後悔
「お、目が覚めたのか」
偵察から帰ってきたソーマは、目を覚ましていたシャルーナを見て驚いた様子だった。と言うのも、彼はシャルーナがもうしばらくは目を覚まさないだろうと考えていたからだ。
「あれだけの高さから転げ落ちて、すぐに意識を戻すなんて、なかなかだな。もしかして、冒険者か?」
「ああ、それね。君がいない間に自己紹介は済ませたよ。こっちは銀等級冒険者のシャルーナさん。シャルーナさん、こっちが例のソーマくんです」
シャルーナはぺこりとお辞儀した。一方のソーマは疲れた様子で二人の近くに座った。
「それで、偵察はどうだった?」
フォートからの問いに、ソーマはため息交じりに答える。
「見つかって戦う羽目になったら面倒だから、かなり遠くから観察してたんだが、あのトロール、どうやらエルフの村を一通り襲い終わったらしい。今は村の、たぶん広場だったところで横になって休んでるよ」
「休んでる? なら不意打ちとかは?」
ソーマは首を振る。
「駄目だな。遠目でもわかるくらいに、アイツ、センサーをビンビンに張ってやがる。それに、広場で寝てるって言っただろ? 少なくとも、敵の接近を察知しやすい場所で休むって知恵はあるみたいだ。近づいたら即、戦闘だろうな」
「さすがの君でも?」
フォートは聞き返す。ソーマは凄腕のスパイだ。彼なら、気づかれずにトロールに接近することも可能なのではないか?
しかし、やはりソーマは首を横に振った。
「いくら俺が、人並み以上に気配を絶てると言っても限度がある。そして間違いなく、あの警戒はリミットオーバーだ」
「・・・・・となると」
フォートはため息をつく。彼の表情には悔しさがにじみ出ていた。
「僕らがとれる最善は、このまま逃げてギルドに連絡することくらいか」
ソーマもそれに賛同する。
「俺たち2人がかりでも、正直勝てるかわからないからな。ギルドに任せて討伐隊を組織させた方が確実だろう」
二人はそういって、お互いにお互いの意見を肯定しあった。
しかし、
「ダメよ」
シャルーナがそれを許さなかった。ソーマはシャルーナを怪訝そうに見る。
「ダメってどういう意味だ?」
「鈍いのね。逃げるのは最悪の手段だって言ってるのよ」
「・・・・・・なるほど、死にたがりか」
ソーマはシャルーナを、まるで哀れな人間でも見るかのような目で見た。しかし、シャルーナは引き下がらない。
「もしここで逃がしたら、アイツはたぶん姿をくらますわ。もしそうなったら、神出鬼没の最凶のモンスターを野に放つことになる。それだけは避ける必要があるわ」
「・・・・・・わかってんのか? 今はあっちが逃げてるんじゃなくて、こっちが逃げてるんだぜ?」
強さを比較すれば、その差は一目瞭然だ。狩る側はあちらで、虐殺されるのはこちらだという事実は、決して揺るがない。
「わかってるわよ。でも、この機会を逃したら、多分もう二度と、あの化け物がこれだけ無防備な状態をたたくことは出来ないわ。でも今ならいくらでもアイツを罠に嵌められる。作戦だって、十分に練られる。これ以上のチャンスはもう来ないと断言できる」
「罠に嵌めても倒せなきゃ意味ないだろ。勇気と無謀は別物だぜお嬢ちゃん」
ソーマは、自分よりも先輩のシャルーナを『お嬢ちゃん』と呼んだ。そこには隠すことなく、先輩のシャルーナを、ソーマが格下として見なしている考えが表れていた。
「僕も反対だな。正直、リスクが大きすぎる。わざわざここで、アイツと戦うメリットがない。いや、確かにメリットは君の言うとおり、少しはあるんだろうけど、それでも命を賭けられるほどじゃない」
例え、罠に嵌め、作戦を練ったとしても、圧倒的なトロールの力の前では、それが必ず成功するとは断言できない。むしろ、失敗する可能性の方が高いだろう。
しかし、シャルーナは僅かに邪悪に笑って、フォートの方を見た。
「あなたさっき言ってたわよね? 『死んだ二人がうらやましい』って。良かったじゃない。二人みたいに死ねるかもよ?」
ソーマはフォートを『そんなこと言ったのか?』とでも聞きたげな目で見た。フォートの方は『まずいことを言ったな』と言いたげな表情になる。
「そりゃ言ったけど、それは言葉の綾ってやつで・・・・・それにほら、もう守るべきエルフの村もないし。ここで死んだら無駄死にだよ。それは僕が求めるものじゃない」
フォートは、答えに詰まりつつも言い返した。しかし、それはどうしても、ハキハキしない。
なにせ、彼は確かに『二人がうらやましい』と思っていたし、それはまごうことなく本心だったから。でも、それでも無駄死にはしたくはない。
矛盾しているようで、それは彼の中では矛盾していなかった。
しかし、そんなフォートの様子を見て、あと一押しと言わんばかりに、シャルーナはダメ押した。
「でも、このまま放っておいたら、あのトロールはこの近くの町や村を襲うわよ?」
「・・・・・あ」
フォート達はすっかり忘れていたが、ここには近くの村の依頼できている。もしここで逃げ出せば、その村が次の標的になるのは避けられない。
ギルドで討伐隊を編成した頃には、ここら一帯は完全に蹂躙され、そしてトロールはいなくなっていることだろう。
「・・・・・それなら、他の村に逃げるように伝えながらギルドに向かえばいいんじゃないのか?」
このままではまずいと思い、ソーマが提案した。しかし、それはすぐにシャルーナに反論される。
「足腰が悪い人だっているでしょうから、きっと全員は助からないでしょうね。それに、逃げたとしてもトロールの移動速度と嗅覚なら、たやすく追いついて皆殺しにされる。最悪、匂いにつられて都市を蹂躙なんて可能性もあるわ」
「・・・・・・つまり?」
「あんた達は、私と一緒にアイツを倒すしかないって事よ。もし逃げたら、私がギルドにそのことを死んででも報告して、あんたらを失業させてやる」
フォートとソーマは顔を見合わせた。『えらいやつを助けてしまった』と言う思いが、お互いの顔に如実に表れていた。
「・・・・・・なんでお前は、そんなにアイツを倒したいんだ?」
ソーマは自分たちを脅す女にそう聞く。シャルーナは拳を、きつく握りしめ、言った。
「・・・・・決まってるでしょ? アイツに復讐するためよ。あの、クソモンスターに」
シャルーナは瞳の奥に、憎しみをたぎらせた。




