人の力
「はははははは……はぁ!?」
男が勝利を確信して笑った瞬間、彼は地面に倒れた。それは、彼の腹部から生じた強烈な痛みのせいだった。
「はぁ……な……ぎゃああああああああああああああ!」
男の腹部を、フォートの放った弾丸が貫通していた。腹に空いた穴からドバドバと血がこぼれていたのだ。
「ああああああ!? なん……で! なんで俺を撃ってるんだよ!?」
男は腹を押さえて、自らを撃ったフォートにそう叫びつけた。
男は『会長が死んだ』と言う情報からすぐに“フォートの精神状態は弱っている”という結論にたどり着いた。
そして『この至近距離なら、たとえ絶望してはおらずとも十分洗脳可能だろう』と推測した。
だから洗脳に必要な時間を稼ぐためにあえて自分の身の上を話し、そして満を持してフォートを洗脳した。
……そのハズだった。
しかし『隣の女を殺せ』と命令したにも関わらず、フォートが撃ったのは男自身だった。これはすなわち、フォートを洗脳できなかったということだ。
「なんで……なんでだよ!? お前……大事な人が死んだんだろう!? しかも自分のせいで! それなのに……なんで洗脳できないんだよ!?」
絶望していなければ洗脳できないというのは、あくまで遠く離れた洗脳対象についての話だ。
今回のように、洗脳対象がごく近くに居る場合は『そこそこの精神的脆弱性』さえあれば、十分に洗脳可能のはずだ。
にも関わらず、洗脳できなかった。そのことは、ある一つの事実を導いていた。
「お前! お前! お前まさか……!」
男は目の前のフォートを睨み付ける。
そう、これが示すある一つの事実。それはすなわち『フォートは会長が死んだことに少しも心を痛めていない』という事だった。
「”会長”とか言う奴は、お前にとってそんなにどうでも良い奴だったのかよ!? そんな……心の隙を少しも生じさせないような……そんな奴だったのか!?」
男は血を吐き出し、呻きながら叫んだ。しかしそれに対してフォートは、首を横に振った。
「……いや、それは少し違うよ」
「はぁ!? じゃあ何で……!」
「僕は君に洗脳されなかった。少しも悲しんでいなかった。それは……僕がその悲しみを乗り越えたからさ」
「乗り越え……!?」
フォートの言葉に、男は驚きを隠せなかった。
『悲しみを乗り越える』言っていることはわかる。しかし言うだけなら易いが、実際にそんなことをするのはまず無理だ。
『悲』という漢字が『心』が『非ず』と表されるように、人にとって悲しみは『心を失ってしまう』程に重く苦しい感情だ。
そんな感情を、そう易々と乗り越えられるはずがない。いや、心に一切の”つけいる隙”を生み出さないことなど、完全に不可能だ。
にもかかわらず、フォートはそれを『乗り越えた』と言った。それは男にとって『信じられない』の一言で片付けられるものだった。
驚きと困惑を隠せないでいる男の姿を見て、しかしフォートは言い聞かせるように言葉を続けた。
「……君は大きな勘違いをしているよ。戦争さえ起こせれば世界中の人間を絶望させられる? そんなわけ無い。例え何もかも破壊されようと、全てを失おうと、絶望しようとも……それでも、その暗闇の中に希望を見いだし、立ち上がることが出来るのが人間だ。悲しみも苦しみも……何もかも乗り越える力。それを人間は持っているんだ」
「……っ!」
「確かに僕も、すごく悲しかった。会長が死んですぐの時は、何も出来なくなるくらいに絶望した。でも、今はもう違う。僕は会長の死を乗り越えた。そして、まだ僕の周りに居てくれるたくさんの大事な命を守る“希望”を手に入れた。だからもう……僕は絶望なんてしていないんだ」
「そんな……冗談だろ……!」
「……きっと、君は理解できないんだね。人が持っている、こんな”乗り越える力”の存在が。だからこそ君は、『世界を救うには人類を変えるしか無い』なんて事を考えたんだろうね。本当はそんなことないのに。君が変えるまでもなく、人間には現状に打ち勝って苦難を乗り越える……そんな『世界を救う力』があったのに」
フォートは目前の哀れな男に、まるで同情するかのような視線を向けた。
男は血にまみれながら、もはや息も絶え絶えだというのに、それでもなお叫んだ。
「クソッ! 認めない! こんな事あってたまるか! こんなところで俺が……! 俺には救わなきゃならない、たくさんの命があるんだぞ!? こんなところで死ぬわけには……!」
そう言いながら男は、無駄だというのに懸命に、地を這いずった。
「クソッ! クソッ! 誰でも良い! 誰か……俺を助けてくれ! 今度はもう失敗しない! だからせめてこの世界だけは……救いたいんだよ! だから誰か……!」
「……無駄だよ。その出血じゃ君はもう……」
フォートは生きようと必死にもがく男に、無情にもそう告げる。しかしそれでも男はなお、諦めようとはしなかった。
「嫌だ! こんなところで死にたくない! 死ねない! こんな……! こんなことって! せっかくまたチャンスをもらったのに! それなのに!」
「……」
「俺が死んだら、いままで犠牲となった奴らはどうなる!? アイツらの死は全て無意味になるのか!? そんなのは絶対にダメだ……! 俺は何としてでも……彼らの為に……!」
這いずっていた男の視界が、ぼやけ始めた。
それまで燃えるように熱かった腹部も、だんだんと冷たくなってきた。
「クソッ……だめだ……こんなところで……俺は……」
足の感覚がなくなり、次に手の感覚がなくなってきた。
そして、どれだけ抗おうとも逆らえない眠気が彼を襲った。
「イヤ……だ……死に……たく……な……」
男はついに、息をするのをやめた。
「……君が二度と転生しないことを、願っているよ。名前も知らない、哀れな誰かさん」
フォートは、血走った目を見開いたまま絶命した男の側に近寄ると、そっとその瞳を閉じさせた。
彼がもう二度と、苦しまずにすむことを願って。
今度こそ人類も世界も何も背負わずに、安らかな眠りにつけることを祈って。




