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奴隷から始まる異世界マネーウォーズ   作者: 鷹司鷹我
帝都騒乱編
49/110

過去と今

「残念じゃよ。お主が裏切っていたとはな」


 ダーラーンは、足下に転がる自らの弟子を失望のまなざしで見下ろす。


 ダーラーンの側には、一人の銀髪の女性が控えていた。彼女もまた、シャルーナを冷めた視線で見下ろしていた。


「主よ。だから私は申したのです。このような者を信じるべきではないと。このような・・・」


――――ドガッ!


「・・・このような下賤な者など!」


 ダーラーンを信奉する女性は、足下のシャルーナを蹴飛ばした。シャルーナは無力に『ゴロゴロ』と床を転がる。そして、壁にぶつかって止まった。



 女はその様子を満足そうに見ると、拳を握った。


「主を裏切るなど万死に値する行為。主よ、どうか私がこの下賤な女を殺すことをお許しください」


 女の拳から『ゴオオオオオ・・・』と言う音と共に、激しく炎が燃え上がった。女はその燃える拳で、シャルーナを殴ろうと近づく。しかし、ダーラーンはそれを止めた。


「よせリャンフィーネ。裏切ったとは言え、シャルーナはわしの弟子。殺すのは忍びない」


 ダーラーンのそんな言葉に、倒れていたシャルーナは耳を疑った。しかしそれは、師匠が慈悲深くも自分を許してくれたからではなかった。


(・・・っ、リャンフィーネ!? まさか、伝説の『煉拳』!?)



 『煉拳』とは、数年前に存在したある白金等級冒険者が持っていた二つ名だ。当時、帝国最強と呼ばれていた冒険者パーティー『白銀の大鷲』の一員で、そして、その最後の生き残りでもある。


 シャルーナが聞いたところでは、ある仕事で人々を守るために『煉拳』以外の全員が死んだらしい。そして生き残った『煉拳』も、それを機に冒険者をやめたという話だ。


(そんな彼女が・・・何故こんな所に?)


 しかし、そんなシャルーナの疑問に誰も答えてくれるはずもなく、ダーラーンとリャンフィーネは倒れたシャルーナを放ったまま、問答を繰り返していた。



「しかし、それでは信者達に示しがつきません。主の偉大さを示すためにも、この者は殺すべきです」


「そこまでする必要も無かろう? 地下牢にでも閉じ込めておけば良い。それに許しを与えることもまた、神たる者の勤めだ」


 ダーラーンの慈悲深い考えに、リャンフィーネは「ああ、さすがは我らの神・・・」と恍惚の表情を浮かべた。



「主のお考え、よくわかりました。それならば私も、この下賤な女を許すことに致しましょう・・・」


「うむ。そうしてくれ」


 そんな安っぽい演劇を繰り広げる二人の傍らに倒れたシャルーナは、歯ぎしりをして悔しさをにじませる。


(なにが・・・許しよ! 悪いのはあんた達の方でしょーが!)


 シャルーナはそんな怒りをバネに、傷ついた体を起き上がらせた。そして、


「ライトニン・・・」


麻痺電撃パラライズ


――――バチチッ!


「・・・っ、あああああ!」


 シャルーナが『ライトニング』の魔法を発動するより前に、ダーラーンの『麻痺電撃パラライズ』がシャルーナの体を襲った。


 『麻痺電撃パラライズ』は電撃の威力こそ小さいが容易に発動でき、敵を一時的に行動不能にすることが出来る。



「わしの下で修行をしていたときに教えていただろう? 『ライトニング』は発動までに時間がかかりすぎるから、『麻痺電撃パラライズ』で敵を動けなくしてから使えとな」


 ダーラーンは、再び地面に倒れ込んだシャルーナに告げた。シャルーナの体は、『ピクピク』と痙攣している。



 しかし、それでもシャルーナは力を振り絞って、声をひねり出した。



「な・・・ぜ・・・こんなこと・・・を!?」



 シャルーナが知る限り、ダーラーンは『目的のためならば手段を選ばない』という危険な考えは持っていた。このようなテロまがいのことを起こそうとするのは、おかしな話だが『師匠ならばやりかねない』と理解できた。


 しかし『自分が神になろう』などという狂った考えを持つような人間ではなかったはずだ。そんな、頭がどうかしてしまった考えを抱くほど、バカではなかったはずだ。


 にもかかわらず彼は今、自分を恥ずかしげも無く『神』と呼び、最強の兵器を使って世界を征服しようとしている。


 そのことがどうしても、シャルーナには信じられなかった。



「なに・・・が・・・あったん・・・ですか!?」


 シャルーナの問いに、ダーラーンは僅かに笑みを浮かべる。


「なにも特別なことはない。ただ『知った』だけじゃよ」


「知った・・・だけ・・・?」


「自分が神となるべき存在であることを、ある男から教えてもらった。ただそれだけじゃ」


 ダーラーンの答えに、シャルーナの疑問はさらに深まる。


「ある男・・・?」


「そう、わしはその者の名前も、正体も知らん。だが、それでもこれだけは言える。あの男が言っていることは全てが正しいと」



 誰かに『あなたは神になるべき人間だ』と言われただけで果たして、ここまでのことをしようとするだろうか? シャルーナはそんな思いを抱く。


 少なくとも、彼女ならこんな事はしない。そして、彼女が知る師匠も、そんな言葉を信じたりはしなかったはずだ。







「わしはこの古代魔法が書かれた魔法書を手にするために、仲間を全員失った」


「!」


 突然のダーラーンの告白に、シャルーナは驚く。


 ダーラーンが元白金等級冒険者であることは知っていたが、彼に仲間がいたことは初耳だった。そして、仲間の全員が死んでしまっていたことも。


 ダーラーンは、悲哀を感じさせるような声で話を続ける。



「・・・わしのミスじゃった。わしが注意を怠って、この魔法書を手に取ってしまったばかりに、ダンジョンは崩壊し、わし以外の全員が死んだのじゃ。そして、わしは全てを失った」


 ダーラーンは、彼のもう動くことのない足を、まるで戒めるかのように『パンッ!』と叩く。


「瓦礫に潰され、わしは足の自由を失った。そのせいで冒険者をやめるほか無かった。仲間を失い、職すらも失ったわしに残されたのは、僅かばかりの金とこの魔法書だけだった」


 そう言うと、大事そうに本をなでた。それはまるで、子供でも慈しむかのようだった。


「わしはすぐに、古代文字の解読に取りかかった。そうするしかなかった。この魔法書に、仲間も、地位も全てを失うだけの価値があると信じる以外には。しかし解読は難航し、すぐにわしが持っていた金は底をついた。だから解読の傍ら、子供達に魔法を教えるようになった」


 シャルーナは『解読の傍ら』という言葉に、言いようのない悲しさを覚えた。


 シャルーナがあれほど楽しく過ごしていたあの日々は、師匠にとっては金を得るための“ついで”でしかなかったのだと言うことが、苦しくさえ感じられた。


 しかし、そんなシャルーナの思いなど知るよしもなく、師匠は話を続ける。



「20年の月日をかけて、ついにわしは解読に成功した。しかし、そこに書かれていたのは恐るべき魔法だった」


「・・・世界を・・・燃やし尽くす魔法」


 ダーラーンは静かに頷いた。


「・・・わしは求めていたのじゃ。自分が払った犠牲に見合うだけの物が、魔法書に書かれていることを。多くの人を救うことが出来る魔法が、記されているはずだと。しかし、現実はそれとは反対だった。多くの命を奪うしか出来ない魔法が、書かれているだけだった」


 そう言ったダーラーンの顔は、悲しげだった。それは、かつてシャルーナが見ていた師匠の姿だった。しかし、そんな姿はすぐに消し飛んだ。



 ダーラーンが急に、顔に不気味な笑みを浮かばせたのだ。


「しかし! そこに彼が現れた! 黒いマントをかぶったあの男が! わしに、何をすべきかを教えてくれた男が!」


 シャルーナは悪寒を覚える。彼女の前にいる師匠は、彼女が知るかつての優しかった師匠とは似ても似つかない、恐ろしげな笑顔をしていたから。



「彼は言った! 『力は選ばれし者にしか与えられない』のだと! わしこそが、選ばれし者なのだと! そして、『選ばれし者には力を行使する義務がある』と!」


「・・・っ!」


 シャルーナは絶句する。ダーラーンの目はもはや、まともとは言えないほどに血走っていた。明らかに狂った表情で、彼は叫び続ける。


「わしは理解したのだ! わしこそが神となり、世界を支配しなければならないと! そうする以外で、世界中にいる迷える羊たちを救うことは出来ないのだと! そのために、わしに力が与えられたのだと!」


 ダーラーンは演説を終えると「はぁ・・・はぁ・・・」と息を切らせた。そして、自らの弟子を見下ろす。



「わかっただろう? わしこそが選ばれし者なのだ。世界を支配する力を与えられた、救世主なのだ」


 ダーラーンは「だから、わしに力を貸しておくれ」とシャルーナに言い聞かせるように言った。


 しかし、シャルーナは唖然としていた。そして、彼女の口から言葉が漏れる。


「どうか・・・してる・・・」


――――ドガッ!


 再び、リャンフィーネの強烈なキックがシャルーナを襲った。シャルーナは数メートル吹き飛び『ゲホッ! ゲホッ!』と、血を吐き出した。



「キサマ・・・深い御心でキサマを許してくださった主の行為に泥を塗るか!」


「よしなさい」


 掴みかかろうとするリャンフィーネを、やはりダーラーンは止めた。



「しかし主よ・・・!」


「やめろと言っている」


「・・・っ!」


 ダーラーンの剣幕に、リャンフィーネは思わず声を失う。そして、「出過ぎたマネをしました」と言って、一歩下がった。



 ダーラーンは、血を吐き倒れるシャルーナの方を、悲しそうな目で見つめる。


「・・・本当に残念だ。お主ならば、理解してくれると思っていたのだがな」


「・・・っ、すいま・・・せんね」


 ダーラーンを睨み付けながらそう言うシャルーナの顔を見て、ダーラーンは諦めたようにため息をついた。



 そして、側に控えているリャンフィーネの方を見る。


「リャンフィーネ。我が愚かなる弟子を牢屋に・・・」


 しかし、ダーラーンが言い終える前に、



――――バリンッ!


「・・・!」


「なっ・・・」


 いきなり、窓ガラスをぶち破って、部屋の中に矢が飛び込んできた。そして、


――――キィィィィィィン!


 激しい光と音が、辺りを包んだ。


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