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奴隷から始まる異世界マネーウォーズ   作者: 鷹司鷹我
アイドル編
69/110

交渉人達の憂鬱

すみません。一個飛ばして投稿していました……本当にすみません……<(_ _)>

「いやー! どうもどうも! 今日はわざわざこんな場所にまでお越しくださって、ありがとうございます! お疲れでしょう、どうぞこちらにおかけください!」


「……ああ、すまんね」


 ゼータに座るように勧められると、その男、レミリオ・ファンカッセは優雅な立ち振る舞いで椅子に座った。


 レミリオ・ファンカッセ。彼こそは、この帝国において随一の勢力を誇る貴族の家系、ファンカッセ一族の現当主であり、そして帝国軍総統である。


 その優雅な立ち振る舞いは、貴族とはなんたるかを周囲に見せつけ、その勇猛な顔つきは、帝国軍人とはなんたるかを兵士達にたたき込む。


 才能、血筋、人望……その全てに恵まれた、極めて希有な例だ。



「……おや、この椅子……」


 座るなりすぐにレミリオはそう言って、自分が座る椅子を撫でた。その様子を見て、ゼータはすかさずごまをする。


「いや、さすがですな! まさか座っただけで、その椅子の価値に気づいてしまわれるとは! お察しの通り、それは協商から輸入した最高級品です! お気に召されましたか?」


「……いや、そんなことは知らないが……そうではなくて、この椅子が少し小さいから、もう一回り大きいモノに変えて欲しいのだが……」


「……え!? あ、申し訳ありません! すぐに他の椅子を用意させます!」


「すまないね。それと実は最近、痔が酷くなってきてね。出来ればなにか、お尻の下に敷く物もあるとありがたいのだが」


「す、すぐに用意させます! しばしお待ちを!」


 ゼータはそう言うと、慌てて会議室を飛び出していった。


「……はあ、痛い痛い。まったく、敵よりもよっぽど痔の方が厄介だとは、情けない限りだ……」


 レミリオはそう言うと、ため息を漏らした。


 一方、会議室を飛び出していったゼータもまた、ため息をこぼした。


「まったく、あの御仁は本当に考えの読めないお方だ。やれやれ、これから数時間以上あの方とやり合わねばならんのか……先が思いやられるな」



 レミリオ・ファンカッセ。彼は才能、血筋、人望……ありとあらゆる才能に恵まれた。ただ、彼には一つだけとんでもない欠点があった。



 彼は歴史上まれに見るほどの“天然”だったのだ。





<<<<   >>>>


 ――数時間後――


「それではご要望通り、一ヶ月以内に武器と防具、その他の用品を納品させて頂きます。支払いはこれまで同様、金貨による一括支払いということで」


「ああ、それで問題は無い。やれやれ、ようやくおしまいか。いつも通り、時間がかかったな」


 数時間の交渉の後、彼らはようやく合意に至った。交渉とは言っても、ゼータが一方的に値下げをしただけだったが。


(……まったく、やはりつくづく恐ろしい方だ。まさか俺が、防戦一方になっちまうとはな)


 ゼータは表面上では取引が成功したことを喜んでいたが、しかしその実、内心は敗北感で一杯だった。


 ゼータがどれだけ攻勢に打って出ようとも、レミリオは持ち前の“天然”でのらりくらりとそれを受け流し、そして逆にゼータに対して攻勢を仕掛けてきた。

 そんな文字通りの“天然物の交渉術”にたいして、ゼータは為す術無く敗北してしまったのだ。


 しかし勘違いしないでもらいたいのだが、これは決して“ゼータがポカをやらかした”と言うわけではないのだと言うことだ。


 ゼータは間違いなく、このミカエル商会において最も交渉に優れた人間だ。それゆえ、今回の取引の責任者に選ばれたと言っても過言ではない。

 しかしそんな彼でさえも、為す術無く敗北した。それはひとえに、“レミリオ・ファンカッセと言う人間がすごすぎた”からなのだ。


 だからもし、例えば今回の交渉の場に立っていたのがゼータではなく、ドラガやミザリナ、それどころかフォートだったとしても、きっと彼らは為す術なくやられてしまい、それどころかゼータよりも遙かに悪い条件で取引を結ばされていたことだろう。


 それほどに、レミリオ・ファンカッセという男はすさまじい。貴族家の4男坊でありながら当主となり、それどころか帝国で最も就くのが難しいと言われる役職にいるのは伊達ではないのだ。





「……さて、やることも終わったことだ。そろそろ、帰らせてもらおうか」


 会議が終わり、暇を持て余し始めるとすぐに、レミリオはそう言った。しかし彼が出て行こうとするのを、ゼータは呼び止めた。


「いやいや、ここまでご足労頂いたのにも関わらず、何ももてなさずにお帰しするわけにはいきません。食事の用意をしてあります。もちろん、一流の料理人に作らせた一品です。どうでしょう? 夕食でもご一緒に」


「……ほう、一流だと?」


 ゼータの言葉に、レミリオは顔つきを変えた。


「一応言っておくが、私はそういうことには厳しいぞ? 私の趣味は芸術体験だからな。絵画に音楽、そしてもちろん食、その全てに見識があると自負している。だから、それなりの物では満足できないぞ?」


「ご心配なく。きっと満足頂けるようなモノを用意してあります。そして食だけではなく、演奏も用意しています。ご心配なさらずとも、きっと後悔することはないでしょう」


「……そうか。そこまで言うのなら、遠慮無くもてなされることにしよう」


 そう言うと、レミリオは楽しみそうに笑った。





<<<<   >>>>


「どうですか? お気に召されましたか?」


「……80点だな。悪くもないが、特段優れているというわけでもない。まあ期待しすぎた私と、期待させすぎた君が悪いのだがね」


 フルコースのメインディッシュを食べ終えたところで、“おいしかったか?”と尋ねたゼータに対して、レミリオは少し残念そうに答えた。


「それは……残念です。まさかこれでもまだ、お口に合わないとは」


「いや、口に合わなかったわけではない。ただ、“おいしすぎなかった”だけだ。美味ではあった。それは間違いない」


「“おいしすぎなかった”?」


「ああ、美味いものばかりを食べていると、舌が肥えてしまってね。ただ“おいしい”だけでは満足いかなくなってしまうのだよ。まったく、困ったものだ」


 レミリオの言葉に『なんて羨ましい悩みだろう』と言う思いをゼータは抱いた。しかし、だからといって“はいそうですか”と言うわけにはいかない。


 レミリオは間違いなく、帝国の中でもトップクラスの権力者だ。そんな彼に気に入られるためには、何としてでも彼を満足させる必要があった。


「……しかしこうなると、演奏の方も心配になってくるな。確認したいのだが、本当に私を満足させられるのか?」


「……食事の方は残念でしたが、演奏に関しては確信を持って言えます。きっとあなたは満足するでしょう、と」


「ほう、そこまで言うか。その根拠は?」


「私がそうだったからです」


 ゼータの答えに、レミリオは吹きだした。


「ははは! そうか! それならばきっと、私も満足いくだろうな! では、すぐにでも聞かせてもらおうじゃないか。その、君を感動させた音楽とやらを!」


「ええ、では予定を繰り上げて、すぐに演奏してもらいましょう」


 ゼータはそう言うと、近くにいたウェイターに合図を送った。合図を受け取ったウェイターはすぐに部屋を出て行き、“彼女”を呼びに行った。





 数分後、部屋の扉が開いた。そして、可愛らしい衣装に身を包んだ小さなエルフの少女が姿を現した。


(あれは……トーフェか?)


 少女の手に握られた見慣れない形の笛を目にして、レミリオはすぐに気がついた。


(トーフェなら以前、エルフの村を訪れたときに聞かせてもらったが、そのとき見た物とは形が違うな……いや、トーフェは地域によって少なからず差があるんだったな。しかしどうやら、退屈はせずに済みそうだ)


 トーフェはエルフに伝わる伝統の楽器だ。レミリオも言ったように、地域によって形や音色に差がある。しかしトーフェ全てに一貫して言える事がある。それは、トーフェが素晴らしい音色を奏でる楽器であるということだ。


 自然と共に生きる種族、エルフ。彼らは生活の中に自然を感じ、生命を感じる。そんな彼らが作った所為なのか、トーフェには少なからず、聞く者の心を揺さぶる力がある。

 実際、レミリオが以前にその音色を聞いたときは、数多(あまた)の素晴らしい演奏を聴いて耳を肥やしていたにもかかわらず、感動を覚えたほどだ。


 だからこそ言える。トーフェならば、まあ恐らくはがっかりさせられることもないだろうと。しかし、満足できるかと問われれば、やはりそれには疑問が残る。


 彼はすでに一度、トーフェの演奏を聴いてしまった。だから、この少女の演奏が以前に聞いたトーフェの演奏を遙かに上回るモノでなければ、きっと今回、彼は感動すら出来ないだろう。

 そして、目の前の幼い見た目をした少女がそれほどの演奏を出来るのかと言われれば、彼には疑問だった。



 しかしそんな考えなど知るよしもなく、幼いエルフの少女は緊張した面持ちで演台に上った。そしてぎこちない様子でお辞儀をした。


「……い、今から…え、演奏します!」


 少女は震える声でそう言った。レミリオはにこやかに笑うと、小さな声で「よろしく」と言って数回“パチパチ”と拍手をした。



 挨拶を終えると、辺りは静寂に包まれた。そしてミーナはゆっくりと、笛を顔に近づけると、『スゥ…』と息を吸い込んだ。





 演奏が終わったとき、その場にいた誰も、拍手をしなかった。溢れ出る涙を拭っていたせいで、手を叩くことが出来なかったから。


やっちまった

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