作戦
「君たち二人がトロールについて知っている情報は?」
「強いことね」
「名前だけだ」
二人からの期待通りの、期待外れの回答に、フォートはため息をつく。
「と言うことは、僕が今持っている知識だけで戦うしかないわけか・・・・・気が重いなあ。というか、ソーマ君は情報のスペシャリストでしょ? どうしてなんにも知らないの?」
「悪いが、俺の情報網は“人間用”なんでな。モンスターは専門外だ」
「さようですか・・・・・・」
フォートは再びため息をこぼす。
「・・・・まあ運のいいことに、僕は一度トロールの死体にお目にかかったことがあるんだよね。商会の仕事で」
ミカエル商会の扱う商品の中には“モンスターの死骸”がある。それを素材として、薬や武器、他にもいろいろな物を作るのだ。
「そのときに見たのは、トロールの皮と骨だけだったんだけど、正直そこから言えるのは、トロールはめちゃくちゃ頑丈だって事だよ」
「・・・・・それだけ?」
シャルーナは思わずそう聞き返す。
「“それだけ”なんて言うなよ。これもかなり重要な情報なんだからさ。実際、その堅さのせいで君の仲間は死んだんじゃないのかな?」
「・・・・・・・」
シャルーナの脳裏に、剣をはじかれ握りつぶされたエバンスの姿が映る。たしかに、トロールのあの堅ささえなければ、エバンスの一撃で決着がついていただろう。
彼らは、トロールの予想外の堅さの前に殺されたと言っても、間違いではない。
「これは推測なんだけど、おそらくトロールの体表はカーボンとかに近い物質で出来ているんだと思う」
これは、商会でトロールの体表を調べたフォートの、ただの感覚でしかなかったが、それでも十分可能性は高かった。
もし、カーボンのように炭素原子から形成される素材なら、炭素原子は金属原子とは違ってそこら中、もちろん生物の体内にも多分に含まれているので、生物がそこからカーボンなどを生成することも十分あり得る。
もちろん『果たして生物にカーボンのような複雑な物質を作れるのか?』という疑問は残るが、それはそこまで重要ではない。
理由は『異世界だから』とか『物理法則が少し違うから』とか、いくらでも考えられるし、結局重要なのは、『トロールの体表はとても硬い』と言うことだけだから。
「カーボンそのものか、それとも別の似た性質を持つ何かなのか・・・・それは、はっきりとはわからない。けど、それが何であれ、かなりの防御性能がある事には違いない。普通にやっても、人間の力で何とか出来るとは思えないね」
「カー・・・・・ボン?」
「ああ、君はわからなくてもいいよ。関係ない話だから。まあ話を戻すと、普通にやっても勝ち目はないわけだ。となると、残る方法は2つに絞られる。
①魔法でダメージを与える
魔法なら体表の硬度に関係なくダメージを与えられるからね。
②防御が薄い部分を狙う
これは言わずもがな。それで質問なんだけど、君はトロールを倒せるくらいに強力な魔法は持ってる?」
フォートからの問いに、シャルーナは少し考える。
「・・・・・一つだけあるわ。でもためる時間がかなりかかるし、当たっても動きを少しの間封じるのが関の山ね」
「少しの間動きを止められる? それってどれくらい?」
「たぶん・・・・二十秒」
「タメにかかる時間は?」
「十五秒」
「・・・・・その間動け」
「ない」
「ですよね。となると、自殺行為か。これはダメだな・・・・」
「いや、その間は俺が注意を引こう」
ソーマからの提案に、フォートは驚いてソーマを見る。
「大丈夫なわけ? アイツ相手に十五秒は結構しんどいだろ」
「俺をなめるなよ。それくらいはなんとかなる」
「・・・・じゃ、任せますか。それじゃあ、作戦も決まったし早速行くとしようか」
「ええ、行きましょ・・・・・・ちょっと待って。もう行くの?」
シャルーナは意外そうにフォートを見る。もちろん、彼女もすぐにでも戦おうと思ってはいたが、それでも、今から行くのは勝ちの目の薄い戦いなのだ。
もしかしたら、これから死ぬかも知れないのだから『人生最後かも知れないこの瞬間を、もうちょっとは、ゆっくりしていてもいいのではないか?』という思いがあった。
しかし、フォートにはそんな気は微塵もない。死ぬ気すらなかった。
「そうだよ。相手に時間を与える必要も無いでしょ? ほら、ソーマ君も行く気満々だよ」
「行く気はあってもやる気は無いけどな」
「時間が無いのは確かにその通りだけど・・・・・でも、まだどうやってあなたがトロールを倒すのかを聞いてないわよ?」
「え、言ったじゃん。弱点を突くって」
「だからその弱点がどこかを聞いてるのよ」
「ん? 言ってなかったっけ?」
「言ってないわよ。ボケてるの?」
シャルーナはあきれたようにため息をついた。
「ボケてるって・・・・まあそれはおいといて、大体あのトロールのまん丸な体を考えても見てよ。弱点なんて1カ所しかないでしょ。ねえ、ソーマ君」
突然そうフォートから振られたソーマは、一瞬慌てた後、「当然だろ」と言わんばかりに胸を張った。
「わかってるよ。あそこだろ?」
「あそこってどこよ」
「だからあそこだ、ア・ソ・コ」
「・・・・・・チ○コ?」
シャルーナは顔を赤くして聞き返した。ソーマは「うんうん」と頷く。
「そう、そこだ。そうだろフォート?」
「違う。目だよ目。お目々に僕が矢をぶっさすの」
あきれつつ、フォートは言った。しかし、フォートの言葉にシャルーナは赤らめていた顔を元に戻し、驚いた。
「目? ちょっと待ってよ。それじゃ、アイツを倒せないじゃない」
二本指で相手の目を穿つ“目潰し”という技が、言うまでも無くサポート技であり、大ダメージを与えることは出来ても、それだけで相手を殺すほどの威力が無いのはご承知の通りだ。
それゆえ、トロールへの復讐を誓うシャルーナにとっては驚きだった。
「・・・・・まさか、目を潰して逃げる気?」
「いやいや、ちゃんと駆除するよ」
「じゃあどうやって・・・・・弓なんかで目を射ても殺せないでしょ」
「普通に矢を打ったらね。でも、僕にはスキル“剛射”がある」
スキルとは、身体レベルを一定数上げたときに得られる、特殊な能力である。剛射は弓矢に関する身体レベルを20相当上げると獲得でき、普通よりも遙かに高威力の矢を放つことが出来る。
「体全体を、高い防御力を誇る表皮で覆っているとは言っても、さすがに目の中までは防御不可だ。そして、僕が前に見たトロールの頭蓋骨には、目から脳みその間に骨の障害物はなかった。つまり、高威力の弓なら目から入って、直接脳をかき回すことが出来るというわけ。わかった?」
「それはわかったけど・・・・・なんで剛射なんて、達人級のスキルを使えるアンタがまだ白色なのよ。そんなスキルがあるなら金以上でもおかしくないでしょ」
シャルーナの疑問も当然だ。実際、弓矢に関する身体レベルの平均は10程度であり、達人と呼ばれるごく少数しか“剛射”を使うことは出来ない。
あきらかに、白色等級のフォートと“剛射”はアンバランスだった。
「うーん・・・・・まあ努力したというか・・・・アーチェリーで鍛えたというか・・・・」
フォートは言葉を濁した。
彼はこちらの世界に来る前、一時期アーチェリーをやっていたことがあり、その影響もあってか、弓矢の練習を始めて僅か3日で身体レベルが10も上がった。
このときばかりは、『これってズルなんじゃないのか?』と思ったフォートだが、『まあ僕が努力をしていたことには変わらないからいっか』と納得していた。
「まあいいわ。理由はどうあれ、そんなスキルが使えるのなら心強い限りよ」
シャルーナから問い詰められなかったので、フォートはひとまず胸をなで下ろした。
もし追求されていたら、『実は異世界から転生してきたんだ』と言うしかなかっただろうが、間違いなく変人扱いだっただろう。
「・・・・とりあえず早く行こう。ここで手間取ってアイツの居場所を見失うわけにはいかない。トロールはまだエルフの村にいるんだな?」
「ああ。俺が見たときにはな」
「それなら急ごう。夜明け前には片をつけたいからね」
フォートは重い腰を持ち上げ、立ち上がった。
「さて、世界のために一応、努力だけはするとしますか」




