情報公開
「ケインズさん! 準備は出来てますか!?」
フォートは、城の前で待っていたケインズを見つけてそう叫んだ。ケインズもフォートの姿をすぐに見つける。
フォートが側にやってくると、ケインズはすぐに尋ねた。
「フォート君。一体何がどうなっているんだ? 急に『爆弾はもういいから外で待っていてくれ』なんて」
「ハァ・・・それは・・・ハァ・・・行きながらで」
フォートは息を切らせながら答えた。そして休むのもそこそこに、二人は走り出した。
「俺の仲間はすでに本部に向かっている。一応、俺達が来るまでは動かないように言ってあるが、そろそろ聞かせてくれないか? なぜ本来の目的を外れ、本部に向かうのか」
この数分前、ケインズとその仲間達の所に、息を切らせながらフォートがやってきた。そしてすぐにパーティーを抜け出して、本部を制圧する手助けに行くように伝えていたのだ。
「俺が言うのもなんだが、引退した魔道士1人くらい、金等級冒険者が3人もいれば十分だろ? なんでわざわざ、俺たちが向かうんだ? しかも、ほとんど全員で」
ケインズがそういうのも当然だった。と言うのもフォートは、彼とレイ以外に潜入していた3組の冒険者パーティーの内、2組のパーティーに本部に向かうように伝えていたのだ。
「たしかに事前の情報通り、敵の戦力で恐れるべきがダーラーン1人だけなら、それで十分でした。でも、そうじゃなかったんです」
フォートは唇をかみしめる。そこには、なんとも言えない悔しさと後悔が表れていた。
「レイ・・・つまり僕のパートナーが得た情報では、彼以外に二人の強敵がいます。どちらも間違いなく、白金クラスです」
フォートの言葉に、ケインズは耳を疑った。
白金等級冒険者。それは世界でも有数の強さを誇る、いわば人類最強の冒険者達だ。そんなレベルの強さを誇る敵が2人。元白金等級冒険者であるダーラーンも含めれば3人もいる。
そのことを知ってケインズはようやく、フォートの判断が正しいことを理解した。
「・・・なるほど。そりゃ金等級冒険者3人じゃ勝てないだろうな」
平均の話なのでもちろん例外はあるが、白金等級冒険者は金等級冒険者2人分以上の強さがあると言われている。
そうすると、こちらは金等級冒険者3人にたいして、敵は白金クラスが3人。単純に考えて2倍以上の戦力差があることになる。
ダーラーン1人ならまだしも、そのような状況では、シャルーナ達が勝つ望みはないに等しいだろう。
「本当はもう一組に声を掛けたかったんですけど、見つかりませんでした。でも、もう時間が無いので、この人数で戦うしかない」
フォートの言葉に、ケインズは僅かに疑問を覚える。
「時間が無い? 確かに突入班のことを考えれば、彼らがやられる前に助ける必要はあるが、それでもあと1組待つくらいの余裕はあるんじゃないのか? 何故そこまで急ぐ?」
2倍以上の戦力差があるとはいえ、それでも彼らは金等級冒険者だ。このような絶望的な状態でも、少なくとも“歯が立たず瞬殺”なんてことは無いだろう。きっと、あともうしばらくは持ちこたえることだって出来るはずだ。
それならば、確実に倒すためにももう一組、今回参加した中で唯一の白金等級冒険者のパーティーがくるのを待った方が確実なのではないのか?
ケインズのそんな疑問に、しかしフォートは首を横に振った。
「残念ながら、僕たちの敵は彼らだけじゃないんですよ」
「どういうことだ?」
「今回の事件の実行犯、そしてこれから起きること全ての黒幕。そいつらのせいで、刻一刻と僕たちは追い詰められているんです」
「・・・黒幕? 誰のことだ?」
「今は言えません。今言えるのは・・・」
ケインズはフォートの言葉に再び耳を疑った。それはあまりにも非現実的で、しかしフォートの表情が、それは現実に起こることだと言っていたから。
「・・・このままだと、連合と帝国の間で戦争になります」
<<<< >>>>
時間は、レイが廊下でゲイナスと出会ったところに遡る。
その男に出くわしてすぐ、レイの額に冷や汗が浮かび始めた。それほどに、状況は最悪だった。
よりにもよって、自分の身内に正体がばれたのだ。それも、女であるということまで。これは間違いなく、彼女にとって最悪のことだった。
「はははー。どうしたんですか先輩? そんな顔しちゃって。俺ですよ俺。ゲイナスですよ。忘れちゃったんですかあ?」
ゲイナスは固まって動けないレイとは逆に、ニコニコしていた。そしてそのままレイに近づくと、
「とりゃ」
――――むぎゅ
いきなり、レイの胸をわしづかみにした。
「・・・っ!」
レイはいきなりのことに反応できなかったが、すぐにゲイナスの手をはらった。そしてたった今、揉まれたばかりの胸を両手で隠した。
「なにを・・・!?」
「あれえ? 女装してるのかと思ったけどこの感触、本物ですね? ちっさいけど」
悪びれもせず、ゲイナスは言った。そして、満足そうに手を握ったり開いたりした。
「あはは、得しちゃったなあ」
「・・・・・・」
レイはゲイナスを睨み付ける。しかしゲイナスはそれを無視して、話を続けた。
「ま、先輩が女なのは置いときましょう。今は時間も無いですし」
「・・・時間が無い?」
「ええ。もうすぐ爆弾が爆発するんですよ」
「!」
平然と言い放ったゲイナスに、レイは耳を疑った。
「爆弾・・・お前が?」
「そうですよ。エヴォルダ教の教祖様と取引をしたんです。あちらさんが作った爆弾を、俺が仕掛けるって言う」
「・・・それは、お前が勝手にやっていることなのか? それとも、”ダリア商会として”やっていることか?」
レイの質問に、ゲイナスは声を上げて笑った。
「あはははは! それ聞きます!? 聞くまでもないでしょ!?」
たしかに、聞くまでもない。ダリア商会、ひいてはオットーフォンに忠実なゲイナスが、独断でこのようなことをするはずがないのだから。
「・・・なんのために? 商会長は何をしようとしている?」
レイの質問に、それまで笑っていたゲイナスの顔から笑顔が消えた。
「うーん・・・それはちょっと言えませんねえ。企業秘密なんで」
「お前は私の部下だろ。いいから答えろ」
「確かに部下ですけど、いま先輩は休暇中でしょう? そんな人に命令される筋合いはないですねえ」
ゲイナスは「じゃ、そういうわけでさっさと逃げた方が良いですよ」と言うと、レイの横を通り過ぎて立ち去ろうとした。しかし、
――――ひゅっ!
ゲイナスは立ち止まり、後ろを振り向いた。
「・・・なんのつもりですか先輩?」
真後ろにいるレイに、ゲイナスは尋ねる。彼の首には、レイによって短剣が突きつけられていた。
「言え。なんのためにこんな事をしている?」
レイは冷酷に尋ねる。その語気には『もし言わなければ容赦なく喉を切り裂く』とゲイナスに確信させる程の凄みがあった。
「・・・いいんですか、こんなことをしても? 商会長にチクっちゃいますよ?」
「質問に答えろ。次はもう無いぞ」
「・・・・・・金のためですよ」
ゲイナスは渋々答えた。
「金? こんな事をしてどうして金になる?」
「さあ? なんででしょうねえ」
しらばっくれたゲイナスの首から、一筋の血が垂れた。
「はは、冗談ですよ。怖いなあ」
「言ったはずだ。次はないと」
ゲイナスは「怖い怖い」と言って、自分の首に垂れた血を人差し指ですくうと、それを舐めた。
「うーん、鉄の味だ。まさに健康な血液」
「死にたいのか?」
ナイフが当てられる力が強くなり、ゲイナスは「はいはい、わかりましたよ」と笑って言った。
「ま、普通に爆弾を置くだけじゃ金にはなりませんねえ。教祖様が世界を征服しても、やっぱりお金にはなりません。お金になるのは結局、戦争ですよ」
(・・・戦争?)
「先輩は知っていますか? 実は最近、連合が衰退しているんですよ?」
「・・・知っている。蝗害だろ?」
ゲイナスは「はは、さすがあ」と、小馬鹿にしたように答える。
「蝗害やら暴動やらで、いま連合の経済状態は最悪です。そして、それは悪くなる一方だ。だから連合の一部で、ある意見が起こり始めているんですよ」
「・・・ある意見?」
「『帝国を併合して一発逆転を狙おう』って意見ですよ」
「!」
「帝国を併合できれば、それだけで連合の経済は復活できる。仮に出来なかったとしても、戦争による特需で経済復興は出来る。一石二鳥という奴ですよ」
「そして、戦争になれば我々ダリア商会も儲かります」とゲイナスは続けた。
しかし、レイには疑問だった。
「・・・本気なのか?」
レイは訝しみつつ尋ねる。というのも、情報通であるレイは「連合が帝国に戦争を仕掛ける」などと言う行為は、これ以上ない程の無謀である事を知っていたからだ。
現在の世界の戦力比はおよそ、帝国が4、協商が4、連合が3だ。そして連合は現在、経済危機により国力が他2つに比べて遙かに劣っている。
そのため、例え連合が戦争を挑んだとしても返り討ちにされるのが目に見えていた。
「はは、さすが先輩。その通りですよ。連合だってバカばかりじゃありません。『戦争を仕掛けよう』なんて言っているのは、連合の中でも脳筋のバカだけですよ。でも、それは一定数いる」
「・・・つまり?」
「つまり“きっかけ”さえ与えれば、連合は帝国に『負ける戦争』を仕掛けてくれるんですよ」
「・・・なるほどな」
つまりその“きっかけ”を、ダリア商会は作ろうとしているのか。・・・いや、そんなことをしようとしているのは多分、コイツと商会長だけだろうな。
戦争をわざわざ起こして、金を儲けようなんて狂ったことを考えているのは。
「つまり、ここを吹っ飛ばすことで帝国の中枢を麻痺させるわけか。そうすれば連合は『この隙を突いて帝国を攻め滅ぼそう』と考えるだろうからな」
レイの考えに、ゲイナスは「ご明察」と答えた。
しかし、レイにはまだ疑問があった。
「・・・それは本当に商会長が考えたのか?」
レイの質問に、今度はゲイナスは首をかしげた。
「どういうことです?」
「この作戦はリスクが高すぎる。もし、ここを爆破した事件にダリア商会が関わっているとバレれば、ウチの商会はおしまいだ。そんなリスクをあの人が冒すか?」
レイがオットーフォンに対して抱いているイメージから言えば、この作戦はいささかリスクが高すぎる。
オットーフォンなら、こんなハイリスク・ハイリターンな作戦は極力避けようとするはずだ。少なくとも、リスクを回避できるだけの確信を得るか、もしくはリスクそのものをなくせる場合しかしないだろう。
「・・・・・・っ! まさか!?」
レイはここに来てようやく、全てを理解した。
なぜオットーフォンがこのような危険な作戦を実行しているのか。
いや、どうやってリスクを回避しようとしているのかを。
「エヴォルダ教の本部を吹き飛ばす気か!?」
レイからの質問に、ゲイナスは不気味に笑って答えた。
「バレる可能性があるのなら、知っている人間を全員殺せば良い。先輩もそう思いませんか?」




