夢の現実
我が輩は猫である。名前はまだ無い。
……いや、悪い。嘘をついた。
まず一つ目。俺は猫じゃ無い。“万物の霊長(笑)”とか自称する人間という種族だ。
そして二つ目。名前はある。“ナントカ”という、とてもどうでも良い名前が。
……いや、別に”ナントカ”なんていうヘンテコな名前じゃない。
思い出せないのだ。自分の名前がなんだったのか。
名前を忘れた理由は簡単。俺が異世界に転生してしまった所為だろう。
推測になるが恐らく『異世界に行くのに、元の世界の名前なんていらないでしょ?』ってな感じで、記憶の中から抹消されたのだろう(たぶん)。
でも、別に気にしちゃいない。名前なんてのは結局、たいした意味の無い、ただの記号なんだからな。無かったとしても別に“オイ”とか“お前”とか言えば事足りる。
それよりももっと重要なこと。そして、俺にとって素晴らしく良かったことは……前世の記憶を持っていたと言うこと。
クソ以下の出来事を全て、昨日のことのように覚えていたことだった。
俺は前世で反戦運動をやっていた。意外か?
まあそうだろうな。普通の感覚をしてるヤツからしたら、『前世でそんなことをしていた奴が、何で今は戦争を起こそうとしているんだ?』って話だ。
でも、別に何の不思議も無い。俺は単に“絶望させられた”だけだ。
”戦争が無くなった世界”の余りのひどさに。現生人類の全てに失望しただけなのさ。
俺は以前『戦争さえ無くなれば世界は平和になる』と考えていた。そして目論み通り、多大な犠牲を払った末に、素晴らしき“平和”を手に入れた。
……ハズだった。
平和になったはずの世界。俺が望んだはずの世界は、俺が想像していたものとは余りにもかけ離れたものだった。
差別、迫害、殺人、テロ、格差、環境破壊、言論統制……上げればきりが無いほどに、戦争が無くなった世界には混沌が立ちこめていた。
戦争さえ無くなれば平和? 笑わせてくれる。戦争が無くなったところで、世界は平和になんてならない。
それどころか、昔よりももっと胸くそ悪い事ばかりが起きるようになった。
”戦争”と呼ばれる”事象”はなくなった。しかしそれだけだ。
戦争と呼ばれることのない戦争。それは残り続けていた。
俺はようやく気がついた。
問題は戦争じゃ無い。変えることが出来ない人間の性、つまり“悪意”こそが世界を混沌へと導いているのだと。
今を生きる人類そのものこそ、社会を歪める根源なんだと。
世界を真の平和に導くためには、人間の悪意を無くさねばならない。しかし残念なことに、そんなことは不可能だ。
戦争を無くすことが出来た俺でもさすがに、全人類の本質を変えることなど出来るはずも無いのだから。
……いや、すまない。また嘘をついた。正確に言えば“変えることが出来なかった”だ。過去形だ。今は違う。
俺はこの世界に転生するに伴って、『精神的に弱っている人間を洗脳できる』という特殊能力を授かった(いや、駄々をこねて無理矢理ぶんどったのか?)。
何はともあれこの能力さえあれば……変えられる。人類の全てを洗脳し、人間の本質を書き換えることが可能だ。
しかしもちろん、そんな大それた事はタダでは出来ない。下準備が必要だ。
全人類を洗脳するために、彼らを“絶望のどん底に突き落とす”必要があるのだ。
全人類を絶望のどん底に突き落とす。それは一見、とても難しいことのように感じる。だが、俺は知っていた。最も効率的に、より多くの人間を絶望に叩き落とす方法を。
戦争という、何よりも悲惨な現実を。
合衆国と帝国間で戦争を引き起こす。そして、それに辛くも勝利した帝国と、残った協商の間でも戦争を勃発させる。いわゆる世界大戦だ。
世界大戦さえ起こせれば、こっちのものだ。世界中に広がった破壊と悲しみの連鎖につけ込み、多くの人間を洗脳する。
そして彼らを操って、さらなる悲しみと破壊を生み出す。
そうすれば”ねずみ算式”に、俺が洗脳する人間の数は増えていくことだろう。そして最後は、世界の破滅と引き換えに、全人類の“グレードアップ”が実現するわけだ。
……ところがだ。俺のこの計画に、とんでもない邪魔が入った。
そして今、その邪魔の所為で俺とウェル君は死にかけている。
まったく……どこの誰だ? 世界を救おうという、俺の”ありがたい計画”を邪魔する不届き者は?
まあいい。この程度の邪魔、これから何とかして打ち勝ってやるよ。
俺は負けるわけにはいかないんだよ。
これからこのクソ以下の世界を生きていくことになる、無限大の命のために。
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(まずは手駒を集める必要があるな……とりあえず官邸に常駐している部隊をウェル君のところに応援に行かせて、それから俺は……どうするべきだ?)
長く続いた廊下を、負傷した腕を押さえて走る黒幕の男は、走りながらも頭を回転させ続けていた。
(常駐している部隊じゃあ、数が足りない……たぶん全滅だ。あの二人を倒すためには、もっと大量の戦力が必要だ……だからこそ俺は戦力を集めるべきだが、そんな都合良く集まるか?)
男は腕の痛みと行き詰まる状況から、苦しい顔で考え続けていた。しかしすぐに最善の解決策を思いついた。
(そうだ! さっきの狙撃! 狙撃の発砲音で、辺りにいた市民の恐怖がかき立てられたんじゃ無いか? もしそうなら……操れる!)
黒幕の男が考えた作戦はこうだ。
まず、官邸に常駐している手駒をウェルゴーナスの元に向かわせ、時間を稼がせる。
その隙に自分は官邸を脱出し、先ほどの発砲音を聞き混乱する市民達に紛れ込む。
そして最後は、市民達の恐怖につけ込んで洗脳し、大量の“人の壁”を使って暗殺者達を一網打尽にする。
(……いける! これなら恐らく十中八九で! となると問題は制限時間……! ウェル君が耐えられるかどうかだ! 俺が間に合うかどうか……っ!)
黒幕の男はそこで立ち止まった。そして、ため息をこぼした。
「……ったく、ほんとに今日はツイてねえな」
男から少し離れたところに、ちょうどフォートとレイが立ち塞がっていたから。
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