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奴隷から始まる異世界マネーウォーズ   作者: 鷹司鷹我
帝都騒乱編
63/110

それぞれの戦い⑤

「……っ!」


向かってきたナイフのほとんどはウェルゴーナスの着ていた鉄の鎧によって防がれたが、しかし数本のナイフが彼の顔に小さな切り傷をつけていた。


本来なら、何の意味もない攻撃。しかし、今回ばかりは違った。



――――バタン


ウェルゴーナスとドーンの二人は地面に倒れた。


(……!? まさか……)


動かなくなってしまった体に、ウェルゴーナスはすぐに気づく。


「毒よ。動けないでしょう?」


倒れたウェルゴーナスに、デリアは近寄るとそう言った。


「……ッ、やはり…」


ウェルゴーナスは力を振り絞り、何とか体を起こす。しかし、それ以上のことは出来そうにもない。


「味方……ごと……」


目前で自分と同じように動けなくなっているドーンを見て、思わずそうつぶやく。


超回復はあくまで“自然治癒”の拡張でしかない。そのため、自然治癒できない毒を癒やすことは出来ないのだ。



「安心しなさい。致死性じゃないわ。麻痺性の毒にしないと、私の大切な“身代わり(デコイ)”くんが死んじゃうから」


身代わり(デコイ)……」


その一言で、ウェルゴーナスは全てを理解した。


つまりこの二人、いやこの女の戦闘スタイルとはつまり、“どうせ治る”ドーンに捨て身で敵の動きを封じさせ、そこを彼女が毒を塗りたくったナイフで攻撃するという、人権無視甚だしいものだったのだ。



「……”遠投”か」


”遠投”とはスキルの一つで、その名前通り『あらゆる物を高威力、高精度で投げることが出来る』能力だ。

あり得ないスピードでドーンを投げ、そして大量のナイフを精密に投げつけてきたデリアの戦いぶりから、ウェルゴーナスはそう判断したのだ。


「ご明察。私のスキルはあなたの言うとおり遠投よ」


「……驚いたな」


ウェルゴーナスはそんな言葉を漏らした。

”遠投”のスキルは、自然治癒や隠密と言った他のスキルに比べればそれほど強いとは言えないスキルだ。というのも、”遠距離攻撃”ならば弓矢で十分であり、実際”遠投”のスキル保持者はどうしても


『弓矢 + 他のスキル』


と言うような組み合わせの下位互換にならざるを得ないからだ。

それゆえ遠投のスキルを持った強者などほぼおらず、冒険者でも金等級になれる者はほとんどいない。

にもかかわらず、デリアは金等級の冒険者である。それはウェルゴーナスにとって驚くべき事だった。


しかしそれは裏を返せば、デリアが今回のような”非人道的だが強力な方法”を毎度のように取っていると言うことだった。

その事実は、ウェルゴーナスに嫌悪感を抱かせるには十分だった。





「……やはり…俺は、お前達冒険者が……嫌いだ」


かろうじて動く口で、ウェルゴーナスはそう言った。しかしデリアは平然としていた。


「嫌いとか、好きとか、そういうことばっかり言ってるから負けたのよ。私だってこんな頼りない男、本当は使いたくないわ。でも仕方ないじゃない、そうしないと勝てないんだから」


そう言って、足下でうめき声を上げるドーンを足蹴りにした。


「や、やめてくれよ……それより……早く解毒剤を……」


「うるさいわね。敵前逃亡の罰として、しばらくそのまま反省してなさい」


「そんな……」


悲痛な表情を浮かべたドーンを無視して、デリアはウェルゴーナスの方に向き直る。



「あなたには悪いけど、あなたの方は解毒するわけにはいかない。殺させてもらう」


「……」


ウェルゴーナスは少しも恐怖していなかった。



今まで彼は、その信念のために幾人もの人の命を奪ってきた。それゆえ、いつの日かこうして命を奪われることを覚悟していた。

しかし『覚悟がある』事と『予想していた』という事は違う。


「……まったく……とんだ……災難だ」


ウェルゴーナスはそうつぶやく。まさかこんなところで死ぬことになるとは思ってもいなかった。なにせ自分がここにいるのはあくまで『準備』の為であって、本当の目的はずっと先にあったのだ。


にもかかわらず、こんな準備段階で死ぬことになるのは、なんともやるせないものがあった。





地面に倒れたままのウェルゴーナスに、デリアは短剣を持ったまま近づく。そして、ウェルゴーナスにむかってそれを振り上げた。


「それじゃあ、さようなら」


デリアはそう言って、短剣を振り下ろした。


しかし、それがウェルゴーナスに突き刺さることは無かった。







「やめてくれる? 俺にはまだ彼が必要なんだ」


デリアの背後に突然現れたその男はそう言った。そして直後、デリアは気を失った。





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「災難だったねウェル君。まさか君がやられるとは想像もしていなかったよ」


デリアを気絶させると、男はデリアの持ち物を探った。そしてすぐに、彼女の持つ解毒剤を見つけた。

解毒剤を飲むと、ウェルゴーナスはようやく立ち上がることが出来るようになった。そうはいっても、解毒剤を飲んだばかりなのでまだふらついていたが。



「……助かった。お前が来なかったら、俺はやられていた」


ウェルゴーナスは相対する男に頭を下げる。


「気にするなよ。それに仕方ない。この二人がここまで強いとは俺も思っていなかったから……そうだった、忘れないうちに」


男は思い出したようにそう言うと、毒が全身に回り動けないドーンの下に近づいた。そして、彼の頭に触れた。



――――パァァァァァ……


触れた男の手から、光が放たれた。ウェルゴーナスはそれを見つつ尋ねる。


「例の“記憶操作”って奴か?」


「そうだね。俺たちの事を知られるわけにはいかないから。彼らには『ウェル君を倒した』と思い込んでもらうことにする」


「……殺されるのか、俺は」


ウェルゴーナスはため息交じりにつぶやいた。それを見て、男は笑みを浮かばせる。


「はは、そんなに気にするなよ。本当に死ぬわけじゃ無いんだ。さてと、処理も終わったし、俺たちはもう帰ることにしよう」


男の言葉にウェルゴーナスは驚く。



「いいのか? まだ作戦は続いているんだろう?」


「いや、それがどうも失敗してしまったみたいだよ。ダー君に掛けておいた記憶操作が解けちゃったらしい」


「記憶操作が解けた?」


「うん、強力な電撃を浴びちゃったみたいだ。その衝撃で記憶が戻ったらしい。これじゃあもう、教会が戦争の引き金となることは期待できない」


「……作戦失敗か。つまり、俺の潜入も無駄になったわけだ」


ため息をこぼしたウェルゴーナスに、しかし男は笑いかけた。


「そんなことないさ。君のおかげで、俺たちは強力な爆弾をいくつも手に入れることが出来たんだから。それだけで上出来だよ」


そう言うと、男はスタスタと歩き始めた。ウェルゴーナスもその後を追う。





「どれだけ失敗しようとも問題ないさ。どんな方法であれ、どれだけ時間がかかろうとも、世界を破壊し尽くすことさえ出来れば俺たちの勝ちなんだから。もっとゆっくり、時間を掛けて楽しんでいこう」


そうして、二人は立ち去っていった。


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