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奴隷から始まる異世界マネーウォーズ   作者: 鷹司鷹我
アイドル編
68/110

帰還報告

「フォーーーートさっっっっっまああああああ! おっ久しぶりでーーーーす!」


 数週間ぶりに帰ってきたフォートの姿を見るなり、ターラはそれまでしていた仕事も放り出して、フォートに飛びついた。

 机に詰まれた大量の書類が、風圧で地面にこぼれ落ちた。


「久しぶりだねターラ。僕がいない間に、何か問題は起きなかった?」


「なーーーんにも! 起きてませんよ! なんたって、私がいたんですからね! ぜんぶ上手くやってやりました!」


 フォートの問いに、ターラは誇らしげに答えた。平らな胸を張り、“ふふん!”と自信ありげに息を漏らす。


「それは良かった。休暇とは言え、少し心配だったんだ。僕がいない間に問題が起きないかが。でも起きなかったら起きなかったで、それはそれで悲しいかな。だって、僕がいなくても誰も、何も困らないって事なんだから」


 安心しつつも、そんな卑屈めいたことを言ったフォートに、ターラは首を振った。


「そんなことありません! フォート様がいないと困ります! ターラが困ります!」


「困るったって……何も問題は無かったんだろ?」


「さっきのは嘘です! 問題だらけでした!」


「ええ……」


 あからさまなターラの“気遣い”に、フォートは半分呆れ、半分うれしさを感じた。

 そして話半分に、事務的な話へと映る。


「……ところで、頼んでおいた例の“アレ”の開発状況はどうなってる?」


 それまでとは違って真剣な顔つきとなったフォートに、ターラもまた真剣な表情で答える。


「……8割方完成しています。後は材料の確保と、生産工程の確立だけで実用可能です」


「それにどれくらいかかる?」


「半年程度だと思います」


「上出来だね。開発部に“お疲れ様”とねぎらっておいてよ」


「わかりました。ターラが伝えておきます」


「よろしくね。さてと、それじゃあとりあえず、僕は会長のところに挨拶に行ってくるよ」


 フォートの言葉に、ターラは首をかしげた。


「まだ行っていなかったんですかフォート様? 帰宅報告は誰よりもまず会長にしないといけないのに……あ、もしかしてターラに会うために……」


「え? 違うよ?」


 フォートの答えを聞いて、ターラはあからさまな“がっかり顔”になった。その様子に気がついて、フォートは慌てて訂正する。


「……いや、ちょっとはそうかもね。久しぶりにターラちゃんの顔を見たくなったっていうか……」


 フォートの言葉を聞いて、ターラの顔はすぐさま明るくなった。その様子を見て、フォートは言葉を続けた。


「ターラちゃんに会いに来たのはもちろんとして、実はもう一つ理由があるんだよ。ここに来たのにはね。ターラちゃんに頼みたいことがあるんだ」


「ターラに頼みたいこと? 何でも言ってください! どんな頼みでも、絶対にこなして見せます!」


 自信満々にそう言ったターラに、フォートは安心した様子で言葉を続けた。


「それは良かった。じゃあお願いなんだけど、寮の余っている部屋に“彼女”を案内してくれないかな? これからここで暮らすことになるからさ」


 フォートはそう言って、扉の後ろから隠れるように部屋をのぞき込んでいた可愛らしい少女のことを指さした。


 その瞬間、ターラの鋭い視線で室内が一気に冷え切った。








<<<<   >>>>


「お久しぶりです会長。今戻りました」


 氷河期並みに凍てついた空間を離れると、フォートは寄り道することもなく会長の下へと向かった。

 会長は、やはりというか、会長室の仕事机に向き合って座っていた。


「お、やっと帰ったか。全然帰ってこなかったから、何かあったんじゃないかと心配していたところだ」


会長は仕事を続けながらも、フォートにそう言った。


「ご心配をおかけして済みません。実はいろいろありまして……」


 フォートは社交辞令的に“いろいろあった”と言ったが、ご存じの通り、本当にいろいろあった。それこそ“いろいろ”で済ませてしまうことが出来ないほどに。


「いろいろか。まあいい。無事で何よりだ。それで? 体を休めることは出来たか? ……なんて聞く必要は無いな。“金等級冒険者”殿」


 会長の言葉に、フォートはさして驚かなかった。


「やっぱりバレてましたか」


「当たり前だ。帝国のそこら中で噂になっていたからな。変異トロールを倒し、帝国史上最速で金等級となった冒険者、“フォート”と“ソーマ”。子供から老人まで、その話題で持ちきりだ」


「はあ、レ……ソーマ君みたいに偽名を使うべきでしたね」


 フォートは後悔交じりにつぶやいた。


「まったく、休暇を取ったと思ったら、休みもせずに冒険者になるとはな。本当にお前は、何がしたいんだ?」


 会長は呆れた様子でそう尋ねる。それに対してフォートは、楽しそうな表情で答えた。


「会長、そんな質問はナンセンスですよ。僕は“したいこと”をしただけです。言うなら、冒険者の仕事は“趣味”ですよ。休暇中に趣味をする。これっておかしな事ですか?」


「仕事が趣味とはな……お前のプライベートに口出しするつもりはないが、くれぐれも体にだけは気をつけてくれ。お前の体はもう、お前だけのモノじゃないんだからな」


「ええ、わかってますよ。会長に“買ってもらった”以上、僕の体はあなたの所有物なんですから」


「そういうことを言ってるんじゃ無いんだが……まあいい。それで? 他に報告することがあるんだろう?」


 会長はそれまで話をしながらおこなっていた仕事を片づけると、本腰を入れてフォートに向き直った。


「わざわざ休暇を利用してまで冒険者になったんだ。何か計画していることがある。違うか?」


「ご名答です。さすがですね。まあ計画とは言っても、当初予定していたものとは大きく異なった物になってしまったんですが……」


 フォートが当初、冒険者になって行おうとしていたことは『冒険者の中で商会の広告塔となってくれる人物を探す』事だった。

 つまり、商会がスポンサーとなる代わりに商会の商品を宣伝してくれる冒険者を探そうとしていたのだ。


 しかしくしくも、彼は冒険者よりもずっと“広告塔たり得る”人物を見つけた。それ故、彼の計画は大きく変更されたのだ。


「とりあえず、僕の計画は次の会議で説明させてもらいます。それまではまあ、お楽しみにと言うことで」


「……いいだろう。楽しみにしておこう」


「それじゃあ仕事の邪魔をするのも悪いので、僕はこれで。あ、それはそうと、僕の配置はまだミーナさんのところでいいんですよね?」


 フォートは思い出したように尋ねた。


 今現在、商会は蝗害によって食料品部門が仕事過多の状態となっている。そのため、“仕事の出来る”フォートは助っ人として食料品部門、すなわちミーナの部下として出向させられているのだ。


「ああ、一応混乱は落ち着いてきたが、それでもまだ激務なんでな。頼んだぞ」


会長の答えに、フォートはため息をこぼす。


「やれやれ、またミーナさんにしごかれるのか……モンスターの相手をしてた方がマシ……おっと、失言でした」


 フォートは冗談交じりにそう言うと、お辞儀をして部屋を出て行こうとした。しかし彼が出て行く直前、会長はフォートを呼び止めた。


そして、顔に僅かな笑みを浮かばせると、


「おかえり、フォート」


そう言った。


 会長の予期せぬ言葉に、フォートは一瞬立ち止まった。しかしすぐに、少し恥ずかしそうにして答えた。


「……ただいま」


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