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「まず、こういう方法で高橋君にお金を渡せば俺の懐が痛むことはないだろ? だって、金を払うのは保険会社なんだからさ」
「……それは、まあそうですけど」
「それに、俺にも金が入るし」
「遠藤さんにも?」
「ああ。……正直に言うけど、俺は君におりてくる保険金の一部を、ピンハネする気でいるんだ」
「ピンハネ……」
「せいぜい支給額の二十パーセントくらいしか考えてないけどね。でも、金を失うよりは手に入れたいと思うだろ?」
それともうひとつ、と遠藤は続けて唐揚げを頬張った。
「俺はこれが確実にうまくいくことを知ってるんだ」
「確実にうまくいく?」
俺は眉を寄せた。遠藤は頷く。
「俺はさ、今回の提案と全く同じことをやった経験があるんだよ。高校の時の先輩に誘われたんだ。その時の俺は、今の高橋君の立場だった。一年前の話なんだけど……でも、俺はまだ捕まってない。多分この先も、アレで捕まることはないと思う。勿論、俺にこの話を持ち掛けてきた人の方も捕まってないよ」
「……そうなんですか……」
明るい笑顔で酒を飲みながら言うことじゃないだろう。どうやら遠藤は、俺が思っていたよりも筋金入りの悪人らしい。悪意なんて少しもありませんとでもいうような表情で、遠藤は「なあ」と俺を誘う。
「とにかくやってみないか。絶対うまくいくし、高橋君は逮捕されない。俺が保障しよう。万が一……絶対ありえないけど、もしも万が一ってことがあったとしても、その時だって俺が全面的に協力するよ。逮捕されて塀の中から出てきた後は、俺が慰謝料として一千万ほど用意して待ってる」
「い、一千万!?」
「何びっくりしてるんだ、逮捕の報いとして考えると、はした金にも程があるだろ。それに、出所後の生活も俺が面倒を見るつもりだ。契約書にしてもいい。まあ、内容が内容だから効力はなさそうだけれど……それだけの覚悟があるって意味だよ」
あまりの厚遇に困惑する。それだけバレない自信があるということなのだろうか。まあ仮に警察にバレたとしても、詐欺罪なら執行猶予がつくだろうから、実刑までは食らわないだろうが――。
「つまり何が言いたいかっていうと、高橋君には絶対損はさせないってことだ。……どうせならうまく稼ごうよ。ていうか、俺達はもうやることやっちゃってるだろ? 俺はあの浮浪者に対して暴行罪があるし、高橋君は俺に対する恐喝だ。……な? もう今更じゃないか」
俺はその場で答えを出すことが出来なかった。だが、「考えさせてくれ」という返事をした俺は、数日迷った末に結局その話に乗った。ノーリスクで金がもらえるならそれでいいと思ったし、遠藤が言った「今更」という言葉も俺を納得させた。確かに今更な気がしたのだ。俺は既に恐喝をしている。あれだって、バレたら犯罪だ。だったらもう一緒じゃないか。それに、いざとなれば遠藤に罪を丸投げしてしまえばいいのである。
そう決めた俺は、遠藤の指示の全てに従った。遠藤が言う通りの病院に行き、風邪気味である旨を伝え、仕事に差支えがないという意味合いでの診断書をもらった。診断書は病気である時にしか出してもらえないものと思っていた俺は驚いたが、遠藤は当たり前のような顔をしていた。遠藤いわく、嘘の病気の診断書は勿論出してもらえないが、健康であるという意味での診断書なら、会社に提出するためだと言えば書いてもらえることの方が多いらしい。
「ま、〝自分は健康です〟なんて診断書が、これから偽造のベースに使われるだなんて誰も思わないだろうからな」
遠藤はにまにま笑いながら言って、俺から診断書を預かった。その後の俺は特にすることもなく、ただ遠藤の「そのうち金を渡すから待て」という言葉に従って大人しくしていた。――その結果、二週間足らずで三十万ほどを手渡されたのだ。金を受け取って暫くは、びくびくしながら過ごしていたことを覚えている。明日の朝にはアパートに警官が押しかけてくるのではないかと、不安でたまらなかった。
しかし、ひと月以上経っても俺の元に警察が来ることはなかった。日常にも変化はなく、手元の三十万さえなければ、詐欺の計画なんて俺の夢だったのかもしれないと考えてしまうほどだ。その頃になって俺はようやく、うまくいったのだと確信して安堵した。
そうなってしまえば、あとはもう転がり落ちるままだった。俺は金が欲しくなると遠藤に相談し、遠藤はそのたびに俺に応えた。保険金詐欺にとどまらず、色々ときな臭いことをして、しかし俺には決して罪をかぶせないように遠藤は動いてくれた。
そんな風に薄暗い交流を続けて、更に二年近くが経った。その頃には、俺と遠藤はかなり親しくなっていた。今まで自分達がやってきたことについて話せるのは互いに互いだけだったし、しかも相手は絶対に自分を軽蔑しないことも解っている。俺達は、相手の存在に安心感を覚えていた。