それぞれの戦い④
「痛い痛い! イヤだ! 死にたくない!」
「……」
ウェルゴーナスは、目前に倒れ『死にたくない』と叫び続ける男を唖然として見下ろしていた。
その男こそまさに、先ほど『撤回しろとは言わねえ。ただ、後悔だけは絶対にさせてやる』とほざいていたドーンだった。
戦いが始まって直後、勝負はすぐに付いた。ウェルゴーナスが剣術でドーンを圧倒したのだ。
ウェルゴーナスはドーンの力任せの斬撃を全て受け流し、ドーンの隙だらけの体に数十もの切り傷をつけた。そのあまりにも早い決着は、本来ドーンをサポートするべきだったデリアが何もすることが出来ないほどだった。
そして結局、大量に出血することとなったドーンは今現在『死にたくない!』と駄々をこねているのだ。
「痛い痛い痛い! 痛えよお! ああああああああああ!」
ドーンは血みどろでそうわめく。痛みで地面を“ゴロゴロ”と転がる所為で、辺りはドーンの血に飲まれていった。
(……なんだ?)
そんなドーンの有様を見つつ、ウェルゴーナスは訝しむ。
(まさか俺を油断させようと? ……いや、そうは見えない)
顔を恐怖に引きつらせ涙を流すドーンの姿に、ウェルゴーナスはドーンがブラフを仕掛けているわけではないと確信する。しかしそれがやはり、何というか“不可思議”だった。
ウェルゴーナスは確かにドーンのことを『たいして強くはない』と評価していた。しかしそれはあくまで『自分と比べれば』である。
ドーンがある程度のランクの冒険者である以上、『恐ろしく弱い』と言うことはないはずだ。実際ドーンの強さはウェルゴーナスには全く刃が立たなかっただけで、平均と比べれば十分強いと言える。
だからこそ、ドーンがこんな『命乞いをする弱者』のような姿でいることが信じられなかった。ドーンが戦う前に自信を見せていたことも相まって、『自分を罠に嵌めようとしているのではないか?』と疑念を抱いていたのだ。
――――シュゥゥゥゥ……
「!」
わめいていたドーンの体から突如として煙が出始め、ウェルゴーナスは身構える。
『やはり罠だったのか?』とウェルゴーナスは考えたが、しかし煙が収まった後にも、別に攻撃が飛んでくると言うこともなかった。
しかし煙が晴れてようやく現れたドーンの姿に、ウェルゴーナスは驚いた。なんとドーンの体に付いていた傷が全て治っていたのだ。
(……『超回復』か、厄介だな)
超回復というのはスキルの一つであり、文字通り自然治癒能力を強化する能力だ。レベルを上げるほどその効果はアップする。
『回復するだけ』の能力ではあるが、それでも十分強力だ。それこそ戦い方は多岐にわたる。
例えば回復能力を生かして敵の攻撃を引き寄せる“的”になることも出来るし、敵との相打ちを狙った捨て身戦法もとれる。
ウェルゴーナスはこれまで幾人もの『超回復』のスキルを持った敵と戦ってきたが、戦った感想を言うのなら『戦いにくい』ということだ。
ウェルゴーナスは剣で戦う。つまり『敵に切り傷をつけて倒す』という事だ。そして、それは超回復の能力とは相性が悪い。切り傷程度はすぐに回復されてしまうからだ。それこそ、先ほどドーンの体から数十あまりの切り傷が消え失せたように。
だからもしドーンに勝とうとするならば、『自然治癒できない致命傷を与える』か『大量出血させて材料不足で回復できなくする』のどちらかしかない。
(出血量を考えれば……あと2,3回瀕死にさせればいけるな。首を切り落とすのは厳しそうだ)
辺りに散らされたドーンの血と、ドーンのそこそこの強さからウェルゴーナスはそう判断した。
(問題はあっちの女だな……まだ手の内すら明かしていないのは“暗殺者”だからか?)
ウェルゴーナスは注意深くデリアのことを見る。先ほどウェルゴーナスに短剣を投げつけてきたことを考えれば、その可能性は極めて高い。暗殺者の武器で最も多いのは短剣だからだ。
「イ……イヤだ……お、おれはもう戦いたくない……」
傷は治ったドーンだったが、しかし彼の心に刻み込まれた恐怖はとても大きかった。ドーンは“ズルズル”と地面をはってウェルゴーナスに背を向ける。
その姿に、ウェルゴーナスは再び訝しむ。
(なんだ? やはり俺を油断させるつもりか?)
しかし逃げようとしていたドーンの前に、デリアが立ち塞がった。
「どこに行くつもり?」
「に、逃げるんだよ……お前も見ただろ? 俺じゃあアイツに敵わない……殺されちま……」
――――ドゴッ!
「うっ!?」
「この役立たずのゴミクズ野郎がッ!」
デリアは突如として、足下の逃亡兵を蹴り飛ばした。
「このっ……役立たずが! また逃げるつもりか!?」
それまでのもの静かそうな雰囲気から、デリアは豹変していた。そして足下に転がるドーンを何度も足で踏み付けにした。
「いつもいつも! 治る癖にビビりやがって! お前は“的”なんだから死ぬ気で突っ込めよ! 舐めてんのか!?」
「や……やめ……」
「せっかくお前を“リーダー”って事にしてやってんのに、いざ戦いになったらこれだよ! いい加減にしろよなこのドアホ!」
「……っ!」
そんな仲間割れを前に、一番驚いていたのはウェルゴーナスだった。
(どういうつもりだ……? 隙だらけだぞ……)
ドーンを踏みつけるデリアも、踏みつけにされるドーンも、そのどちらもが完全な無防備だった。それこそ、いまウェルゴーナスが攻撃を仕掛ければ間違いなく二人を殺せるほどに。
(やって良いのか……? いやしかし……)
仲間割れを前に、ウェルゴーナスは逆に動くことが出来なかった。『何か企んでいるのではないか?』という疑念の所為でもあったが、攻撃できなかった理由の大半は『関わりたくない』という、夫婦げんかを前にした通行人が抱いてしまうようなものだった。
デリアは足下に転がるドーンの胸ぐらを掴んで持ち上げた。そして、懐から取り出した短剣をドーンに突きつける。
「おい、いい加減覚悟を決めろやカス。それとも、ここで私に殺されとくか?」
「……ッ!」
ドーンの顔から血の気が失せる。そしてドーンは涙を流しながら、顔を横に何度も振った。
従順なドーンを見て、デリアは満足そうに笑う。
「良い子ね。それじゃあ……」
――――ブゥン!
「行ってきなさい!」
デリアは突如として、ドーンをウェルゴーナスに向かって投げつけた。信じられないスピードで突っ込んでくるドーンに、ウェルゴーナスはすぐさま剣を突きつける。そして
――――グサッ
空中を舞っていたドーンの腹部を、ウェルゴーナスの剣が無慈悲に貫いた。
「……がッ!」
ドーンの口から血が噴き出した。しかしドーンは、そのままウェルゴーナスに抱きついた。
「……!? なにを……」
――――シャシャシャシャシャ!
デリアが投げた大量の短剣が、二人に襲いかかった。
筆者が通う大学の試験が近づいてきているため、更新頻度が悪くなります。
たぶん次の更新は水曜、もしくはまた日曜になると思います。




