嫌な臭い
「おい!どうしたんだ!」
依頼人は人混みが出来ているやぐらの周りで、その一番外側にいた男にたずねた。
「いや、なんでも東の空が赤くなっているらしい。この時間だし、たぶん何かが燃えているんだろう」
時刻は日没まぎわ、電灯もないこの世界じゃ、まあ赤く光ることが出来るのは炎くらいだろう。
話を聞いて、依頼人は思い出すように話し始める。
「東?東には確か・・・・・エルフの村があったよな?」
「ああ。何かあったんじゃないかってことになって、今から様子を見に行かせるところだ。・・・・ん?そいつは?」
野次馬の男は僕に気づいてそう聞いてきた。依頼人が説明する。その説明を聞いて、野次馬の男は僕の方を丸くした目で見た。
「へえ、アンタ冒険者か。それならちょうどいいところにいてくれた。悪いが、一緒に見に行ってやってくれないか?」
それに続けて、依頼人の男も僕に
「そうだな。アンタにはノルマよりも多く狩ってもらったうえで、図々しい限りだが、私からも頼むよ」
と頼んできた。しかし、これは困ったことになった。
「んー・・・・僕は別にいいんですけど、どうなんでしょうかね」
「“どう”とは?」
「ほら、冒険者ってギルドに来た依頼を受注してから仕事をするわけでしょう? この場合、ギルドを通さず依頼を受けちゃっていいのかなって・・・・・それなら、こう言うのでどうです? あのイノシシの肉を少しわけてください。実は、食料の配分をミスっちゃって、帰りの分が少ないんですよ。それでいいなら引き受けます」
お肉をもらう交換条件として様子を見てくるのなら、まあたぶん、怒られることもないだろう。依頼じゃなくて、ただの頼まれごとだし。へりくつかな?
僕からの提案に、依頼人は驚く。
「そんなのでいいのか? なんなら、少ないけれど依頼料を払ってもいいのだが・・・」
今年は生活が苦しいと言っていたにもかかわらず、依頼人は親切にもそんなことを言ってくれた。でも、そこまでしてもらうつもりもない。
「ええ。どうせ“ついで”ですから。それで、どうします?」
依頼人は少し考えた後、
「ああ。よろしく頼む」
と頭を下げた。
<<<< >>>>
「やあ、ケ・・・じゃなかったソーマ君。君がトイレでいない間に僕は帰りの食料と仕事を手に入れてきたよ」
それまで姿が見えなくなっていたソーマを見つけて、フォートは“自分に感謝しろ”と言わんばかりの態度でそう言った。
ソーマは特段反応せずに話を聞いている。
「まあ仕事って言っても、東のエルフの村にちょこっと様子見に行くだけだからね。たいした仕事じゃないよ」
フォートは気楽そうにそう言ったが、それを聞いたソーマは顔を曇らせた。
「マジでか・・・・・」
「マジだよマジ。どうどう? 少しは僕に感謝してる?」
「・・・・・・ピクニック気分なら行くのはやめとけ」
「はい?」
振り向いたソーマの真剣な面持ちに、フォートの顔からも楽しさが消えた。ソーマはため息をつく。
「俺は今まで仕事で、いろんな所に潜入してきた。そのおかげで、いろんな光景も見てきたし、いろんな匂いも嗅いできた。そして今、東から吹いてくる風の匂い、俺は前にもこの匂いを嗅いだことがある。この匂いは・・・・」
そう言ってソーマは東の、暗くなった今も煌々と光を放つ空を見ながら
「人が焼け焦げる匂いだ」
そう言った。




