嵐の前の
「よお。久しぶり」
後ろから突然そう話しかけられ、ミザリナは振り返った。
「なんだ、アンタか」
自分に話しかけてきた男の顔を見るなり、ミザリナは肩を落とす。
「おいおい、いくら何でもその反応はないだろ?」
あからさまながっかり顔を向けられ、ドラガは文句を言った。
「私はアンタなんかに用はないのよ。ぶっ飛ばさなかっただけでも感謝しなさいな」
「ぶっ飛ばされてたのかも知れないのか。話しかけただけで・・・・」
驚きの事実に、ドラガの額に冷や汗が光った。
「それよりまさか、私に話しかけてきた理由がないなんて事は無いわよね? 私の貴重な時間を割いてあげたんだから」
「挨拶もしちゃいけないのか、俺は?・・・・・まあいい。用事はあるからな」
そう答えると、ドラガは歩き出し、ミザリナにも歩くように促した。
「お前も会議に行くんだろ? 時間も無いし、歩きながら話そう」
「別にいいけど。で、用事って何?」
ミザリナはドラガの隣に移動して、並んで歩き始めた。
「ああ。実はお前のとこの冒険者を少し貸して欲しいんだよ。実は近日中にでも、かなり大口の貿易をするんだが、どうやってもそれの行き帰りを警護してもらう人間が足りない。特に今回は、獣や盗賊がでる地域を通るから、できるだけたくさん欲しいんだ」
この世界には、冒険者と呼ばれる人間がいる。彼らはギルドに所属し、時に商人、時には王族や貴族と言った人々の依頼によって、彼らを警護をすることもあれば、またあるときは、村や町からの依頼で、近隣に出現したモンスターを狩ったりなど、その仕事は多岐にわたる。
そして特にその中でも多い依頼が、今回のように“大金を移送する商人の警護”の仕事である。
この世界では未だに、“為替”が発明されていないため、遠距離間の貿易ではどうしても、大量の金貨銀貨を移送する必要がある。
ゆえに、それを狙う盗賊達の襲撃も絶えず、彼らから身を守るためには冒険者の力は必須だった。そのため多くの商会は、必要なときにすぐに冒険者が集まるように、いわば“お抱え冒険者”とも言える、商会専属の冒険者をギルドと契約して確保しておくのが常であった。
しかし、その危険性も相まって、常に人員不足であることは言うまでもない。
「じつは、今まで頼んでいた冒険者パーティーの一つが、他の仕事で全滅してしまったんだ。だから、お前の所の専属を貸してくれないか?」
「別にいいけど・・・・でも大口の貿易? そんなのあったっけ?」
ミザリナは首をかしげて、そう聞いた。
貿易には、許可を取ったり、今回のように冒険者を集めたりと多くの仕事が必要である。そのため、通常ならば商会全体で情報を共有して、互いに協力し合うのがセオリーだった。
そのため、ミザリナは貿易のことが自分の耳に入っていなかったことに疑問を覚えたのだ。
「いや、実はこの商談、他の商会を出し抜くために極秘に進めてたんだよ。幹部以上で知っているのは、俺と会長の二人だけだ。・・・・いや、今はお前も含めて三人か」
「極秘? と言うことはかなり大きな取引なのね?」
「ああ。最近辺境の国で見つかった、新しい鉱石を取引するんだ。なんでも、それを鉄に混ぜると、強度が数倍にも跳ね上がるらしい」
「新しい鉱石?また見つかったの?」
“また”というのは、近年の採掘技術の向上によって、続々と新種の鉱石が採掘されるようになったことに由来する。
「この情報はおそらく俺たちが一番最初に手に入れられた。最近はずっと、ダリア商会の奴らに一番手をとられ続けていたから、ようやく奴らに一矢報いることが出来る。あ、言っとくけど他言無用で頼んだぞ?」
「もちろんよ。それより、そんなことをこんな所で話しても大丈夫なの? 最近、ダリア商会のスパイが侵入してたそうじゃない。もしかしたらそこの物陰に潜んでいるかもよ?」
「大丈夫だろ。あれ以来、スパイに入られたなんて聞かないしな。それに、会長があの一件で商会の警備を強化している。ネズミ一匹入れっこないさ」
「それもそうね。でも、あの警備軽視の傾向があった会長がよく、ここまで警備強化したと思わない? “警備を強化するように”なんて指令が会長から来たときは、耳を疑ったわよ」
「ああそれな、なんでも“彼”が関わってるらしい」
ドラガはひそひそ声でミザリナに教えた。
「彼?・・・・・ああ、会長のお気に入りちゃんね。名前は確か・・・・フォートだったっけ?」
「たしかそうだったな。しかし、とんでもない奴がきたもんだ。会長がいきなり奴隷を幹部にしたときは、気でも狂ったのかと思ったが、蓋を開けてみればどうだ。それまで、我らが商会のお荷物だった魔法道具部門を一気に稼ぎ柱にしやがった。こんなの見せられちゃあ、文句の言いようがない」
フォートが商会に入ってから数ヶ月、始めは奴隷上がりのフォートを煙たがっていた誰も彼もが、すでに彼に一目を置き、文句など誰も言わなくなっていた。
「まったく、敵じゃなくて本当に良かったわよ・・・・いや、アンタにとっては敵なのかな?自分を追い抜いて会長になっちゃうかも知れない人間が現れたんだから」
ミザリナはそう言って、隣を歩くドラガの顔を意地悪くのぞき込んだ。
しかし、ドラガはそんな言葉を笑い飛ばした。
「はは。別にかまわないさ。俺なんかの出世よりも、商会の未来が大切だからな。そいつが会長になった方が商会のためになるのなら、俺は喜んで相手が元奴隷だろうが部下にでも何にでもなってやるよ」
「ふふ、あなたらしいわね。でも私は、あなたはすごく会長に向いてると思ってるんだけどね。とくに、その性格とかが」
「お世辞でもありがとよ。それより、答えをまだ聞いていないんだが?」
「ああ、話がそれちゃったわね。いいわよ。私の部門で契約してる冒険者をあなたの所に派遣できるようにしておくわ。まあ、細かいところは会議が終わった後にしましょう」
そういうと、すでに到着していた目的地の扉を開いた。




