救済
「俺のことを知っているのは、いま本部にいるヤツらだけです。ならヤツら全員を吹き飛ばせば、俺のことを知っている人間はいなくなる。それで見事、証拠隠滅です」
ゲイナスは平然と言った。そこには微塵も『エヴォルダ教を金のために利用する』ことに対する罪悪感は感じられなかった。
「・・・・・・」
ゲイナスの答えに、レイは何も言わなかった。彼女には、彼らの言い分が理解できていたから。
彼女は「自分の秘密を守るためなら、秘密を知っている人間を全員殺してもいい」という考えを持っている。オットーフォンやゲイナスの考え方は、見方によっては彼女のそんな考えとたいした違いは無い。
だから、彼女は何も言えなかったのだ。
「商会長のシナリオでは『帝国中枢を爆破することに成功したエヴォルダ教だったが、取り扱いミスにより本部で爆弾が暴発。エヴォルダ教上層部は全員死亡し、事件は首謀者死亡により迷宮入りとなる』って感じです。どうです? イカすでしょ?」
「・・・・・・」
人を殺すための作戦を『イカすでしょ?』と笑って言ったゲイナスに、レイは嫌悪感から、ナイフを突きつける力を強めた。
しかし、ゲイナスはそんな事は少しも気にせず、首元のナイフを親指と人差し指でつまんだ。
「じゃ、言うことは言ったんで、コレをどけてもらっても良いですか先輩? 逃げたいので。このままここにいて、爆死したくありませんよ」
ゲイナスは相変わらずの、張り付いたような笑顔で尋ねた。
確かに、レイには二人の考えが理解できる。金のために戦争を起こそうという考えも、肯定は決して出来ないが理解は出来る。
でも、それを受け入れるつもりはない。
「・・・待ちなさい」
首元のナイフをどけ、そのまま立ち去ろうとしていたゲイナスを、レイは呼び止めた。
ゲイナスは振り返る。
「なんですか?」
「・・・爆弾はどこに仕掛けたの?」
レイは覚悟を決めた眼差しで、ゲイナスの目を見た。その瞳の奥には隠すように、恐怖の色が垣間見えていた。
そして、レイからの質問にゲイナスは
「ははははははは! 爆笑っすよ! 本気ですか先輩!?」
腹を抱えて笑った。
「わかってます? この任務は商会長から直々に受けたものですよ? それを邪魔するって事は・・・」
ゲイナスはそこで言葉を止める。しかしレイには聞かずとも、後に続く言葉がよくわかっていた。
でも、それでも・・・
「答えなさい」
再び、ゲイナスの首元にナイフが突きつけられた。しかしゲイナスは、少しも動揺しない。動揺せず、ただじっとレイを見ていた。
「・・・・・・本気みたいですね」
ゲイナスはレイから、ただならぬ覚悟を感じてそう言った。
例えどうなろうとも、決して引き下がらない。そんな決意が垣間見えていた。
「・・・はあ、失敗したら怒られちゃうんですけど」
ため息をつくと、ゲイナスは諦めたように両手を挙げる。
「いいでしょう。教えます。でも、このことは商会長に報告しますよ?」
「・・・かまわない」
レイは動揺を見せずに答えた。しかし、その内心は恐怖と不安で覆い尽くされていた。
「・・・地下貯蔵庫」
「!」
「そこに隠してあります。時間は残り10分。ちょうど、王様の演説が始まる時間に爆発します。同時に、本部の爆弾も爆発します」
「・・・そうか」
レイはそう言うと、ナイフを納めた。ゲイナスは「やれやれ、死ぬかと思った」と笑って、首をさする。
「じゃ、今度こそ本当に帰りますよ先輩」
そう言い残して、ゲイナスは立ち去ろうとした。しかし数歩進んだところで、考え直したように振り向いた。
「あ、そうそう。コレは“ついで”なんですけど、エヴォルダ教をあんまり舐めない方が良いですよ? なんせ、『煉拳』と『銀牙』がいるんで」
ゲイナスの言葉に、レイは耳を疑う。
『煉拳』と『銀牙』。それはどちらも、誰でも聞いたことがあるような伝説の戦士達で、実力は間違いなく白金等級冒険者クラスだ。
もしゲイナスが本当のことを言っているのなら、間違いなくシャルーナ達の手に負える相手ではない。
しかし、ここでレイにある疑問が浮かんだ。
「・・・何故それを教える?」
ほんのさっきまで爆弾のありかを言い渋っていたゲイナスが、なぜ突然今になって、こんな事を教えたのか? ゲイナスの張り付いた笑顔の中に、何か裏の考えがあるように思えた。
そして実際、ゲイナスには計略があった。
「あはは。いや、今気がついたんですよ。作戦をしくじったら、確かに俺は商会長に怒られる。でも、先輩はクビになる。それも確実に」
ゲイナスはそう言って、親指を立てて首を掻き切る真似をした。
「そして先輩がクビになったら、先輩の後釜に俺がin できる。つまり、俺にとっては先輩が邪魔してくれる方が良いんですよ。1回怒られるだけで先輩を追い落とせるんですからね。だから、先輩が失敗しないように教えてあげたんですよ」
そういって、わざとらしく「あ、コレは言わないでくださいね?」と、口の前で人差し指を立てた。
「じゃ、今度こそ俺は帰りますよ。先輩もせいぜい邪魔をして、俺とポジションチェンジしてください」
ゲイナスはそう言うと、スタスタと足早に去って行った。
しかしレイはしばらくの間立ち止まり、ただボーッと立ちすくんでいた。
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なぜ私はあんなことを言ってしまったのだろうか? なぜ、あんなことをしてしまったのだろうか?
・・・自分でもわからない。
少し前の自分、フォートと会う前の自分なら、あんなことはしなかった。自分の命を危険にさらしてまで、他人を助けようとはしなかった。
多分、オットーフォンが関わっているとわかった時点で、自分だけでここから逃げ出していただろう。
なのに今、自分はこうやって逃げずにここにいる。そして自分の命と引き換えに、他人を助けようとしている。
・・・いや、わかっている。なぜ、こんな事をしてしまったのかは。フォートだ。あの男のせいだ。彼の顔が、逃げようと思うたびに私の脳裏を横切るのだ。
もしここで逃げてしまえば、きっと自分は二度と彼に顔向けできない。そう思うと、どうしても逃げ出せなかった。逃げたくなかった。
彼と一緒にいたいと、そう思ってしまった。
・・・なんでかなあ
本当にわけがわからない。思い出してみれば、フォートと一緒にいたのはそれほど長い時間ではない。そして、良い思い出ばかりでもない。
彼のせいでトロールと命がけで戦う羽目になり、さらには便所の跡まで確認された。一緒にいたくない理由なら、いくらでもある。
でも、それでも一緒にいたいと思ってしまうのだ。
自分は今まで、こちらの世界でも、元の世界でも、本当の意味で信頼できる相手がいなかった。
スパイという職業をしている以上、それは仕方の無いことだ。でも、それは孤独に耐えられると言うことではない。
私が元の世界で死んだ原因。それは自殺だった。
敵に囲まれ、信頼できる相手もいない。絶対的な孤独。その苦しみの中で、私は自死を選んだのだ。
しかし皮肉にも、私はこの世界に転生させられ、前以上の孤独を味わうことになった。自分が何者であるかを誰も知らず、そしてそれを話せる相手もいない。それが、常に続く。
それは、かつてを遙かにしのぐ苦痛だった。
そんな苦しみの中を生きていた私の前に、突然彼は現れた。
自分が何者であるかを、自分が異世界から来た人間である事を言える相手が。フォートが現れた。
あの時、私はただそれだけのことがうれしかった。正直になれる相手がいる。それだけで、何かが満たされるような感じがした。
だから、フォートに協力したいと思った。フォートを真の意味で信頼できる自分になりたかった。信頼してもらいたかった。
それからは、なんだか世界が変わった気がした。
たとえ周りが敵だらけだったとしても、自分の全てを知っている相手がいてくれると思うだけで、なんだか楽だった。同じ秘密を抱えた彼がいることが、心の救いになった。
気のせいか、毎日が楽しくなった気がした。
彼と一緒にいたい。彼に面と向かって話せる、信頼してもらえる自分でいたいと思うようになった。
だからだろう。だから私は、こんな事をしてしまったのだ。
彼と一緒にいたいから。彼と一緒にいるために。そのために私は、命を賭けたのだ。彼に胸を張れる生き方を貫くために、こうしたのだ。
そのことに、後悔はない。
でも、もうこれで彼と一緒にいられなくなるのだろうと思うと、少しだけ悲しい。
元の世界で自殺をした私だけど。命を粗末にしてしまった私だけど。
それでも今は、命が惜しいと思った。
生きて彼と過ごしたいと、そう思った。
しばらくボーッと、レイは物思いにふけっていた。
しかしそんな彼女の肩を、彼が叩いた。
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――――ドーン!
海原に巨大な水柱が立った。レイはそれを、浜辺から見ていた。
突然の爆発音に、周りにいた漁師や通行人達は驚いて海を見る。レイはその人混みの中をかき分けて、その場を離れて行った。
レイはフォートと別れて地下貯蔵庫に侵入すると、すぐに爆弾を発見した。そしてそのまま、それを抱えてここまで走ってきたのだ。
爆弾の威力がどれほどの物かわからなかったので、彼女は最大の力で爆弾を海の遠く彼方に投げ捨てた。
そのおかげで、どうやら被害は出なかったようだ。
「・・・私の方はコレでOKか。さて、あっちはどうなったかな?」
レイは歩いてエヴォルダ教本部に向かう。
ゲイナスの話では、本部の爆弾はすでに爆発している時間だ。今から向かっても、すでに全ては終わってしまっているだろう。急ぐ必要は無い。
ただ、フォート達が上手くやって、爆弾を処理したと信じるしかないのだ。
しかし、数メートル程歩いたところで、
「・・・・・・」
無言のまま、レイは足を止めた。それは別に、「急ぐ必要はない」という考えが極限まで到達したからではない。
自然に、止まっただけだった。
足が止まってしまっただけだった。
彼女はしばらく、遠く彼方、彼のいる方を見つめた。そして、
「・・・さよなら」
レイは一言、遙か彼方にいるフォートにそう言った。その目からは、一筋の水滴がこぼれていた。
彼女はそれを拭い、そしてそのまま、一人でどこかへ歩いて行った。




