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三十と一夜の短篇

あたしはイケメンしか待たないんだから。(三十と一夜の短篇第26回)

作者: ひなた






 待っているだけの恋なんて、つまらない。

 恋したいなら、動かなくっちゃ。

 って、そうは言っても、どうしたらいいのかなんてわからないわ。

 だって運命の恋なんてわかんないし、本当にあるだなんて思えないんだもの。

 王子様が迎えに来てくれるだなんて、ありえない話だわ。

「あたしも恋がしてみたいの。ねえ、恋ってどんな感覚なの?」

 一人呟いたけれど、返事なんて返って来ない。

 んまあ、ここにはあたししかいないんだから、返って来た方が怖いんだけどね。

 にしても一人でこんなことを考えてるのは寂しいもんよね。

 お掃除なんてさっさと終わらせちゃって、もっと別なことするとしましょ。

 楽しいことしてたら、気持ちも楽しくなるに違いないわ。

「ねえ! いつまで掃除をしているの。お腹が空いたんだけど、昼食はまだなの?」

 だけど時間がないみたい。

 好きなことをする時間も、ちょっと休む時間もないみたいね。

 わがままなお嬢様がお食事をご要望だもの、そちらを先にしてしまわなくっちゃ。

 楽しかないけど、もちろん嬉しくもないけど、あたしを雇って使ってくれる。

 そのことに感謝しているから、文句なんてとても言えない。

 感謝しているし、解雇されたら困るのはあたしだもの。

 代わりがたっくさんいる中で、お嬢様はあたしを雇ってくれてるのだものね。

「ただいまお作りしますので、少々お待ちくださいませ」

「なーんでわたくしが待たなくっちゃならないのよ。早く、早くして! このわたくしを待たせるなんて、どういうつもりなのよ!」

 相変わらず叫んでいらっしゃるが、それがお嬢様のいつもだから、今更に何か思うでもないわ。

 どういうつもりなのよって、何を言ってるのよ。

 怒るんじゃなくて、そういう疑問はやっぱりあるけどね。

 だって何を言っているんだか、さっぱりわからないと思わない?

「何かお食べになりたいものでも」

「うるさいわね! それくらいのこと、自分で考えなさいよ。あなたごときがわたくしに話し掛けるなんて、生意気なのよ。奴隷のくせに調子に乗らないでっ!」

 雇われメイドでしかないのだけれど、いつからあたしは奴隷になったのだろう。

 いつものことなんだけど、そこだけはちょっと気に入らなかったりもする。

 もちろん、だからって何かしたり言ったりするわけじゃないのよ?

「こ、こんなものをよくわたくしに食べさせようと思えたわね!」

 お食事をお持ちしても、苛々しているのはいつものこと。

 いつだって変わらないのだから、特別何を思うでもない。

 慣れというものだってあるし、よく飽きもせずに、なんて考えるようなこともあるの。

 だけど慣れてもストレスではあるわ。

 ほんっとに、そんなんだから待っても恋人なんて来るわけないのよ。

 そう、言ってやりたいわね。

 絶対に言えるはず、ないけれど……。


 謝ってばっかりで、口癖みたいになっちゃってるもんなぁ。

 謝罪以外の言葉を忘れちゃうことだって、時間の問題かもな。

 心躍る恋でもしなくっちゃ、今のあたしは救われない気がする。

 体が生きるために心を殺すなんて、残酷なものだわ。

「おねえさん、おねえさん、どうしてそんなに悲しそうなお顔をしているの?」

 お買い物に出ていたときのこと、話し掛けられて驚いて、声のした方を見てみれば、幼い少女があたしのことをジッと見ていた。

 周りに子どもがいないから、詳しいところはわからないのだけど、たぶん五歳くらいに見える。

 保護者は見られないのだけど、こんな小さな子が一人でお買い物かしら。

「お母さんはどうなさいましたの?」

 不安そうには見えないけど、本人だけがそう思ってるだけで、本当は迷子なのかもしれないわ。

 そう思って聞いてみたのに、不思議そうに首を傾げられてしまったの。

「おねえさん、おねえさん、どうしてそんなに悲しそうなお顔をしているの?」

 何を言うのかと待ってみれば、同じ質問を幼女は繰り返した。

 なんだか、気味が悪くって仕方がない。

「悲しそうに見えますかしら? だけど、そのように仰られても、何も悲しいことなどありませんのよ。ご心配くださって、ありがとうございますね」

 ニコッと微笑んでみせたのだけれど、やっぱりジッとあたしを見ているの。

 こんなに幼い子なのだし、偶然、あたしに好奇心を向けてしまっただけに違いないわ。

 すぐに飽きるでしょうと思って、無視してお買い物をしていたのだけれど、なぜだかずっとあたしにぴったりくっついてるの。

 それだけじゃなくって、ずーっとジッと見ているのよ。

 相手は幼女だってのに、行動のせいか視線のせいか怖く思えちゃうの。

「おねえさんのこと、助けてあげる。だから、お願いを教えて」

 何か憧れのキャラクターにでもなりきっているのだろうか。

 期待しているわけではないんだけど、本当に助けてくれそうな、そんな雰囲気があったの。

 それともあたし、そんなに追い詰められてたのかな。

「白馬の王子様が迎えに来てくれたらいいな、なんて、そうは思いますわね。夢見心地でいただけだから、本当に、悲しいことなんてありませんのよ」

 言ってしまってから、メルヘンチックな願いなもので、誤魔化せるだろうかと尽力した。

 あたしがこの子くらいの年齢だったらともかく、もう二十歳も越えた立派な大人だってのに、零れる願いがこれだとは可哀想なことだわ。

 なんとなく微笑んでみたのだけど、まっすぐ……ジッとあたしのことを見つめて目も逸らさない。

 本気の願いだって、バレちゃってるんだろうな。

「わかった。待っててね。今度おねえさんの家に、お迎えに行くように頼んでみるから」

 無表情を貫いていた幼女はそこで満面の笑みを浮かべて、走り去って行った。

 待っててね、って言われてもねぇ。

 人混みに溶けてしまった、そちらの方向を暫く見ていたが、急がないと思ってお買い物を再開する。

 ちょっぴり時間が掛かってしまったし、怒られるんでしょうね。

「やんなっちゃう」

 暇じゃないって言うわりに、随分と暇なものよね。

 そんなに忙しいなら、あたしのことなんて構わなきゃいいのに。



 家事は休む時間なんてないけど、お嬢様の声が届かない部屋は、あたしを確実な平和へとおいてくれる。

 わざわざお嬢様は来ないもの。

 掃除をするのが好きなわけじゃないけど、そういう意味では掃除は好きね。

 んまあ、そうしたら、お嬢様のお部屋近くの掃除場所は、そういうわけでも嫌いってことになっちゃうんだけど。

 お嬢様は気分屋だし、いつもは来ない部屋に突然、入るようなことをする。

 それで埃でもあろうものなら、あたしは何をされるかわからないわ。

 だけど、だれも使わないだろう部屋を、毎日ずっと掃除しなくっちゃならないっていうのも、面倒でならないわよね。

 見てる見てないの問題じゃないのはわかるんだけど、あたしって大雑把なのかな。

 大事なものをしまってるわけでもなく、人もいないんだから、別にいいじゃないのよ。そんなもんだと思うんだけどなぁ。

 それ以前の問題として、もはやあの部屋いらなくない?

 だっていらないじゃないのよ、こんな部屋。

「あ、あの、ちょっと匿ってもらえませんか? 追い掛けられているんです、お助けください」

 ドンドンドンドンドンドンドン、窓を叩く音にカーテンを開けば、若い男性がそこには立っていた。

 見た目としては、かっこよくはないんだけど、あんなことがあったからか、王子様かもなんて思えちゃった。

 白馬になんか乗ってないし、ちょっと貧乏っぽいのよね。

 とてもじゃないけど王子様とは言えないかしら。

「あのねえ、そもそも、どうしてお屋敷のお庭に入っていますのよ。だれかの許可はございましたのかしら? 勝手に入っていいとでもお思いですの?」

 あたしも仕事があるものだから、簡単に家には入れず、だけどとりあえずは話を聞いてみることにする。

 お庭に勝手に入っているのだし、理由は問い質す必要があるわよね。

 侵入者って、あたしの責任とかにならないわよね。

 あたしのせいになるんだったら、きちんと処理しておかないとなんないし。

 門番か何かがいたような気がするし、絶対そっちが悪いわよね。

「仰ってくださいませ。どのようにして、なぜ、このお屋敷に入りましたの? 答えによっては、お助けすることもあるかもしれませんわ」

 どのような理由があっても、基本的にはお断りすることになりそうだけどね。

 何せ相手は不法侵入者だもの。

「どのようにも何も、門が開いていたから入って来たのです。この豪邸ならば、僕が隠れることが可能だと思ったのです。これは賭けだとは思ったのですが、やはり室内こそ安全な場所はないと、こうしてお頼みしている次第です。どうか、理由や事情につきましてはお部屋の中でっ」

 周囲を警戒した様子で、声を潜めたり息を荒くしたり、それが無意識そうであるから哀れだった。

 武器を持っているようにも見えないし、入れるだけ入れて、話を聞いたらいいかしら。

 最後まで話を聞いたらば、匿うか追い出すか決めたらいいわ。

「お入りください。しかしこの家であたしは何も権限を持っていませんわ。ですから、勝手に招き入れてしまったこと、お嬢様に知られては叱られてしまうことでしょう。それでも構わないと思えるだけのお話を、できれば短くお話しくださいませ」

 窓を開けば、身軽にジャンプして彼は飛び込んでくる。

 身のこなしとしては、惹かれるところもあるわね。

「入れてくださってありがとうございます。実は、追い掛けられているだとか、そういう話は嘘なのです。ただ、あなたと直接お話がしたくて、つい言ってしまった口から出任せなのです」

「なんですって! そんなの、お許しできるはずがございませんわ。早く出て行ってくださいまし」

「できません。やっとあなたにこうして近付けたというのに、なぜそのようなことができましょうか。それに、溢れ出す上品さ、何を言おうとあなたがお嬢様であるに違いありません。実際にはこの家の主であることなのでしょう?」

「馬鹿を言わないでちょうだい! あたしはこの家に雇われているメイドですのよ! 変なことを言って、もしそれがお嬢様の耳に入りでもしましたら、仕事を失ってしまいますわ!」

 思わず大きな声を出してしまって、慌てて口を押さえるの。

 だけどこの人って、本当におかしな人ね。

 素性もわからないし、目的もわからないし、さっぱり何を考えているんだかわからないわ。

 追い返さなくったって思うのに、もうちょっととも思うわ。

「ならば、首にされる前に、あなたから去ってしまえばいいではありませんか」

「勝手なことを言わないでくださいませ。この家を出て、どこで働けと言いますの。まさか、仕事もなく生きていけるとでも?」

 感情的になってしまってならないわ。

 お嬢様にお仕えするに相応しいメイドの仮面が、剥がされてしまうようね。

 「いらない」そのたった一言で、終わってしまうあたしなんだから、お嬢様からの評価は何よりも気にしなくっちゃいけないのに。

 ってか、なんなのよこの人。

 どんなに睨み付けても、追い出そうとしても、ビクともせずにあたしを見てるの。

 それが自然と気持ち悪くないの。

 イケメンでもないくせに!



「一人で何を騒いでいるの? 頭でも狂ったのかしら?」

 部屋の外から聞こえてくる声。

 お嬢様のいらっしゃった部屋を考えれば、物音なんて聞こえるはずもないし、聞こえたとしてもあの方はわざわざいらっしゃるような面倒なことはしないわ。

 あったとしても、あたしを呼び寄せるくらいね。

 だけど、呼び寄せるためのお嬢様の声さえ届かない、お嬢様の部屋とは離れた部屋なのよここは。

 何か用があって、とも思えないわね。

「あ、あなたは、プリンスではありませんの。どうしてわたくしのお屋敷にいますのかしら。もしかして、わたくしを妃にしようとでもお考えでして?」

 部屋に入って来たお嬢様は、貧乏そうなこの男性を見て、ポッと頬を赤らめたの。

 こんなお嬢様の顔、初めて見たわ。

「いえ、僕は彼女に見惚れたのです。街にお忍びで出ていたときに一目惚れしまして、それから配下に調べてもらったのです。仕事熱心で真面目で、ますます魅力的な方ですね」

「何を仰いますの。この卑しい女は、奴隷の身分でして、史上類を見ないほどに身分差の大きいことで、人間と家畜とで愛を交わすような、歪んだ性愛と性癖と言うようになってしまうではありませんの。今後、生きていけなくなりますわよ?」

 家畜だなんて、とんでもないわ。

 あたしに対するお嬢様の物言いは、ひどいものだとは思っていたけれど、そこまでだとは思わなかったわね。

 よくわからないところで、話が進んで行く。

「はて、あなたよりもよっぽど言葉遣いも礼儀作法もしっかりしていて、良家の育ちであるように思えますけどね。とにかく、ここであなたが彼女を解雇することを決めてくれたら、何より話が早いでしょう。そのまま僕が彼女をもらっていきますから」

 生活が安定するのなら、なんだっていい。たしかにそうだけれど、あたしのことを、あたしに何もなしに話されていると思うと、気分が悪いものね。

 それじゃあまるで奴隷じゃないのよ。

 暴言だらけのお嬢様に、お仕えしたいと思う気持ちはないわ。

 むしろ、あたしがいなくなったことで、あたしがどれだけ優秀だったか思い知ればいいって感じね。

 それなんだから、構いやしないんだけど、相談だけほしかった。

「いいわよ! いらないわそんな子! ほしいんだったらば、早く引き取ってしまって! 見る目のないプリンス、ここはわたくしのお屋敷ですから、早々にお去り!」

 彼女の婚期が遅れていくのが心配でならない。

 ここまで来ると、本気で憐れなものよね。

「遠慮なく連れて行かせてもらいましょう」

 あたしの手を掴んだと思ったら、窓からジャンプ!

 危ないって思ったんだけど、あたしを抱えてそのまま華麗に着地して、お姫様抱っこのまんま走り出したの。

 こうやって、ちゃんとスペックのあるかっこよさを見せられちゃうと、強引なところもかっこよく思えてしまうものね。

 でも顔が不合格。あたしはイケメンしか待たないんだから。

 門の外で白馬が待機していたって、それくらいじゃあ、それくらいじゃ落とされないわよ。

 思春期の乙女じゃないんだから、馬鹿にしないで!

 優しく馬車に乗せられたって、へえ、って思って終わりよ。

 今時、馬車なんて使うものなんだな、感想はそれだけね。



 だけど、そうやって雰囲気を大切にしてくれるのは、悪くないかも……。

 メルヘンチックでロマンチックで、そうじゃなくっちゃ、あたしと話なんてしていられないって思うもの。

 こういうことの徹底は悪くないわ。

 あたしはお目にかかったことがないものだから、お顔なんて存じ上げていないけれど、お嬢様が仰ったように本物の王子様なのね。

 別に王子様っていうのが本物であることに意味はなく、王子様らしければそれでいいの。

 反対に王子様だからって、意地悪ばっかりの人は駄目よ。

 結局は人なのだけれど、本物の王子様であるに越したことはないわよね。


 恋の始まりとか、考えないでもない、かも?

 まだあたしが惚れるには程遠いんだからね!




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― 新着の感想 ―
[良い点] 「あたし」が思春期の乙女じゃないんだからと言いつつも、ちゃっかり乗っかっているのがユーモラスです。  容姿の経年劣化は人により差があります。老けやすいか長持ちしそうかは、よくお見定めくださ…
[一言] 本家のシンデレラより行動的で、ツンデレ具合がかわいらしかったです。 眺めている分にはHAPPYですが、イケメンもいずれ飽きます。そして年齢と共に劣化します。行動力と経済力。そして人を見る目…
[一言] 顔か......顔は重要ですよね。
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