爆弾倉庫にて③
「……っ」
リャンフィーネは痛みで目を覚ました。そして起き上がろうとする。
「あ、起きないでください。治療が終わったばっかりだから」
起き上がろうとしたリャンフィーネに、フォートが忠告した。フォートはリャンフィーネから少し離れたところで何かをしているようだった。
「……治療したのか?」
横たわったまま、リャンフィーネは僅かに語気を強めて尋ねる。その言葉には少しではあるが怒りが含まれていた。
「ええ。いくら言っても聞いてくれなそうだったから、気絶してもらいました。まあおかげで、麻酔代わりになったんですけどね」
フォートは振り返りもせずにそう答えた。
リャンフィーネは自らの脇腹を見る。そこは、粗いながらも縫合がなされていた。
「医術は独学なので、それで100%大丈夫とは言えませんけど、80%位は大丈夫だと思います。とりあえず、すぐに死ぬって事は無いでしょう」
「……なぜ助けた?」
リャンフィーネはフォートに問いかける。
彼女は敵に助けられることなど望んでいなかった。にもかかわらず、フォートは自分を助けた。
もう治療されてしまった以上ネチネチと文句を言うつもりはなかったが、それでも彼女には疑問だった。『何故敵である自分を助けたのか?』ということが。
「……私を助けたところで、お前に何のメリットがある? むしろ敵になるリスクの方が大きいだろう?」
「死にかけてる人がいたら助ける。当然では?」
「……」
フォートはさも当然であるかのように即答した。
確かにフォートが言わんとしていることはわかる。
『死にそうな人間は必ず助ける。たとえ敵だとしても』
彼はきっと、そんな“当たり前”のことを言っているのだろう。子供が親から教わるような、そんな当然のことを言っているのだ。
でも、現実は違う。現実はそんな甘くは無いことを、リャンフィーネはよく知っていた。
何せ彼女自身もまた、幾度となくその常識に反することをしてきたのだから。そして、それよりずっと多くの“そういう行為”を見てきた。
だからこそ、フォートが純粋に『死にかけている相手を助けるべき』という考えだけで自分を助けたのだと言うことが、どうしても信じられなかった。
そんな思案にふけっていた彼女だったが、ここでようやくフォートが何かしていることに気づく。
「……キサマ…それをどうするつもりだ?」
リャンフィーネは尋ねた。フォートが何故か、彼女の神が作り上げた“小型爆弾”に“ガチャガチャ”と手を加えていたから。
リャンフィーネのそんな質問に、フォートは平然と答えた。
「爆弾を停止させようとしているんですよ」
「……!」
「驚きましたか? ええ、そうですよ。起動しています」
リャンフィーネは「あり得ない…」と言葉を漏らした。
ダーラーンの話では、この爆弾は“安全装置”がきちんと施されており、誤作動で起動すると言うことはあり得ないという話だった。
にもかかわらず、こんなところで爆弾が起動してしまっている。
それはつまり、エヴォルダ教内に裏切り者がいて、その裏切り者がこの教会本部を吹き飛ばすために“わざと”起動させたと言うことに他ならなかった。
「……っ! あの男か!」
リャンフィーネはすぐに答えにたどり着く。
リャンフィーネには心当たりがあった。エヴォルダ教を裏切る人間の心当たりが。いや、エヴォルダ教を始めから利用するつもりでしか無かった者の心当たりが。
「クソッ! やはりあのゲイナスとか言う奴を信じるべきでは無かった!」
リャンフィーネはそう言って悔しがった。しかし声を荒げたために、縫合したばかりの傷が“ズキ”と痛み、リャンフィーネは「ぐっ……」とうめきを漏らして地面に伏した。
一方のフォートは、“ゲイナス”というリャンフィーネの口から出てきた名前に反応していた。
(なるほど……そいつが黒幕…いや、オットーフォンの手駒か)
フォートはそんな推測をした。
レイから聞いた話では、この事件の裏にはダリア商会がいる。ダリア商会が援助して、エヴォルダ教に帝都を爆破させようとしているのだ。
そして用済みとなったエヴォルダ教も爆破し、証拠を完全に隠滅してしまおうとしている。
それこそが今回の騒動の全貌であり、防がなければならない悲劇だ。
リャンフィーネは縫合された傷口を抱えながら、フォートに叫ぶ。
「おい! このことをすぐにダーラーン様に伝えに行け! ダーラーン様しかこの爆弾を止めることは出来ない!」
この小型爆弾は、ダーラーンが解読した古文書に書かれていた古代魔法を応用して作られている。そして、ダーラーンはその仕組みを誰にも教えようとしなかった。
そのため、この小型爆弾に使われている技術の詳細は、作っている者達さえも詳しくわかっておらず、唯一ダーラーンだけが全てを知っていた。
だからリャンフィーネは、小型爆弾が爆発する前にそれを止めることが出来るダーラーンにそのことを伝えるように言ったのだ。
しかし、フォートはそれを受け入れなかった。
「悪いけど、そんな時間は無いね。あと数分で爆発するから。多分、それじゃあ間に合わない」
「なっ……!」
リャンフィーネは絶句する。もしこのまま爆弾が爆発したら、ここにいる者達は誰一人として助からないだろう。もちろん、ダーラーンも。
リャンフィーネは危機的な状況に、唇をかみしめる。そして、口を開いた。
「……頼む…このことをダーラーン様に…」
「だから言ったでしょ? 間に合わないって」
フォートは同じ事をしつこく言ってくるリャンフィーネに、半ば呆れながら答えた。
しかし、リャンフィーネは首を横に振った。
「……そうじゃない。ダーラーン様に爆弾を止めるように伝えて欲しいんじゃない。私はお前に、ダーラーン様に“逃げるように”伝えて欲しいんだ」
「……逃げる?」
フォートからの問いに、リャンフィーネは静かに頷く。
「……なんで? それじゃああなたは…」
『助からない』という言葉をフォートは止めた。
そんなことはフォートに言われるまでもなく、彼女が一番わかっていることだ。これほどの大けがをしている彼女が、今から爆発の範囲外に逃げることなど、どうやっても出来ない。
それがわかっていてなお、彼女はこんな“自己犠牲”あふれることをお願いしているのだ。
フォートは、リャンフィーネの瞳をのぞき込む。その瞳には、彼がこれまで見たことの無いような、“強すぎる”思いが宿っていた。
(……これほどか)
フォートの心に、自然とそんな思いが浮かぶ。
彼はこれまで、誰かを心の底から尊敬したり、信頼したりしたことは無かった。
だからこそ、自分の命を捧げてまでダーラーンに報いようとするリャンフィーネのことが、とてもすごく、そして恐ろしく感じられた。
「たのむ……あの方は私の希望なんだ…だから…」
リャンフィーネは何度も頭を下げて頼んだ。その様子は、端から見れば“無様”と言われても仕方がないようなものだったが、それを向けられたフォートにとっては、とても強く感じられる“何か”があった。
フォートはこれまで、これほどに心を動かされたことはない。
テレビのドキュメンタリーを見たときも。
『感動する』と評判の映画を見たときも。
チャリティーマラソンを走り終えた選手を見たときも。
そんな『感動する』と世間一般に言われるものを、好奇心から今まで幾度となく見てきた。しかし感動をしたことなどついぞ、一度も無かった。
しかし今、こうやってプライドを捨て頭を下げ続けるリャンフィーネを前にして、フォートは初めて心の奥になにがしかの感情を抱いていた。
そして同時に『これが欲しい』という抑えがたく、醜い欲求も。
自分に足りない“感情”が欲しいという、言いようのない渇望を。
ブックマーク登録と評価もお願いします
次回は14日頃になると思います




