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奴隷から始まる異世界マネーウォーズ   作者: 鷹司鷹我
アイドル編
70/110

偶像と伝説

「お、久しぶりだなフォート君。どうだい調子は?」


「あ、ゼータさん。どうもです」


 商会会館の廊下を歩いていたフォートを、後ろからゼータが呼び止めた。何か用事でもあるのか、急いでいたフォートはしかし足を止め、ゼータに向き直った。


「先日は助かったよ。フォート君が紹介してくれた彼女のおかげで、レミリオ殿に満足してもらえた。食事は撃沈したから、本当に危機一髪だった。レミリオ殿も、“今度また別の機会に”と言っていたよ」


「それは良かった。しかも芸術通で有名なレミリオ・ファンカッセさんに気に入ってもらえたなんて、こっちとしても万々歳ですね。これで、この後の計画の確実度も増しました」


 フォートは、顔に笑みを浮かばせつつそう言った。



「計画……前に言っていたヤツか」


「ええ、“偶像育成計画”です」


 フォートの口から飛び出した、冗談のような計画名に、ゼータは思わず“ぷっ”と吹きだした。


「偶像育成……相変わらず、おかしな計画名だ」


「そうですか? 僕は結構かっこいいと思いますけど……」


 フォートはしごく真面目な顔つきで答えた。





 偶像育成計画。それは、少し前の定例会議でフォートが提案した計画だ。

 その計画とは、そのままズバリ『偶像アイドルを育成することによって、商会の利益を生み出す』という冗談のようなモノだった。


 最初にフォートがこの計画を説明したとき、そこにいた全員が『頭でも打ったのか?』と言う思いを抱いた。


 しかし彼の計画を聞いていく内に、この計画がただ単に“ふざけただけのモノ”ではないことを全員が理解した。


 なにより、初めはこの計画に否定的だった全員を賛成に傾かせたのは、リンナによる演奏の実演だった。





「しかし、何度聞いても本当にいい演奏だ。二回目だというのに、また泣いちまったよ。いい年こいたおっさんが恥ずかしい限りだ」


「そんなことありませんよ。それくらい、彼女の演奏には“力”があるんですから」


 フォートの言葉に、ゼータは「確かにそうかもな」と同意をして頷いた。そして「それはそうと……」と切りだした。


「実は来週も、貴族のお偉いさんとの会談があるんだ。もし大丈夫なら、あの子にまた演奏して欲しいんだが、問題ないか?」


「もちろん大丈夫ですよ。計画の第一段階を成功させるためにも、チャンスを逃すわけにはいかない」


 計画の第一段階。それはすなわち、貴族や王族と言った“特権階級”にリンナの存在を広めること。そして“噂を肥大化させること”だ。



 どれだけ素晴らしい演奏が出来たとしても、その存在が知られていないのではどうしようもない。かといって、簡単に存在を知れ渡せることも難しい。


 だから、リンナの存在を広めるためにフォートが取った方法は『特権階級が持つ横のコネクションを利用する』と言うものだった。



 特権階級は、そのほぼ全てが芸術に精通している。芸術の理解度が、ステータスの一つであるからだ。そしてそれ故、彼らは“優れたモノ”に目がない。


 美味なる食事、美麗な絵画、優れた音楽……それを知っていることこそが、自分の優秀さの証明であり、そして知らないことは、自らの無知をさらけ出していることに他ならないのだ。


 だからこそ、彼らは“素晴らしい芸術”に関する話を、決して聞き漏らしたりはしない。何が何でも、“自分のステータスの一つ”にしようとする。


 そんな、芸術に対するある意味では不適切な態度を、フォートは利用したのだ。



 ミカエル商会はダリア商会と共に、帝国における経済活動の多くを支配する商会だ。当然、帝国政府との取引も数多くおこなっている。そのための会議もしょっちゅうだ。

 そして、そういう会議では当然のように“もてなし”が要求される。


 そんな“もてなし”の場に、フォートは目をつけた。



 リンナの演奏を、客人への“もてなし”として披露する。すると、その素晴らしい演奏は当然のごとく、彼らを感動させる。『何と素晴らしい演奏なのだ』と。


 そうなれば当然、自己顕示欲の固まりである彼ら特権階級の者達は、この素晴らしい演奏を『自慢したい』という欲求を抱くことになるだろう。『自分はこんなにスゴイ演奏を聴いたことがあるんだぞ!』と。


 そして、そんな自慢話を聞いた他の者達は『そんなに素晴らしい演奏、聞いておかなければ恥ずかしい』と思うようになるだろう。


 しかし、ここで問題が起きるのだ。つまり『聞きたいけれど、どうすれば聞くことが出来るのだ?』という問題が。


 この時点で、リンナの演奏を聴く方法はただ一つ。ミカエル商会との商談に赴き“もてなされる”ことだ。

 しかし言うまでも無いことだが、全員が全員、ミカエル商会との商談を行えるわけではない。彼女の演奏を聴ける人間には限りがある。



 こうして『聴きたいのに聴けない』という、いわば“生殺し”状態の者達が大量に生み出される。


 聴きたいのに聴けない”もどかしさ”。そして、聴くことが出来た僅かな者達の『本当に素晴らしかった』という感想。

 彼ら“生殺しにされた”者達は、そう言った状況の中で『一体どれほどの演奏なのか』という思いを募らせる。


 そうしていく中で、噂は尾を与えられヒレをつけられ……ついには、途方もない伝説となる。そしてまだ見ぬリンナのことをまるで“偶像アイドル”のように神格化し始めるのだ。


 これこそが、フォートの考えた計画の第一段階だ。







「偶像……すなわち神。まったく、そんなもんを自分で生み出そうなんて、君はどうかしているな、フォート君」


 呆れ半分、そして尊敬半分に、ゼータはそう言った。それに対して、フォートはにこやかに返す。


「そんなことありませんよ。僕は至極まともです。それに、何か勘違いをしているようですけど、別に僕は“神様を作ろう”なんて思っていませんよ。僕が作ろうとしているのは、その一歩手前の存在です。まあ神様なら神様で、作ろうと思えば作れますけど」


 フォートの言葉に、ゼータは「面白い冗談だな」と笑ったが、しかし彼の言葉は、少なくともフォートにとっては冗談ではなかった。なにせ今より少し前に、彼はすでに“自ら神になろう”とした老人に出会っていたのだから。


 しかし、その老人の存在はおろか、彼に危うく爆殺されるところだったことすら知らないゼータには、フォートの発言が冗談ではないことなどわかるよしもなかった。





「それじゃ、来週も演奏してもらうって事で。呼び止めて悪かったな」


 談笑を終えると、ゼータはそう言った。フォートもまた「いえいえ、気にしないでください」と返す。

 話を終えると、フォートはすぐさま方向転換し、どこかに向かうようなそぶりを見せた。そんなフォートの姿を見て、ゼータは疑問を抱く。



「……なあ、急いでるとこ聞いて悪いが、なんでそんなに急いでいるんだ? いや、急いでいることはわかってるから、こんな事を聞いて立ち止まらせるのは悪いとは思うんだが、どうしても気になってな。また何か計画中か?」


 ゼータの質問に、フォートは楽しそうな表情を浮かべた。


「はい、そうですね。また“計画中”です。次の次くらいの定例会議で説明できると思うので、それまで楽しみにしておいてください」


「……そうか。楽しみにしておこう。しかしそれはそうと、くれぐれも健康には気をつけろよ? 自分のリスク管理も、商人の基本だ。なにより、お前の体はもう……」


「“僕だけのものじゃない”? わかってますよ。会長にも言われました」


「……そうか。ならいい。じゃあな、頑張れよ」


「ええ。ゼータさんも」



 立ち去っていくフォートの後ろ姿を目で追いつつ、ゼータは言いようのない不安に襲われていた。しかし彼は、その不安が何に起因するものであるのかを知るすべを持ち合わせていなかった。





 一ヶ月の後、フォートの計画通り、帝都に住む人間で『恐ろしいほどに素晴らしい演奏をするエルフの少女がいる』と言う話を知らない者はいなくなっていた。


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