それぞれの戦い③
「あはははははははははは! 見なさい! これがダーラーン様に逆らった者の末路だ!」
地面を転がるティエナの顔面を見て、リャンフィーネは叫ぶ。
頭部が切断されたティエナの首から、鮮血が吹きだした。
「これで私の勝ちよ! もうお前逹に勝ち目は残っていない!」
リャンフィーネは叫んだ。確かに彼女の言うとおり、すでに勝負はついていた。
ティエナが死んでしまっては万能使役の効果が切れ、二匹のレッドウルフは戦えなくなる。
そうなれば戦況は、ケインズとリャンフィーネの一騎打ちになる。そして、その二人の間には決して覆ることのない実力差があった。
ティエナという、折れてはならない一本柱が折れてしまった時点で、この戦いの決着はついてしまっているのだ。
リャンフィーネは恍惚の表情を浮かべる。
「ああ!ダーラーン様しばしお待ちを! すぐに私があなたの元へと向かいます! そしてこの者と同じようにあの下賤な者逹に死を・・・」
――――ザシュッ
「あた・・・え?」
自らの横腹に強烈な痛みを感じ、リャンフィーネは地面に崩れ落ちた。
「え? え? え?」
わけもわからず痛みの発生源、すなわち自分の横腹を見る。
そこには、一本のコンバットナイフが深々と突き刺さっていた。
「油断したな、煉拳さんよ」
リャンフィーネの背後から、ケインズはそう言った。リャンフィーネにナイフを突き刺したのは、ケインズだった。
リャンフィーネの口から、”がはっ”と多量の血が噴き出した。そしてリャンフィーネは、視線の定まらない目でケインズを見る。
「な・・・なぜ・・・」
血が吹き出るのを押さえながら、リャンフィーネは尋ねた。
リャンフィーネは確かに油断をしていたかも知れない。しかしそれでも、こんな事はあり得なかった。ナイフを突き刺されるまで、ケインズの接近に気がつかないなど。
先ほどケインズがリャンフィーネの頬に傷をつけたとき。あの、リャンフィーネがまったくケインズを注意していなかったときでさえ、ナイフを深く突き刺される前にケインズの気配に気がついた。
そして今は、『ケインズが隙を突いてくるかも知れない』と注意をしていた。
それなのに、注意をしていたにもかかわらずケインズに気がつかず、それどころかナイフが深々と刺さってようやく気がつくなど、そんなのはあり得なかった。
「・・・っ、まさか・・・!」
しかしすぐに、リャンフィーネは答えにたどり着いた。
「キサマ・・・『戦士』ではなく『暗殺者』か!?」
「ああ、その通りだ。こんな前線で戦っているから気がつかなかっただろ?」
リャンフィーネの問いに、余裕の表情でケインズは答えた。
暗殺者とはその名の通り、『暗殺』を得意とする戦闘職だ。同じく戦闘職の『戦士』との違いは、その役割にある。
戦士は基本、前線で戦う。前線で敵の攻撃を一身に受け、パーティーの攻守の主力となるのだ。
それに対して暗殺者は、基本は前線で戦わない。仲間達が敵の注意を引きつけている最中、それを影から観察し、敵に生まれた一瞬の隙を突く戦闘スタイルである。(トロール戦で、レイがとどめを刺した様な戦い方)
隙を突く際、暗殺者は『隠密』などのスキルを使って、敵に自身の存在を気づかれないようにする。そして無防備な敵に不可避の攻撃を放ち、致命傷を与えるのだ。
戦士が攻守一体なのに対して、暗殺者は攻撃のみ。それが、一番の違いと言えるだろう。
そして、先ほども述べたように暗殺者は基本、前線で戦わない。『暗殺』を目的とするのだから当然だ。
だから、リャンフィーネは思い込んだ。ケインズが『戦士』であると。しかし、それこそがケインズの罠だったのだ。
強者になればなるほど、戦いにおいて『経験』が占める割合は大きくなる。元白金等級冒険者であるリャンフィーネについては言うまでもない。
彼女はこれまで幾多の敵逹と戦い、その中で『前線にいるのは戦士』という固定観念を育んできた。
そして、『戦士は暗殺者ほどに注意しなくても良い』という常識を持っていた。
なにせ、戦士は気配を完全に断ちきることなど出来ないのだから。注意をせずとも、近くに接近してくればたやすく気がつける。最悪でも、攻撃の瞬間に現れる殺気に気がつかないわけが無い。
だから、気配を完全に消せる暗殺者と違って、戦士はそれほど注意を払わなくても良い。
そしてそれ自体は間違いではない。むしろ一瞬の判断ミスが命取りになる戦いの場において『注意を払わねばならない対象』を減らすことは、重要なことだ。
しかしケインズは、その常識を逆手に取った。
『暗殺者が前線にいるはずがない』という固定観念を利用して、自分を『戦士』だと思い込ませ、自分に払われる注意を削いだ。
あとは簡単だった。リャンフィーネが十分気を抜いたとき、つまり『戦いに勝った』と確信した瞬間、彼本来の職業『暗殺者』の固有スキル“隠密”で気配を完全に断ち、そして、致命的な一撃をリャンフィーネにお見舞いしたのだ。
「・・・っ、まさ・・・か」
リャンフィーネは血を吐き出す。
そう、彼女は最初からケインズの手のひらの上で転がされていたのだ。そして今、その手のひらの上から叩き落とされた。
しかしリャンフィーネは負けを悟りながらも、それでも笑った。
「はは・・・残念だったな・・・お前の作戦勝ちでも・・・私は・・・この女を・・・殺した・・・」
そう言って、転がったティエナの顔面を指さした。
「ああ・・・申し訳ありませんダーラーン様・・・この程度のお役にしか立てなくて・・・たった一人・・・下賤な女を殺すことしか出来ず・・・」
「だ、だれが死、死んだんですか?」
「・・・!」
リャンフィーネは驚いて、声が聞こえた方を見る。そこには、
「わ、わたしはまだい、いきています」
ティエナが無傷で立っていた。ティエナは肩に小さな植物のような生物を乗せ、そして血みどろのリャンフィーネを見下ろしていた。
「なっ・・・」
「お、おどろきましたか? こ、この子のおかげです」
ティエナはそう言って、肩に乗った小さな植物を撫でた。
ティエナを救った生物。それは『レンドゴラ』と呼ばれる植物モンスターだった。レンドゴラはその体から強力な幻覚作用を持った物質を放出し、吸った者に幻を見せることが出来る。
ティエナは万能使役の能力でレンドゴラを使役し、ティエナを殺したとリャンフィーネに錯覚させたのだ。
「あ、ありがとうレンちゃん。も、もどっていいよ」
ティエナがそう言うと、彼女の胸ポケットの中にレンドゴラは入っていった。
ティエナすらも殺せていなかったとわかり、リャンフィーネは悔しさを顔ににじませる。
「くっ・・・申し訳ありませんダーラーン様・・・なんのお役にも立てず・・・」
リャンフィーネは横腹を押さえていた右手を振り上げ、何度も床を殴った。横腹から大量に出血する。
しかしそれでも、リャンフィーネは殴るのをやめようとはしなかった。
「クソッ! ・・・クソッ! ・・・」
何度もそう言って悔しがるリャンフィーネに、ケインズは語りかける。
「もうよせ。お前の負けは決まりだ。でも、死ぬことはないだろ? ダーラーンって奴もきっと、お前が死ぬことを望んじゃいない」
「だまれ! キサマに何がわかる! ダーラーン様が望んでいるかではない! 重要なのは『ダーラーン様のために何が出来るのか』だ!」
リャンフィーネは顔を上げた。そして、ケインズと目が合う。その目に宿る闘志を認めて、ケインズの背中に悪寒が走った。
「・・・っ!」
ケインズは脇にいたティエナを抱え、すぐさまリャンフィーネから距離を取る。そしてその直後、
「ああ・・・ダーラーン様・・・こんな事しか出来ない私をお許しになってください・・・」
恍惚の表情を浮かべたリャンフィーネの体がまばゆい光を放ち、そして爆発が辺りを吹き飛ばした。
バテました。と言うわけで、次回投稿は12月9日(日)0:00頃にします。楽しみにしてくれていた方も、そうでない方も、どうもすみません。(そのときの書きため具合で毎日投稿するかどうか決めます)
もしかしたら、進捗具合によっては予定より早く投稿する可能性もあります。




