それぞれの戦い①
――――ひゅっ!
――――ガインッ!
足下のエヴィルとレイモンドにとどめを刺そうとしていたウェルゴーナスに向かって、ナイフが飛んで来た。
ウェルゴーナスはそれを、銀白色の鎧の腕の部分ではじく。
はじかれたナイフは“カラン カラン”という金属音を響かせて地面に落ちた。
「よお。お前が銀牙だな?」
ナイフが飛んで来た方向を振り向いたウェルゴーナスの視界に、ドーンが現れた。その後ろには、恐らく先ほどのナイフを投げたであろうデリアが控えていた。
ウェルゴーナスは敵が二人だけである事と、そしてその二人が恐らく自分よりも貧弱である事を感じ取り、ひとまずは心を落ち着かせた。
そして、目の前の二人に告げる。
「・・・どうやら助けに来たようだが、一歩遅かったな。すでにこいつらは、ご覧の通り俺にやられた後だ」
ウェルゴーナスはそう言って、足下に転がるエヴィルを蹴飛ばした。しかしドーンは、そんなウェルゴーナスの言葉を笑い飛ばした。
「助けに来た? 冗談よせよ。なんで俺様がそんなことをしなきゃならないんだ?」
「・・・なに?」
ドーンの言葉に、ウェルゴーナスは僅かに顔をしかめる。しかしそんなのにはかまわず、ドーンはヘラヘラと笑っていた。
「なんなら別に、先にとどめを刺しても良いんだぜ? 待ってやるから」
「・・・助けに来たんじゃないのか?」
「助け? はっ! なんで商売敵を俺様が助けなきゃいけないんだ? むしろ、同業者を減らしてくれたら感謝するくらいだ」
「・・・・・・」
ドーンの表情から、彼が本心からそう思っていることを理解して、ウェルゴーナスは心からドーンのことを軽蔑した。
確かにウェルゴーナスは、金と名声のためだけに戦う冒険者が嫌いだ。なので、足下に倒れるエヴィルとレイモンドのことも、もちろん好きではない。
しかしそれでもドーンの、自らの使命を果たすために命がけで戦ったエヴィルとレイモンドを全く敬おうとしない言動は、彼の中に気分の悪さを生み出していた。
そしてそれは、足下に倒れる二人への同情のような感情でもあった。
「・・・やはり俺は、お前達冒険者のことが嫌いだ」
ウェルゴーナスはドーンを睨み付けながら言った。しかしドーンは、ウェルゴーナスの鋭い眼光に少しもひるまない。
「それは聞いてもいない事をどうも。でも、お前にそんなことを言われても俺様は何も感じないんだよなあ」
ウェルゴーナスの言葉をあざ笑うかのようにドーンは言った。
「・・・いい加減にして。敵と話すのは」
険悪な会話を続けていた二人に、デリアは半分怒りをにじませた声で言った。それに対して、ドーンはまるで言い訳でもするかのように答える。
「仕方ないだろ? あっちが話しかけてきたんだから。それに、そもそも俺たちの仕事は“時間稼ぎ”だ。それなら、わざわざ戦うリスクを負うよりも、こうやって話で時間を潰した方が・・・」
――――ギャギギギギギイイン!
ドーンが言いかけたところに、ウェルゴーナスの強力な剣撃が襲いかかった。しかしドーンはその攻撃を、腰から抜いた剣を使って、間一髪のところで防いだ。
「・・・ったく、危ねえなあ。不意打ちなんて卑怯なマネ、元帝国戦士長がしても良いのかよ?」
顔に余裕の笑みを浮かばせながら、ドーンは目の前でつばぜり合いをするウェルゴーナスに尋ねる。
「“卑怯”ではなく、“狡猾”なだけだ。それとも、隙を突かれただけで『卑怯だ』なんて言うくらいの実力しか無いのか?」
「・・・あ?」
「俺に言わせれば、お前よりもそこに倒れている二人の方がまだ強かったぞ?」
「・・・・・・」
――――ガインッ!
火花を散らせる二人の間に距離が生まれる。
ウェルゴーナスは、頑強な鎧を着ているとは思えない程に俊敏な動きで背後にステップを踏んだ。
逆にドーンは、その場に立ち止まったままだった。そして、たったいま自分を『侮辱した』男、ウェルゴーナスを睨み付ける。
ウェルゴーナスはそんなドーンを、まるで馬鹿にするかのように見返した。
「どうした? さっきまであんなに気色悪く笑っていたのに、今はそんな間抜け面をして?」
頭に血が上り、ドーンの顔は赤く染まった。
「・・・撤回しろとは言わねえ。だが、後悔だけは絶対にさせてやる」
ドーンはそう言うと、再び剣を強く握りしめた。そして、ウェルゴーナスに向かって突進した。
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「防御はまかせて! 突っ込んで!」
シャルーナはウラウに叫んだ。それと同時に、ウラウはダーラーンに向かって走り出した。もちろん、ダーラーンもそれを正面から受けて立つ。
「麻痺電撃」
――――バチチッ
人間を動けなくするのに十分な電撃が、ダーラーンの手から放たれた。そしてそれはまっすぐに、ダーラーンへと向かって走るウラウの方向に進んでいく。
「電場操作!」
――――カクッ!
しかしその麻痺電撃は、ウラウにぶつかる直前に方向を変え、見当外れの方向に進んでいった。
電場操作は、文字通り周囲の電場を操作する魔法だ。
魔法使いが電撃魔法を使う場合、通常は術者体内の電場のみを変化させる。それにより、多数の電子を思いのままに体内から放出できるのだ。
しかし、魔法使いとしてのレベルを上げていけば、体内に限らず周囲の空間の電場に干渉することも可能となる。
特に今回のような電撃を扱う魔法使い同士のミラーマッチでは、この技術は大きな効力を発揮する。電場を支配することが、戦いを支配することにつながるのだ。
攻撃の軌道をずらされ、このままではウラウの攻撃を避けられないと悟ったダーラーンは作戦を変える。
「火炎球」
――――ボボボボボボボボウン!
ダーラーンの手から、直径10cmほどの小さな火炎の球体が十数個放たれた。まるで散弾銃のような弾幕を作り、それはウラウに向かって行く。
(まずい・・・)
シャルーナは息をのむ。シャルーナはダーラーンとは違って、炎系の魔法を使えない。彼女は雷系の魔法しか使えないのだ。
しかしそれは別に、彼女に才能が無いからではない。そもそも、火、氷、雷の三属性の魔法全てを使える者の方が珍しいのだ。
それにもし炎系の魔法を使えたとしても、この状況ではどうしようもない。電場による空間支配と違って、ただの高温の固まりである火球をどうにかするすべはないのだから。
「・・・っ、避けて!」
他に何も出来ず、シャルーナは叫んだ。しかしウラウは、彼女の叫びを無視した。
ウラウは十数個の火球の大群に向かって、突き進んだのだ。
(なっ・・・なにを!?)
シャルーナが再び息を飲んだとき、ついに火球とウラウが接触した。が、
「とりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!」
ウラウはそんなことを叫びながら、自分に向かってくる全ての火球を、目にもとまらぬ連続パンチで叩き落とした。
「・・・!」
信じられない光景に、思わずシャルーナとダーラーンは固まる。しかし目前に迫るウラウに、ダーラーンは慌てた。
(まずい・・・防御を・・・)
「遅い!」
――――ガッ!
ウラウは全ての火球をたたき落とすと、ダーラーンに防御の暇を与えず、彼の服を掴んだ。そして、
「おらあああああああ!」
――――ドガン!
ダーラーンを一本背負いで床にたたきつけた。そのあまりの威力に床は抜け、ダーラーンは下の階へと落ちていく。
「いまだよ!」
ウラウはダーラーンを階下に突き落とすとすぐさま、シャルーナに向かって叫んだ。そしてシャルーナも、言われるまでもなくすでに動いていた。
シャルーナは体を引きずりながら、ダーラーンが落ちていった穴に向かう。そして、その淵に這いずってたどり着くと、
「ライトニング!」
――――ババババババババババババババ!
穴の奥底めがけて、強力な電撃を打ち込んだ。




