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奴隷から始まる異世界マネーウォーズ   作者: 鷹司鷹我
帝都騒乱編
61/110

爆弾倉庫にて⑤

 フォートから衝撃の事実を聞かされると、リャンフィーネは絶望を顔に浮かばせ、そしてうなだれた。



「そんな……あの方が……ダーラーン様が……」


 うなだれるリャンフィーネの様子を、フォートは同情するかのような顔つきで見ていた。しかし、その内心は満足げだった。



 フォートがリャンフィーネに告げた真実。それはもちろん嘘だ。


 しかし、リャンフィーネにはそれが嘘だとわかるすべはない。それどころか、『ダーラーンが裏切った証拠がある』と自信ありげに言ったフォートの姿が、彼女にそれが事実だと思い込ませていた。



 フォートは知っている。『証拠があるから今度見せてやる』という言葉は何よりも、嘘を相手に信じ込ませるのに適した言葉であるということを。


 もちろん、証拠など存在しない。しかし、そんなことはささいな問題だ。無いのなら作れば良いだけだから。偽の証拠を。


 そして、作った証拠がどんなに穴だらけの物だったとしても問題ない。証拠を見せるまでにリャンフィーネを自分の物としてさえいれば、証拠ががどんなにハリボテのようだったとしても、彼女は盲目的に信じてくれるのだから。彼女がこれまで、ダーラーンを盲目的に信じていたように。



 そう、重要なのは今。リャンフィーネが裏切られ絶望している今なのだ。


 この絶好のチャンスが続いている間に、リャンフィーネの信奉の対象をダーラーンから自分に移してしまいさえすれば良い。


 そうするだけで、彼女はフォートの物になる。フォートが心動かされた彼女を、自分の物とすることが出来るのだ。


 フォートが欲する“絶対の忠誠”を、自らの物にすることが叶うのだ。





「私は……私は……やはり幸せには……」


 裏切られたと知り、リャンフィーネは涙を流す。


 今まで信じ続けていたダーラーン。自分を不幸の淵から、虚無の世界から救ってくれた彼が、自分を裏切っていたと言うこと。自分を利用するだけのつもりだったと言うこと。


 それは、これまでなんとか彼女を絶望の淵でつなぎ止めていた細い縄を容易に断ち切った。 

彼女は今、絶望のまっただ中にあった。



 しかし、これもフォートの予想通りだった。


 命を捧げるほどの信奉の対象。それに裏切られたとなれば、絶望の淵に叩き落とされることは容易に想像できた。


 そして、絶望の中にある者ほど洗脳しやすいこともまた、彼はよく知っていた。







「やはり私は……死ぬべきだったんだ……あの時……あのドラゴンに殺されるべきだったんだ……」


 リャンフィーネはつぶやくように言った。それを聞いたフォートは満足げにする。


『ああ、これで彼女は僕の物だ』と。





「そんなことはないさ。君は死ぬべきじゃ無い」


フォートは絶望するリャンフィーネに優しく告げる。



「……お前に何がわかる……裏切られ……ようやく再び手に入れることが出来た……幸せさえも偽物だった……私のことが」


「うん、わからないね。でも、そんなのどうでも良くない? 幸せなんて無くても、生きていられれば良いでしょ?」


「……わかっていないな……幸せを失った者が……どれだけの苦しみの中を生きていかなければならないか」


「幸せ……ねえ」


フォートはそう言うと、顔だけは同情するような様子を見せる。


「うーん……こう言っちゃなんだけど、僕も昔は幸せなんて感じてなかったなあ。でも、それでも別に良かったよ? 君ほど苦しんではいなかったなあ」


「……強いんだな。お前は」


「そんなことはないよ。たぶん、君が弱すぎるだけだ」


「……」


しばしの沈黙が訪れる。その沈黙を破ったのはリャンフィーネだった。



「……どのみちもう無駄だ。私もお前も、爆発で死ぬ」


リャンフィーネはそう言って、まるで自嘲するかのように笑った。


「はは。裏切ったとは言っても結局、私を助けてくれるのか、ダーラーン様は。あの方は私に『死』という安寧をくれるわけだ。最後の最後で」


リャンフィーネはそう言うと、『フフフフフ……』と涙を流して笑った。





しかしフォートは、そんなリャンフィーネの目を見つめた。



「悪いけど、君は殺させない。僕が死なせないよ」


そう言ったフォートの手に握られた小型爆弾を見て、リャンフィーネは驚く。


その小型爆弾は、完全に停止していたのだ。



「な……お前、どうやって」


「普通に、そこにあった設計図を読んだだけだよ。とは言っても内容が薄すぎて、実物が無かったら仕組みなんて全然わからなかったんだけどね。でも実物さえあれば、いくらダーラーンが教えたくなかったとしても、止め方を推測することは出来る」


フォートの言葉に、リャンフィーネは耳を疑う。


「そんなことを……1人で、しかもこんな短時間でしたのか?」


「まあね。出来なかったら死んでいたし」


「……」


「ま、余裕はあったよ。それこそ、君の治療を優先するくらいの余裕は」


フォートは無垢に笑う。その様子を、リャンフィーネは信じられないという表情で見ていた。





「お前は一体……」


「『何者だ?』 はは、よく聞かれるなあ。でも、別に僕はたいした奴じゃ無いよ。人よりちょこっとだけ努力が出来る、ただの人間さ」


フォートはそう言ってはにかむ。しかしすぐに笑みを隠し、真剣な表情になる。



「それよりさ、さっき言ったよね? 『死』が安寧であるとかなんとか」


「……」


「なんで君はそう思うわけ? そんなに生きているのが苦しいの?」


「……そうだ」


「死にたくなっちゃうくらいに?」


「……そう」


「ふーん……」


 フォートはしばし考え込むそぶりを見せた。そして、それをやめるとリャンフィーネに対して精一杯の笑みを浮かべた。





「じゃあさ、僕が君を幸せにしてあげるよ。だからもう、『死にたい』なんて考えないで」



フォートは穢れきった心情でそう言った。






 フォートは気づいていたのだ。リャンフィーネが求めている人間。それは神でも、ましてやダーラーンという個人でも無いことを。


 彼女が求めていた人間、それは『自分を幸せにしてくれる人間』なのだと言うことを。


 彼は始めから、知っていたのだ。










場所は変わって帝都路地裏。そこで繰り広げられていた戦いは、


「嫌だあああああああ! 死にたくないいいいいいい!」


佳境を迎えていた。




また一週間ほどお休みをもらいます。次回更新は23日辺りだと思います

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