感慨
「はい、出来たよ。好きなだけ食べてね」
「……」
フォートは机の反対側に座るリンナにそう言った。
時刻も遅かったので、彼らは今晩この焼け落ちた廃墟で過ごすことにしていた。今回は以前来たときの教訓から大量の食料を持ってきていたので、彼らの食卓はかなり豪勢だった。
しかしフォートから勧められてもなお、リンナは食事に手をつけようとはしなかった。
「どうかした? ああ、もしかして遠慮してる? 大丈夫だよ。別に後から『食事代返せ』なんて言うつもりはないから。こう見えても僕、今はお金持ちなんだよね」
「……」
リンナは黙って頷くと静かに手を伸ばし、食事に手をつけた。
「どう? おいしい?」
「……」
リンナは黙って頷く。その様子を見て、フォートはため息をこぼした。
(頼むから、なんかしゃべってくれないかなあ……)
さっきから何度もリンナに話しかけているが、そのたびに独り言にされてしまっていた。漂う寒々とした雰囲気に、いい加減フォートのメンタルも限界が近かった。
「……ところでさ、わざわざギルドを脱走してここまでやって来たのは、その笛を取りに来るためだったわけ?」
フォートは、リンナが先ほどまで大事そうに持っていた、今は食事のためにテーブルの上に置かれた笛を指さしてそう尋ねた。
「……」
リンナは口をもぐつかせながら、静かに頷いた。
「ふぅん。わざわざ取りに戻ってくるってことは、それだけ大事なものだったってこと? それとも、なんとなく取りに戻ったの?」
フォートは『まあどうせまた無視されるだろう』と思いつつもそう尋ねた。しかし思いも寄らなかったことに、少女は久方ぶりにその声をフォートに聞かせた。
「ママ達が……くれたんです……」
「……ん?」
思いも寄らなかった少女の発言に、フォートは思わずそんな声を漏らした。しかしすぐさま聞き返す。
「えっと……お母さん達から?」
「はい。私が30歳になったときに……贈り物として」
「30歳!? ……あ、いやそうか。エルフは長命だったね……」
「大切なものだったので……持って行きたかったんです。里親に出される前に」
「……」
「だから勝手に……ごめんなさい」
「……いや、いいよ。それに謝る相手が違うしね。ギルドに帰ったら、君の面倒を見てくれていたお姉さんにちゃんと謝っときなよ? 彼女、すごく心配していたから」
「……はい」
そんな会話を終えると、少女はまた黙り込んだ。そして再び、食事を再開した。
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「ところでさ、聞かせてくれないかな? その笛」
食事を終え、あとは寝るだけという所になって、フォートはリンナにそう言った。リンナは少し困ったような表情を見せる。
「あの……私そんなに上手くは……」
「いやいや、別に良いよ上手くなくたって。それよりも単に、その笛を聞きたいだけなんだ。噂に名高いエルフ伝統の“トーフェ”がどんな音色かをね」
“トーフェ”とはエルフに伝わる笛の名前で、リンナが持っていた笛はまさにそれだった。その製法はエルフの間だけで伝えられ、決して外に出ることはない。門外不出というヤツだ。
さらにはエルフが作った“トーフェ”の中でも、それを作ったエルフの出身地によって音色は全く異なる。そのため『トーフェの全てを知りたくば全てのエルフを知れ』という格言があるほどだ。
まあ要するに、トーフェの演奏を聴くことが出来る機会はそうそう無いというわけだ。
「この村がなくなってしまった以上、この村のトーフェを聞くことが出来るのはもうこの機会しかないからね。どうせなら聞いておきたいと思ったんだ。ダメかな?」
「……いえ、そこまで言うのなら」
リンナはそう言うと、笛を持って立ち上がった。そして静かに息を吸い込んだ。
――――ピィィィィィ……
「!」
フォートは笛の音を聞くなり、思わず体をこわばらせた。それほどに笛の音は、彼の心に響いていた。
(これは……)
少女の吹く笛から流れ出す、悲しげな音楽に、フォートは息をのむ。
その音色は、少女の抱く悲しみが混ざり合い、なんとも言えない雰囲気を醸し出していた。
それまで騒がしく辺りに鳴り響いていた蝉や鳥の鳴き声は、リンナが演奏を始めると同時に静まり返っていた。
それはまるで彼ら野生生物たちでさえも、リンナの笛の音を聞くために声を潜めているかのようだった。
しかしこれは始まりに過ぎなかった。曲が終幕に近づくにつれ、その音色は深みを増し、辺りはいっそうの静寂に支配されていった。そして、
「……!」
フォートの目前に、かつて見た世界の光景が目に浮かんだ。そこに居たのは……
彼の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
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「……どうでしたか? その……あまり上手くなかったでしょう?」
「……」
「あの、どうかしましたか……?」
「……え? ああ、ごめん。ちょっと……ごめん」
演奏を終え、感想を聞いてきたリンナに、フォートは思わず声を詰まらせた。そして、涙を拭った。
しかしすぐに、笑顔でリンナに笑いかけた。
「……うん、すごく良かったよ。おかげで…とても懐かしいものが見れた」
「……? そうですか、それは…よかった」
リンナは不思議そうにしながらもそう言った。
フォートの顔つきは、演奏を聴く以前とは全く異なるものとなっていた。
演奏を聴く前、彼は頼りがいのある“大人”の様な顔つきをしていた。
しかし今の彼は、もはや大人などではなかった。望郷の念を抱く旅人、もしくは大切な誰かを失ってしまった子供のような顔つきとなっていたのだ。
けれど、フォートがそんな顔つきでいたのはほんの数秒の間だけだった。彼はすぐさま、心にへばりついてしまった悲しみを拭い去り、再び“大人”の顔つきに戻っていた。
「……君はこれまで、この笛を誰かの前で弾いたことはある?」
「……え? えっと、家族以外の前では……」
「家族は君の笛を聞いた時になんて?」
「えっと……すごく上手だと言ってくれました。でも家族だから、たぶんお世辞だったんだと思います」
「そうか……やっぱりエルフの中でも……」
「……? どうかしましたか?」
リンナは不思議そうにフォートの顔をのぞき込む。しかしフォートは、少女の質問に答えることはなく、質問に質問で返した。
「……ねえ、君はこれからどうするつもりなんだい?」
それまでのにこやかな雰囲気から、フォートは真剣な表情に変わっていた。まっすぐにリンナの方を見て、そして尋ねる。
「君はたぶん、どこかに里親に出される。里親に出された先はもしかしたら、君にとってとてもすばらしい場所になるかも知れないし、そうはならないかも知れない」
「……」
「だから聞きたいんだ。君はこれから、どうするつもりなんだ? いや、どうしたいんだ?」
「どうしたいと言われても……私には他に……」
「その通り。君には“里親に出される”以外の選択肢はなかった。さっきまではね。でも僕は笛の音色を聞いて、君にもう一つの選択肢をあげたくなったんだ。やってもらいたいことが出来たんだよ」
「やってもらいたい……こと?」
「君に選んで欲しいんだ。誰かに運命を決められる人生を歩むのか、それとも自らの手で運命を切り開く、そんな人生を歩むのか。そのどちらが良いのかを」
「……」
「もし君にやる気があるのなら僕と一緒に来て、君のすばらしい笛の音をたくさんの人に聞かせて欲しい。そして僕にそうしてくれたように、たくさんの人を感動させて欲しいんだ」
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