何のために生きるか
「はいはい、奴隷ですねわかりまし・・・ええええ!?」
少女は驚きのあまり、手に持っていたペンを取り落とした。
書類が辺りにばらまかれる。
「ど、奴隷!? 正気ですか!?」
「もちろん。正気も正気だよ」
「・・・・・・ドM?」
少女は変態でも見るかのような目つきで僕を見てきた。
やめろ。そんな目で見るな。
「いや、違うよ」
「じゃあなんで・・・・?」
「だってもし、奴隷から成り上がったら、その成功は間違いなく僕自身の努力のたまものだろ?」
「そうかもですが・・・・・・でもそれなら、奴隷でなくとも平民とかでも十分なのでは?」
「難しい方がやる気が出ない?」
「難しすぎるのもいかがかと・・・・・・」
「それに、歴史上には奴隷身分からローマ皇帝の側近になった人物だっている。僕がいた世界の歴史は知ってる?」
「アントニウス・パッラスですね。知ってますよ」
パッラスはローマ皇帝クラウディウスに仕えた解放奴隷だ。
彼が31~37歳の時、彼は奴隷から解放され、その当時、元老院議員とうまく連携できていなかったクラウディウスに重用された。
それにより彼は奴隷から異例の出世を遂げ、莫大な財産を築いたそうだ。
しかし、クラウディウスが死んでしまった後はいろいろあって、結局死罪になったらしい。
死罪はともかく、間違いなく彼が世界で最も成り上がった人間であり、そして彼の存在こそが、奴隷でも成功することは出来るのだと言うことを示している。
「だから、努力さえすれば成り上がることも無理ってわけじゃない。・・・あ、さっき『転生先はランダムで』って言ったんだけど、このままじゃ“奴隷制度”があって、かつ“奴隷解放制度”があるって言う条件が必要になるわけか。大丈夫かな?」
奴隷制度はともかく、奴隷解放制度がないとさすがに無理ゲーだ。
奴隷身分のままで一財産築くのは、どう考えても無謀だからな。
「いや、むしろ私の方が大丈夫かと聞きたいくらいですが・・・プラスになる条件ならともかく、“奴隷スタート”なんて間違いなくマイナスにしかならない条件、むしろタダであげますよ」
「え、いいの? じゃあ転生先を選んでもいい?」
「かまいませんよ。というか、奴隷スタートをするくらいならむしろそれくらいはしないと割に合わないでしょう。まあ、それでも間違いなく大赤字でしょうけど」
「それなら、そうだな・・・・・・『奴隷制度とその解放制度がある魔法とモンスターの世界』で頼むよ」
「魔法とモンスター? 興味から聞きますけど、なんでですか?」
「別に。さっきは転生先はどうでもいいかなと思ったけど、よくよく考えたら、僕が元々いた世界と全くおんなじような世界に転生したら、僕が有利になりそうだと思ったからだよ。なにせ、僕はすでにその世界で二十数年分の経験を積んでいるわけだからね。できる限り、僕が有利にならないようにしたいんだ」
「・・・つくづく自分に厳しいんですね」
「それに、どうせなら魔法とかモンスターがあった方が生きていくのが面白そうじゃん?」
まあ別に、元の世界に退屈してたってわけじゃないんだけどね。
でも、やっぱりRPGっぽい世界の方が面白そうじゃん。
「それで、そんな世界に転生できるの?というか、転生先はどんな風に決まるわけ?」
「どんな風というと?」
「要するに、僕が行きたい世界を新しく作るのか、それともすでにある世界の中から僕の希望に一番近い世界を見つけてそこに転生するのか。そのどちらなのかって事だよ」
「ああ、それだと後者ですね。でも心配はいりませんよ。時々いる、とんでもなく変態的な条件を提示する輩に比べれば、その程度の条件お安いモノです」
一体どんな要望なんだ。
『とんでもなく変態的』って。
「そりゃ、『世界中の女が俺にメロメロになって、ピー(表記自粛)やらピー(表記自粛)をしてくれる世界』とかですよ」
なんだその世界!? 間違いなく滅亡間際だろ!?
「まあそういうわけで、そんなのに比べれば、あなたのなんて易しい仕事ですよ」
「・・・そりゃ良かった」
正直、そんなヤツらと比べられるのは心外だが・・・
少女は僕に恐る恐る尋ねる。
「あの・・・・・一応確認なんですが、転生する肉体に、例えば特殊な魔法とか能力とかは・・・・」
「いらないよ。いっただろ? できる限りフェアにいきたい」
「・・・わかりました。あなたの要求は全て」
少女はそう言って、書類に何かを書き留めた後、“パチン”と指を鳴らして書類をどこかに消した。
「では、今からあなたを転生させます。目を閉じてください」
指示に従い僕が目をつむると、僕の額に彼女の手が当てられるのを感じた。
「最後に確認です。あなたは本当に、これで後悔はないんですね?」
「ああ。やってくれ」
「わかりました。次、あなたが目を開くと、あなたは新たな生命として生まれ変わります。覚悟が出来たら、目を開いてください。それでは、あなたに良い二度目の人生が待っている事を願っております・・・・・・」
少女の声が聞こえなくなって数秒後、僕は大きく息を吸い込んだ。
そして、ゆっくりと目を開いた。
そこには・・・・・・