忍び寄る黒
「ここから私は別行動をする。お前は勝手に爆弾を探しておいてくれ」
婦人に話を聞いてすぐ、レイはフォートにそう言った。突然のカミングアウトに、フォートは唖然とする。
「それじゃ、あとはヨロシク頼む」
「ちょ、ちょい待ち!」
行ってしまおうとしたレイを、フォートは慌てて呼び止めた。レイは不満そうな様子で振り返る。
「なんだよ?」
「それはこっちの台詞だよ! どこ行く気なわけ!?」
ようやく先輩の冒険者達と連絡が取れそうだというのに、レイはどこに行こうとしているのか? フォートには全くわからなかった。
「別に良いだろ? 私がどこに行こうと」
「良かないよ! 人手が足りてないのわかってる!?」
爆弾のリミットが目前に迫っているというのに、それがどこにあるかどころか、仲間がすでにどこを探したのかさえわからない。
なので、すぐに仲間の冒険者のところに行って情報を整理する必要があった。そしてフォートはそれを、時間短縮のためにレイと分担してやるつもりだった。
にもかかわらず、レイは・・・いやレイも、自分勝手に行動しようとしていた。
「そんなの、お前が一人でやれば良いだろ?」
「だから! 一人だと時間がかかっちゃうんだってば!」
レイは「はあ」とため息をついた。しかし、本当にため息をこぼしたいのはフォートの方だった。
「・・・私な、こっちに来てから全然食べてないんだよ」
唐突に、レイはそう話し始めた。
「全然食べてない? なに言ってんの、今日朝ご飯をあれだけ・・・」
「いや、ご飯のことじゃない。私が言っているのは“甘い物”のことだ」
「・・・は?」
フォートは首をかしげる。
「だから、こっちの世界に来てから甘い物を一切食べれていないんだよ」
「・・・そうですか」
この世界では、甘味は高級品に分類される。生活にかなり余裕のある貴族や王族しか日常的には食べることは出来ない。
「でも、それがどうしたわけ?」
「つまりな、私はもう限界なわけだよ」
「・・・なにが?」
「甘いものを食べないでいるのが・・・だ」
レイは血走った目でそう言った。
「もともと、私は重度の甘味依存症なんだ。それなのに、こっちの世界に来てから全く甘味を食えなくなった。最近までは我慢していたんだが、もうダメだ」
「・・・」
なるほど、コレでようやくわかった。なぜレイが、自分が女性であるということがバレるリスクを負ってまでここに来たのかが。
帝国主催のこのパーティーでは、肉や魚と言った食事はもちろん、デザートも豊富に用意されている。
おそらく、それを食べるため“だけ”にレイはここまで来たのだろう。
「・・・あのさあ、それは爆弾を見つけてからじゃダメなわけ?」
「もし爆弾が見つからなかったらどうする? 私は甘い物を食えないまま死ぬのはイヤだぞ」
それより『死ぬこと』を嫌がれよ・・・
「というか、本当にもう限界なんだ。このままだと、他人が食べている甘味を奪いかねないレベルだ」
「そんなに!?」
デザートはたくさん用意されているのに、なんでわざわざ人から奪うんだ!?
「というわけで、私は問題を起こす前に甘味を補給してくる。じゃあな」
「あ、ちょ・・・」
フォートが何かを言う前にレイはさっさと、デザートが準備されているテーブルへと向かっていった。
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「ん~! 甘味なり!」
レイはケーキを一口頬張ると、体を震わせた。そして、二口、三口・・・と、次々に頬張る。皿の上にあったケーキは瞬く間に消え去った。
「さーて、次はどれに、し・よ・う・か・な」
レイはそう言って、目の前にいくつも置かれたデザートの数々を品定めした。彼女が来る前は皿を覆い尽くしていたデザートも、すでに半分以下になっていた。
「決めた! このアップルパイにしよ!」
レイはアップルパイを1きれ手に取る。そして、すぐさまそれを頬張った。
「ん~! コレもおいしい!」
レイは幸せそうにほっぺたを膨らませた。その様子は、まるで“ほお袋”にひまわりの種を詰め込んだハムスターのようでもあった。
レイは5口ほどでアップルパイを平らげると、再び品定めをし始めた。
「うーん・・・次はどれにしよっかなあ」
大量のデザートを平らげたにもかかわらず、それでもまだ食べるのをやめようとしないレイに、周りの人々は驚きと心配が混ざった視線を向けていた。
しかし、レイはそんなの気にしない。「目立たないように気をつけろ」みたいなことをフォートに言っていたくせに、彼女は明らかに悪目立ちしていた。
「・・・よし! コレに決めた!」
レイは今度は、残り一つだけとなったシュークリームに狙いを定めた。しかし、
「いただき・・・」
「最後の1つもーらい!」
レイが取る前に、何者かがそれを奪った。
「あっ・・・」
レイは思わずそんな言葉を漏らした。そして、シュークリームを奪った人物は、そんなレイの様子に気がついたようだった。
「あら、ごめんなさいね。あなたも狙っていたの?」
「・・・ええ」
「そう、それは悪いことをしちゃったわね」
その女性はそう言って謝った。レイの中に「もしかしたらわけてくれるかも?」という希望が生まれる。
「じゃあ、諦めて他の物でも食べて頂戴ね」
「・・・」
レイの淡い希望は打ち砕かれた。
「おいおい、お嬢。そんな意地悪するなよ」
シュークリームを取った女を“お嬢”と呼びながら、その男はやってきた。似合わないタキシードに身を包み、だらしないオーラを発する男、ゼータが。
(・・・! コイツは確かミカエル商会の・・・)
レイもすぐに、そのことに気がついた。
「あら、意地悪とは何よ。私が先に取ったんだもの。そんなことを言われる筋合いはないわ」
「年上は年下に優しくすべきだろ。もっと年長者としての自覚を持て」
「その言葉、そっくりそのままあなたに返すわ」
ミザリナの言葉に「こりゃ1本取られたな」とゼータは笑った。
「まあまあ、そう言うなってお嬢。もしかしたら、そのシュークリームをあげたことから、何かのつながりが出来るかも知れないぜ?」
二人がここにいるのは、帝国からミカエル商会に招待状が来たからだ。会長は忙しさからパーティーに出席できず、次期会長と目されるドラガも、今は協商に貿易に行ってしまっている。
そのため、ゼータとミザリナが出席していたのだ。
そして、彼らがここにいる目的は言うまでもなく、各国から要人が集まるこの会場でコネクションを作っておくことだ。
「シュークリーム程度でコネなんて得られるわけ無いでしょ?」
「そうとも限らないぞ。俺は前に一度、酒を一緒に飲んだことから貴族と知り合いになったことがあるからな」
そう言って、ゼータはミザリナからシュークリームをぶんどった。
「そういうわけだ。このシュークリームはあなたに差し上げ・・・あれ?」
ゼータはそう言ってレイの姿を探したが、そこにはもういなかった。
レイがいなくなって、シュークリームを与える相手を見つけることが出来なかったゼータから、ミザリナはシュークリームを取り返した。
そして、すぐにそれを頬張った。
「彼女・・・どこに行ったんだ?」
「ふぁあ? 知らないふぁ」
ミザリナは口をもぐもぐさせながら答えた。
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「ハァ・・・ハァ・・・バレなかったよね?」
二人のところから逃げ出したレイは、パーティー会場から出た廊下で、一人息を切らせながら後ろを振り返った。
あの二人とは、以前に商会関連の仕事で顔を合わせたことがある。
そのときレイは男として接していたので、女装をしている自分に気がつくとは思えないが、それでも念には念を入れた。
それに女の方はともかく、男の方はかなりの危険人物だ。頭が切れる上、勘まで働く。もしかしたら、少し話しただけで自分の正体に気がつくかも知れない。
「・・・来てない・・・な」
自分を追ってくる者がいないことを確認すると、レイはホッと息をついた。
「・・・あーあ、もう少し食べたかったなあ」
すでにかなりの量を食べていたが、それでもレイには足りていなかった。数年ぶりの甘味を、もっと味わいたかった。
しかし、またあの場所に戻れば、あの二人と出くわしてしまうかもしれない。リスクとリターンを考えれば、この辺りが潮時だろう。
「さてと。じゃあそろそろ、あっちを手伝うか」
“あっち”というのは、フォートのことだ。いくらデザートのためとは言え、フォートには迷惑を掛けてしまった。
自分の目的も果たしたことだし、そろそろ仕事をするとしよう。
「あれ? 先輩じゃないですか」
「・・・!」
レイは振り返った。彼女の後ろには、一人の少年が立っていた。
「休暇を取っているんじゃなかったんですか? それに、なんですかその格好」
「・・・ゲイナス」
レイに名前を呼ばれ、その少年はニッコリと、そして不気味に笑った。
「とっても、お似合いですよ。セーンパイ」




