信頼と恐怖
繰り返しになりますが、69部分を投稿し損ねていました。すいませんでした
「お疲れ様、リンナちゃん。今日のお仕事はこれでおしまいだよ」
貴族達の前での演奏を終え、そそくさと宴会場から出てきたリンナに、フォートは優しくそう言った。
リンナもまた「お疲れ様です」とフォートに返す。
「ごめんね、最近はずっと仕事させっぱなしになっちゃって。大丈夫? 疲れてない?」
「…大丈夫です。養ってもらってるんだから、このくらい働くのは当然です」
フォートの心配にリンナはできる限り元気そうにして答えたが、しかしその顔には疲労の色が見えていた。それに気がつくと、フォートは申し訳なさそうにした。
「……そっか。でも明日からは二日間、予定無しのお休みだから目一杯体を休められるよ」
「ありがとうございます。じゃあ、ありがたく……」
二人はそんなやりとりを終えると、二人並んで廊下を歩き始めた。
――――コツ……コツ……
二人の足音が、薄暗い廊下に響き渡る。
フォートが元いた日本ならば、幼い子供を働かせてはいけない時間。リンナが演奏をしていたのは、そんな遅い時間だった。
しかし、それには仕方がない面もあった。なにせ、彼女が演奏をするのは交渉が終わった後の宴会の席。言うまでも無く、交渉がもつれればもつれるほど、その時間は遅くなっていく。そして、もつれない交渉などまず無い。
それ故、最近のリンナの就寝時間はかなり遅いものとなっていた。
しかし、そんな“劣悪”とも言える労働環境であるにも関わらず、リンナは愚痴の一つも言わない。それは恐らく彼女が、ここ以外に居場所はないことをわかっているからだろう。
いや、それともう一つ。別の理由があるのもまた、確かなことだった。
「……あの……ありがとうございます」
「え?」
廊下を歩いていた二人だったが、突然リンナが隣を歩くフォートに、そう感謝の言葉を告げた。
フォートは一瞬不思議そうにすると、優しげに尋ねる。
「急にどうしたの?」
「その……今更かもですが……私に仕事をくれて……ありがとう」
リンナは少しモジモジしながら言った。それに対してフォートは、おかしそうな表情を浮かべる。
「なんだ、そんなことか。ていうか、そんなこと言う必要は無いよ。だって君にこの仕事をしてもらいたかったのは、僕の方なんだからね。むしろ“引き受けてくれてありがとう”って言いたいくらいだよ」
「そうかもですけど……でも、やっぱりありがとうございます。フォートさんのおかげで……私は里親に出されずに済みました」
「……」
リンナの言葉に、フォートは口を紡ぐ。
“里親に出されずに済んだ”。幼い少女から出てきたその発言に、彼はこの世界の闇を感じた。
里親という制度。それは本来、親を必要とする子供達と、子供を必要とする親たちを引き合わせる善意の行為だ。しかし、それはあくまでフォートが元いたような“豊かな世界”での話だ。
この世界、すなわち文明がまだ発達しておらず、決して豊かとは言えないこの世界においては、その言葉の持つ意味は大きく変わってしまう。
“労働力の提供”という、善意ではなく、利益追求のためになされる行為に。
機械が発明されていないこの世界において、労働力は基本的に“人力”だ。つまり、人手が必要なのだ。
しかしそうはいっても、全員が全員、その“労働力”を無尽蔵に作れるわけではない。年齢の問題であったり、もしくは病気であったり、理由は様々だが、少なからず“子供を産めなくなってしまった”者達はいる。
そんな彼らが労働力を手に入れる手段。それこそが“里親という制度”なのだ。
“労働力”として送られた子供達。彼らを待ち受ける生活は、想像に難くない。少ない食事、粗末な衣服、劣悪な労働環境……おそらく、長生きは出来ないだろう。
さらには、里親に出されるのがこと“エルフ”ともなれば、それ以上の悲劇が待ち受けている可能性すらある。
しかし、そんな悪魔のような制度である里親は、一向に無くなる気配はない。
もちろんそこには、“労働力”を必要とする大人達の身勝手なエゴがある事は言うまでもないが、それ以上に『それでも、里親に出す以外に子供達が生きる術はない』という悲しい現実があった。
もし仮に、里親という制度がなくなったとしてみよう。そうなると、親を亡くした子供達にはどんな未来が待ち受けるのか?
彼らはまず、孤児院に送られるだろう。そして、そこで育てられる事になる。しかしすぐに問題が発生することになる。足りないのだ。孤児院のキャパシティが圧倒的に。
孤児院は、一般からの少ない寄付で経営されている。だから、もちろん経営に余裕はない。そんな孤児院に、全ての孤児達が集中してしまえば、収容能力はすぐに限界を迎える。
そうなったとき、孤児達を待ち受ける未来は簡単だ。『口減らし』すなわち、子供達を見殺しにするのだ。
どうせ死なねばならないのなら、せめて僅かでも『幸運な出会い』に恵まれる可能性の残された“里親”という制度にすがる。それは、誰にも責められないことだ。
だから、誰しもが『今の里親の制度には問題がある』と認識していながらも、しかし黙認し続けている。まさに『貧しき社会の闇』とも言うべき事実だ。
そんな未来が、もしかしたら自分にも待ち受けていたかも知れない。リンナはそれを理解していたからこそ、現在の『少なくとも生命は保証された労働環境』に一切の不満を持つことはなく、それどころか感謝すらしていたのだ。
しかしそれでも、フォートには言葉にしがたい思いがあった。それはきっと、彼が“豊かな世界”の常識の中で育ってきたからこそ、持ち合わせた感情だっただろう。
「……ああ、そうだね。本当に良かったよ。君が里親なんかに出されずにすんで」
フォートは疲れた笑みをこぼした。そして続ける。
「でもね、だからって無理をしなくてもいいんだよ? 疲れたなら、きちんと言って欲しいんだ。“助けてもらった”なんて思わずにさ。別に休んだからって、怒ったりリストラしたりはしないんだから」
「……でも…そういうわけには」
「いや、そういうわけにはいくよ。むしろ、無理をして体調を崩される方が困る。立ててた予定が全部狂っちゃうからね」
「……」
「ていうかさ。君といい、ターラちゃんといい、“恩を返そう”として少し頑張りすぎなんじゃないかな? 別に僕に感謝してくれなくていいからさ、もっと気楽に休んでよ。僕みたいにさ」
フォートはそう言うと「なんたって、会長に買ってもらったくせに長期休暇を取っちゃうんだからね、僕は」と誇らしげに続けた。
しかしやはり、リンナは少し申し訳なさそうな顔をしていた。
そんな会話を最後に、二人は宿舎に戻るまで一言も会話をしなかった。
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「フォーーーートさっまああああああ! おっつかれさまでぇぇぇぇす!」
宿舎に着くなり、もう夜も遅いというのに騒がしい声でターラが出迎えた。
フォートは「みんなが起きるからやめてよ……」と言葉を漏らす。
「帰りが遅いから心配してました! でも、帰ってきてくれて良かったです! さあ! 晩ご飯は用意しておいたので、早く一緒に食べましょう!」
ターラは楽しそうにそう言った。その言葉に、フォートは少し驚く。
「え? ご飯まだ食べてなかったの?」
「当然です! フォート様ぬきでご飯なんて食べるわけにはいきませんから!」
ターラはさも当然のようにそう言った。しかしフォートは『愛が重いなあ……』と疲れをためる。
「……いや、悪いんだけどさ。実はあんまり時間が無いんだよ。明日はちょっと用事があって、その所為ですぐにでもここをでなきゃならないんだ。だから本当に悪いと思うんだけどさ、食べてる時間が無い」
フォートの発言に、ターラはあからさまに落胆した。しかし、すぐに気を取り直す。
「用事ですか……なら仕方ありません。食事はまた今度にしてあげます。でもそれなら、なんでわざわざ宿舎に戻ってきたんですか?」
「ああ、それはリンナちゃんを……」
フォートが自分の後ろに隠れていたリンナの事を言うなり、急にターラの目つきが変わった。
「……またソイツですか」
明らかな敵愾心を瞳に宿し、ターラはそう言った。
「“ソイツ”って……だめだよ、仲良くしなきゃ?」
あからさまなターラの態度に、フォートは心配そうに、そう念を押す。しかし、それがターラに聞こえているかは疑わしい。
「……」
敵意を向けられるリンナは、フォートの後ろに隠れたまま、無言でいた。“ギュッ”とフォートの袖を掴んだまま、放そうとしなかった。
「……じゃ、悪いけど僕は行くよ。急がないと遅刻しちゃうからね。それじゃあ、おやすみ二人とも」
フォートはそう言うと、無情にもリンナを置き去りにし、スタスタと歩いて行ってしまった。
「おやすみなさい、フォート様。お仕事頑張ってください」
ターラは笑顔でそう言った。しかしリンナの方は、口から言葉すらひねり出せず、僅かに震えていた。
静かな宿舎に残された二人。その静寂を先に破ったのは、意外にもリンナの方だった。まあ破ったと言っても、ただ単に、いち早くその場から逃走しようとしただけだったのだが。
――――ダンッ!
しかし、その場を離れようとしたリンナを、ターラが“壁ドン”によって、無理矢理食い止めた。
「ひっ……」
突然のことに、リンナはそんな悲鳴を漏らす。しかしターラは、そんなリンナに情けをかけるつもりは一切無かった。
鋭く睨み付け、そして言葉を発する。
「……あんまり調子に乗らないで」
ターラから発せられた、明らかにフォートがいたときとは違う言葉遣いに、リンナは体を震わせる。
「わかってると思うけど、フォート様は別にアンタの事なんて何とも思ってない。“自分は気に入られてる”なんて思わないでよね」
「……そ、そんな事思って……」
「そう? ならいいんだけど。でもこれだけはよーく、肝に銘じておいて。絶対に、フォート様に色目を使わないで。もしそんなことをしたら、私がタダじゃ置かないから」
「……」
「大体、フォート様がアンタを雇った理由は、アンタが笛をちょっと上手に吹けたって言う、それだけの理由なんだからね。ほんとに調子に乗らないでよ。笛がなかったら、アンタなんて……」
「……そ、その通りだと…おもいます」
「ほんとに? ほんとにおもってる?」
「……私は……笛しか必要とされてない。それは…よくわかってるつもりです。でも、いいんです。それで。あの人に必要とされる。私はそれだけでいいんです」
「……」
「不幸になるしかなかった私を……そんな私に、ただ不幸になる以外の道をくれたあの人に、少しでも恩返しが出来れば……例えあの人が、私のことを“笛の付属品”としか思ってなかったとしても……私のことを何とも思っていなかったとしても……それでも……いいんです、私は」
――――パチン!
「……っ!」
ターラが突然に、リンナの頬を叩いた。リンナは突然のことに、何が何だかわからず混乱する。しかしターラは、そんなリンナに間髪入れず怒鳴りつけた。
「ふざけないで! フォート様はそんな人じゃない!」
リンナは驚いて、ターラの方を見る。
「あんたがどう思ってるかは知らない! でも、フォート様をそんな血も涙もない人みたいに言うのは絶対に許さない!」
「……で、でもあなただってさっき…私が雇われたのは笛のおかげだって……」
「そうよ! でも! 例え理由が笛だったとしても! あの人は私達を”モノ”だなんて思ってなんかいない! そんな……私を攫った奴らみたいなクズなんかじゃない!」
「……!」
「フォート様は! あの人は私を救ってくれた! 攫われて、奴隷になってしまった私を! 助けてくれたの! 私だけじゃない! ここにいるたくさんの元奴隷達は、全員フォート様に助けられた! そして、人ではなくなってしまった私達を、また人として扱ってくれた! モノから人に戻してくれた!フォート様は、人を道具だなんて思わない! そんなクソ野郎じゃないの!」
「……」
リンナは、ターラの瞳からこぼれた涙に驚いた。しかしターラは涙を拭おうともせずに、リンナに掴みかかった。
「いい!? あんたがどう思ってるかはどうでもいい! でも、もし次にフォート様のことをまるでクズみたいに言ったら、アンタがもう二度と笛を吹けないようにしてここから追い出してやる! わかった!?」
ターラの剣幕に、リンナは思わず「わ、わかった」と答える。その返事を聞くと、ターラはそのまま、涙を拭いながら自分の部屋へと駆け込んでいった。
その後ろ姿は、まるで不安を振り払っているかのようにも見えた。
あとに一人残されたリンナは、ターラにぶたれて少し腫れてしまった頬をさすりながら、しばらくの間へたり込んでいた。しかし立ち上がると、トボトボと自分の部屋に戻っていった。
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