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銀行強盗の本懐  作者: 猫飯
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「そういうことなら、大丈夫だよ。たかだかヒラ社員の俺の口利きがどこまで通用するかは解らないけど、高橋君は出来る奴だってことは伝えておこう」


 俺は、そのあっさりとした答えに拍子抜けした。恐喝がこんなに簡単にいくなんて想像していなかったのだ。多少の押し問答は覚悟していたのである。だが遠藤は、いつもの顔でにこにこと笑っている。


 ……まあ、浮浪者を陰で締め上げるような性格をしているのだから、派遣社員の更新について自分の為に口利きするくらいはなんとも思わないのかもしれないな。そう思って嘆息すると、遠藤は俺に笑みを向ける。


「じゃ、俺はもう行くよ。いつまでもここにいて、誰かに見られてもヤバいからさ。……高橋君も、浮浪者に何かしたと思われる前に離れたほうがいいんじゃないかな」


 そう言い残した遠藤はひらひらと掌を振って、俺の隣を抜けていった。確かにそうだと思った俺は、遠藤の指示に従ってその場を去った。パチンコ屋には、結局行かなかった。

 ――そして、面接日になった。結論から言うと、俺の契約はきちんと更新された。遠藤の口利きが効いたのかどうかは解らない。だが本人は、しっかり進言したと言っていた。俺は安心すると同時に欲を出した。これは使えるネタだな、と思った。


 だから、今度は遠藤に金を請求した。当時の俺は、パチンコによる借金こそどうにか完済したが、決して裕福というわけではなかった。金がないくせに無駄遣いをするたちだったのだ。読みもしない本や見もしないDVD、やりもしないゲームは、俺の狭い家に大量に溢れていた。しかしそれらを売るとなると、何故だか気乗りしないのである。つまり俺は根っからの浪費家だったのだろう。だから男の一人暮らしにしては、かなり家計がひっ迫していた。


「金が足りないんですよ。……だから、口止め料が欲しいんです」


 仕事帰り、遠藤を安い居酒屋の個室に呼び出した俺はそう言った。自分でも直接的すぎる言葉だと思った。生ビールに口をつけながら、今度こそ押し問答を覚悟する。


 しかし遠藤は、「成程」なんてしたり顔で頷いてみせた。


「解った。なら金を渡そう」


 遠藤は、まるで職場の人間に雑務でも頼まれたかのように簡単にそう言ってのけると、鶏の唐揚げを口に運んでから安い日本酒に口をつけた。しかも、驚く俺に向かって更に続けたのだ。


「どうせなら、手っ取り早く稼ごうか。いいやり方があるんだよ。ただ、人手が足りなくてさ。協力してくれないか?」


 協力って、と動揺する俺に、遠藤は内容を説明した。それは、ひらたく言えば保険金詐欺だった。俺が適当に医者にかかって診断書を貰い、それを元に偽造診断書を作って保険会社に提出することで、保険金をだまし取るという手法だ。


「どうして俺がそんな危険な真似を! 俺は金を出せと言ったんだぞ!」


 思わず声を荒らげた俺に対し、遠藤は「危険? どこが?」と首を傾げた。


「こんなの簡単だろ。というか、俺自身何度か経験があるんだ」


「経験って……詐欺の!?」


「詐欺だなんて大袈裟だな、ちょっと小遣いをもらうだけさ。大丈夫だよ、高橋君は医者にかかって診断書をもらってくるだけでいいんだ。一枚診断書を手に入れられれば、それを基に偽造するからね。君は何も罪に問われないよ。だって、君はただ診断書を俺に渡しただけってことになるんだから。


偽造するのも、提出するのも俺なんだ。個人情報の管理のずさんさは責められるかもしれないけど、それ自体が罪になるわけじゃない。それでも不安なら、俺が高橋君から診断書を盗んだってことにすればいいじゃないか。そしたら君は被害者だろ?」


 だからって、と俺はまごついた。しかし遠藤は、そこで楽しげに声をひそめる。子供がとっておきの話を親友に囁くようだった。


「しかも、こんな簡単なことで結構な金額がもらえるんだよ」


 俺はその言葉に、つい反応してしまった。


「……いくらもらえるんですか?」


 橙色の照明の下、酒で濡れた遠藤の唇がにっと笑みを作る。


「詐病の内容にもよるけど、大体三十万くらいかな。あんまり大金がおりる病気で申請すると、かなり丁寧にチェックされてしまうから、軽めのやつがいいんだよ。まあ、罪に問われる可能性があって三十万なら安いと思うかもしれないけど……高橋君の場合は一切無罪だ。それで三十万なんだから、いいんじゃない?」


 ――確かに、何のリスクもなく三十万は、かなりに実入りがいいだろうとは思った。しかし、そもそも本当に無罪で済むのか疑わしい。それに、疑問もある。


「……なんでそんな話を持ち掛けてくるんですか?」


「え? だって、金が足りないって言ったじゃないか」


「それはそうですけど……今の話って、ようは俺の代わりに遠藤さんが危ない橋を渡って、保険金を申請するってことですよね。どうして貴方がわざわざそんなことを? 何かメリットがあるんですか?」


「当然あるよ」


 遠藤は思いのほかあっさり認めた。


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