尊敬
彼女の名前はシャルーナ・ミラー。銀等級の冒険者で、魔法使いである。
数年前から、剣士のエバンスと武術家のブレイの3人でチームを組んで様々な依頼をこなしていた。
3人全員が銀等級に上がったのはごく最近で、それを祝して今回は、『山火事多発の原因調査』という“簡単な”依頼を受けた。そのはずだった。
エルフの村が近づいてきたとき、三人の中で最も目の良かったエバンスがそれに気がついた。
「なあ、向こうで何か燃えてないか?」
もう少し近づいたところで、残りの二人もそれがわかった。それが、今向かっているエルフの村のある方向であったため、三人は急いで火の元に向かった。
そしてそこは・・・・・
「ひどい有様だったわ。そこかしこに人が燃えた残りカスがあって、そこら中から悲鳴が聞こえた」
シャルーナは頭を抱えて言った。
「思い出しただけで吐き気がするほど、嫌な臭いがしてた。人が焼けた、鼻を貫くような臭いが」
「・・・・・ソーマ君も、そんなこと言ってたよ。人が焼ける匂いがするって」
ソーマは人が焼ける匂いのことを“ひどい匂い”などとは言っていなかったが、それでもあのときの顔を見れば、ソーマがあの匂いを好きだとは到底思えない。
「それで私たちは、すぐにその元凶を探した。でも、すぐに見つかったわ。悲鳴がする方にいけば良かったんだからね」
「そんなに悲鳴がひどかったのか・・・・・まさに地獄のようだったろうね」
「それ以下よ。あそこは地獄なんて生やさしいものじゃなかった」
「・・・・・それで?」
「手から炎を出すトロールがいたわ。おそらく、変異種でしょうね」
変異種とは、モンスターの中にごく僅かに生まれることがある魔法が使える特殊な個体のことである。
その危険度はモンスターの種類や魔法の強さにもよるが、ほとんどの場合はギルドが特別措置をとり、討伐のために各地から高レベルの冒険者を集めなければならない。
「なのに、何で君たちは戦いを挑んだわけ?逃げることだって出来ただろ?」
フォートは当然の疑問を投げかける。どう考えても変異種のトロールなど銀等級の冒険者パーティーの手に負える相手ではない。
フォートからの問いに、シャルーナはまるで自嘲するかのような様子を見せた。
「おかしいと思うでしょ? でも、私たちのリーダーは残酷に殺されていくエルフ達を見捨てられるほど、賢くなかったの。それに、私たちもそれを止めるつもりもなかった。殺されるのはわかってたのにね。笑えるでしょ?」
「・・・・・さあね」
「結局私たちは、私が囮としてトロールを森の奥におびき出して、そこを残りの二人が攻撃するって作戦をとったの。でも、結局このざま。エルフを助けるどころか、仲間を殺され、私はあなたに助けられた」
「・・・・・・あんまり自分を責めるなよ。少なくとも、君らは人に誇れることをやったんだから」
フォートからの慰めに、シャルーナは怒りを満たして反論する。その怒りは、明らかにフォートだけに向けられた物ではなかった。
「人に誇れる? バカ言わないでよ。何も守れないなら、何もしてないのと同じよ。自分達の命まで無くして、ほんとに間抜けよね私たち」
「そうかな? 少なくとも僕は、会ったことはないけど、死んだ君の二人の仲間は“誇れる生き方”を貫いたんだと思うよ。それは、人生を成功させることよりも重要だと思う。うらやましくさえある」
「死んだのがうらやましい? 冗談なら笑えないわね」
「冗談なんかじゃないよ。僕は本気で、君らのことをうらやましく思うんだ」
シャルーナは、今度は全ての怒りをフォートに向けた。
「・・・・・死んだことも、死にかけたこともない奴が、なめた口をきいてるんなら、はっ倒すわよ」
「はは、それは御免被りたいなあ」
死んだことなら・・・・・ある。その言葉を、フォートは飲み込んだ。
言う必要はない。言うつもりもない。
そんな言葉、慰めにもならないのだから。




