会の人間であり、そしてレミリオはその友人に『今日、中央広場でパフォーマンスを行う』と言う情報を聞いたのだと言うことは容易に想像できた。



「さあ! 私のつまらない話はここまでです! ここからは言葉でなく、音色をお聞きになってくださいませ!」


どうやら司会者風の男がそう言うと、人混みの脇から小さなエルフの少女が緊張した面持ちで現れた。そして、ギクシャクした動きで観衆の面前へと立った。


「ご紹介しましょう! クィーアント・リンナ! 彼女こそが、帝国中を騒がせる天才であります! それではリンナ! よろしくお願いします!」


男がそう言うと、リンナは小さな声で「わ、わかりました……」と答える。


しかし――まあ、ある意味当然だったが――辺りは騒がしいままだった。


それもそのはずだ。なにせ、いくらリンナが噂になるほど有名だとは言っても、大多数の人にとっては“ただの噂”にすぎず、貴族達と違って音楽に固執することのない民衆達にとっては“どうでも良いこと”なのだから。


そんな腹の足しにもならない音楽を聴くくらいなら、今日の晩ご飯の材料でも探す。殆どは、そんな者達ばかりだった。



(おいおい……こんな状況で……)


一向に静まる気配のない周囲を見て、ウィーゼルはそんな思いを募らせる。このままでは、少女が喧噪の中懸命に笛を吹き続けているのに、誰も耳を傾けないという、あまり見たくはないものを見る羽目になってしまう。


まさか、そんなものを見せるためにレミリオは、自分をこんな所に来させたのか? そんな思いすら抱いていた。


しかし、その心配は杞憂だった。





――――ピィィィィィィ……


「!」


その瞬間、辺りを静寂が包んだ。それまで好き勝手に話をしていた者達はその話を止め、ケンカ寸前だった者達は、互いの胸ぐらを掴んだまま立ち止まっていた。


広場に響いていたのは、美しい笛の音。ただそれだけだった。








演奏が終わったとき、数秒間の間、広場から完全に音が消えた。しかしすぐさま、拍手と歓声が巻き起こった。


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