第2話
ジャンベルン鉄道は、この第三民主主義共和国の首都であるジャンベルン市のインフラを一手に引き受ける鉄道会社だ。
ジャンベルン鉄道は元々、政府の経営する国営鉄道であったのだが、つい数年前、政治的な公的企業民営化の流れに従って、民間に払い下げられたばかりである。
そんな鉄道会社でストライキが発生する。ヨーコが持ってきた情報というのは、そんな“にわかには信じがたい”ものだった。
「法律で公務員のストライキが禁止されているのは、当然あんた達も知っているわよね? 憲法で“争議権”は保障されてるけど『社会的影響の大きい公務員だけは特例でその限りではない』ってやつ」
ヨーコの確認に、セージは頷く。
「うん、僕もさすがにそのくらいは知ってるよ。というか、一応君らのボスだからね。そういう労働関係の法律は一通り網羅してる」
セージは周りの三人に聞こえないよう小さな声で「君らに反乱起こされないようにね」とつぶやいた。
耳の良いサツキだけがその『聞き流せない衝撃発言』を聞き取ったが、しかし話の流れを遮るわけにもいかなかったので、サツキはセージに侮蔑するような視線を向けるだけに留めた。
セージはさらに言葉を続ける。
「でも、確かに公的企業でのストライキは禁じられているけれど、だけどジャンベルン鉄道には関係ない話だろう? なんたってココはつい先日、民間企業になったんだからね。その法律の適用範囲外だ」
「その通りよ。そしてだからこそ、彼らはストライキを起こすことが出来る」
「……話が見えないな、ヨーコちゃん」
セージはそう言うと、ジッとヨーコの顔をのぞき込んだ。
「確かに鉄道会社のストライキは一大スキャンダルだ。でもそれだけじゃあ、ヨーコちゃんの態度と天秤が合わない。こんな”ただのストライキ”程度じゃね。ヨーコちゃんの様子からすると、もっと『大きな何か』があると思ったんだけど……もしかして、まだ何か『隠してること』とかあったりする?」
「……」
セージの鋭い眼光に、ヨーコは「……さすがね」とつぶやく。そして、持ってきていた書類の内の一つをセージに見せた。
「……これは?」
「2週間後、国会に提出される予定の草案よ。つまり『これから法律として施行されるかも知れない』法案ね。知り合いの政治家からかっぱらってきた」
「……」
セージは渡された書類に視線を落として、すぐに「なるほどね」とつぶやいた。そして瞬く間に読み終えてしまうと、隣で書類を覗きこんでいたスティーブンに、その草案を手渡した。
「……『準公共機関における労働争議の制限についての指針案』? 長ったらしい名前だなオイ」
渡された書類のタイトルを、スティーブンは読み上げ、そう感想を漏らした。
「準公共機関……つまりこの場合、民間に払い下げられた元公共機関の事を指しているわ。もちろん、ジャンベルン鉄道も含まれてる。そして労働争議の制限っていうのはつまり……ストライキの禁止と、ほぼニアイコールよ」
「……ははぁ。なるほどねぇ。ヨーコのお嬢、つまりこれって『ジャンベルン鉄道はストライキが出来なくなる法律』ってわけか?」
スティーブンの問いに対して、ヨーコは「その通りよ」と答えた。
「もうわかったでしょ? なんでストが2週間後に行われるのか」
「……うん。つまり彼らは……どこからかこの法律の事を聞きつけて、その施行に反発するためにストライキを起こそうとしてるってわけだ。いや、もうこれはストライキと言うより、デモだね」
セージの言葉に、ヨーコは静かに頷いた。
「えぇ、その通りよ。元々ストライキ自体は1ヶ月くらい先に“合法的に”行うつもりだったみたい。賃上げを求めてね。でも2週間後に、この法律が提出されることがわかってしまったの」
「だからストライキが“違法”になる前に、先手必勝で起こしちゃおうって事か。ついでに、賃上げだけじゃなく、自分たちの争議権を奪おうとする憎々しい法律の撤回を求めるデモも兼ねて。……なるほどねぇ、これはややこしい」
セージはそうつぶやくと「ははっ」と笑った。
「……国はこのことを知ってるのかい?」
「いいえ、まだ情報が出回ってないからたぶん知らないわ。労働組合の方も、もし情報が漏れて先手を取られたらお終いだから、情報統制をしっかりやってるみたい」
「なのに、お嬢はその情報をどこからか持ってきたってわけか。いやはや、恐ろしいねえ」
スティーブンの軽口に、ヨーコは「褒めてくれてありがと」と嫌みったらしく返す。
セージはヨーコが持ってきていた他の書類にも一通り目を通し終わると、「うーん」と唸って頭を抱えた。そしてそのまま自然な動きで、隣に座っていたサツキの膝の上に寝転がった。
「……相変わらず好きね、膝枕」
ヨーコは蔑みの視線をセージに向けて、そうつぶやいた。それに対してセージは「まーね」と答える。
「……サツキちゃんの太ももって、ちょうど良く柔っこくて気持ちいいんだよね。一生こうしていたいくらいだよ。……ねえサツキちゃん。良かったら僕と結婚しない?」
「……考えておきます」
「ほんとぉ? 約束だよぉ?」
セージは幸せそうな顔でそう言うと、「ふぁぁぁ……」とあくびをした。そして、目をつむる。
「……で? どうするのセージ? アンタが命令してくれないと、アタシ達何も出来ないんだけど」
昼寝を決め込もうとするセージに向かって、ヨーコは苛立ち混じりにそう尋ねる。しかしセージはそれには答えず、目をつむったままだった。
だが、20秒ほど寝転んだ後、セージは『キッ』と目を開き、そして起き上がった。
「……うん、だいたいわかったよ。これからの方針も決めた。スティーブン、今から通常の業務は全部コンピュータ制御に切り替えて。で、君は先物市場でジャンベルン鉄道の株式を空売りしまくって。もちろん、受渡日は出来るだけ先で」
「わかった。任せておけ」
スティーブンはそう答えると、すぐに立ち上がった。そして、パソコンの置いてあるデスクに座る。
「ヨーコちゃんはこれまで同様、情報収集に励んで。何か新しくわかったら、漏らさず伝えてね」
「わかったわ」
「で、サツキちゃんだけど、君はヨーコちゃんの護衛をよろしく。なかなかリスキーなことしてるっぽいから。ヨーコちゃんのこと守ったげて」
「わかりました」
「よろしくね、サツキ」
「任せてくださいヨーコさん」
メンバーのそれぞれに仕事を割り振り終わると、セージは「やれやれ」とぼやき、そして立ち上がった。その手には、ヨーコが持ってきていた書類が握られている。
「……さて、じゃあ僕は僕で、自分のやるべき事をするとしますか」
「やるべきこと? まさかまた昼寝じゃないでしょうね?」
ヨーコは不信をこめた視線をセージに向け、そう尋ねる。しかしセージは「いやいや、そんなわけ無いじゃん」と反論した。
「考えてもみなよヨーコちゃん。こんなに“面白そうな事”が転がってるのに、昼寝なんて勿体なすぎでしょ。寝る間も惜しんで働くよ、僕は」
セージはそう言うと、ニヤリと笑った。それを見て、ヨーコ、スティーブン、サツキの三人もまた表情を緩める。
三人は知っていた。普段こそ、“面倒くさがり”で“サボり魔”で“頼りにならない”その男も、ひとたび本気になれば、これ以上無いほどに頼りがいのあるボスであることを。
これ以上無いくらい心強い味方になってくれると言うことを、彼ら三人はよく知っていた。
「さあみんな、これから一緒に頑張ろうか」
セージはそう言うと、とても無邪気に、そして意地悪く笑った。
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