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腹切竹光  作者: R
3/4

第三幕 四条の名

 父は会計方である。

 四条(しじょう)丈之進(じょうのしん)忠相(ただすけ)

 それが父の名である。

 特技は算盤弾きとその武芸。

 小さな道場であるが生涯不敗を地で行く傑物である。

 傑物、故に堅物。

 それは藩政に置いても変わらなかった。

 会計方は神に愛されるとは誰が言ったか。

 不正に手を貸せば御家が潤い、不正を憎めば貧乏神に愛される。

 四条家は支出を自らの家禄で補うために生活は困窮を極めるのであった。

 既に腰の物は竹光。武士の魂と呼ばれる物を売ってまで生計を立てねばならぬ。

 その責めを負うは自らだけに留まらず。

 妻の鶴と息子の吉之助。その日の夕餉にすら頭を悩ます程であった。

 だが吉之助はそんな堅物な父だからこそ好いていた。

「将来は父の様、学問にも武芸にも秀でた武士になりとうございます。」

 そんな息子を父は表情に出さないものの好ましく思っており、そっぽを向きながらも頭を撫でる。

 その様子を見て吉之助は更に父を敬愛するのであった。

 

 吉之助は自らの容姿が不満であった。

 まるで女子のような端正なる顔立ち、母に似たのだろう。

 無骨で無愛想な武士を体現する父とは対極にある。

 父に憧れ父になりたい吉之助にはそれが不満であった。

 それ故、少しでも大柄な姿とならんがため剣の稽古に励む。

 稽古の折に容姿をからかわれることもしばしばあるが、その返礼として吉之助は竹刀の一撃を見舞う毎日である。

 剣の腕は父親の遺伝らしい。十にも満たぬ子侍は元服間近の同門にすら負けは無い。

 しかしこの子が後に鬼と呼ばれる者と剣を交えるとは誰が思うか。

 そんな事はまだまだ知らず、吉之助は今日も竹刀を降るのである。

 

 はてさて事件は起こるべくして起こる。

 会計方として家老よりお褒めの言葉を賜る忠相。

 それが仲間の藩士の妬みを買った。

「おのれ、貧乏侍風情が。」

 まず初めに悪評の喧伝。

 有りもしない嘘が撒かれることによって孤立していく。

 町を歩けば嘲りの目。

 だが忠相はまだ我慢が出来た。

「剣自慢も鬼には敵うまい。」

 我慢が出来た。

 自身の武芸を卑下されようが痒くも無し。

 口で言うだけなら誰でも出来る。文句があるなら相手をしようぞ。

「貧乏であるなら息子を陰間茶屋にでも売り飛ばせばどうか。」

 我慢が出来なかった。

 しかして腰の物は既に竹光。

 いざや組み打ち。相手を突き飛ばしよろけさせたあと腰のものを拝借。

 ゴロリと首の無い体が地に伏せた。

 

 父は堅物である。

 如何に理由があろうと無法は無法。

 腹を切れと命じられ、反論することなくそれに従う事となる。

 さて、腹を切ろうにも刀が無い。

 それを知り仲間の藩士は白装束だけ用意させ、嘲り笑った。

「よもや切腹せぬとは申さぬだろうな。」

「腰の竹光で腹を切ってはいかがか。」

 一同その場にて笑いこける。

 忠相はそれをうつむきじっと聞いていた。

「今生の別れ、悔いなく腹を切りましょうぞ。」

 それを聞いたとたん、場の者共は更に笑いを堪え切れなくなってしまった。

「さて、武士の情け。

 割腹の際には姿を消そうぞ、なぁみんな。」

「おおともよ。」

「その必要はありませぬ。」

 忠相は竹光を抜くと一人の頭を割る。

 ぽかんとその場が硬直するや否や腰のものを奪い取り、その場の全員をその手にかける。

 全員を始末し終え、最後に自分の腹を割る。

 介錯人は誰も無い。

 最後のけじめとして発端の者を皆屠り、この世を去ったのである。

 

 腹切竹光。

 喧伝の末に父に付いた不名誉な呼び名である。

 呼び名からか貧乏侍が竹光で割腹したというデマすら流れる始末である。

 母の鶴はそれを苦に自害。

 吉之助は天涯孤独の身となってしまう。

 さて、仇討ちしようにも相手がもう無い。

 心は全て怒りに支配されていた。

 怒りを、恨みをぶつけるには相手がいる。

 その時吉之助の脳裏に浮かんだのは剣に励む父の姿。

 少しでも良い。父の不名誉を返上せねば。

 ……卑下された言葉の一つがふと思い起こされる。

「鬼には敵うまい。」

 指された鬼とは田之倉天膳。

 成る程、息子の自分が鬼を倒せば父の名誉も少しは戻るであろう。

 自分勝手の仇討ちと、吉之助の放浪は始まることとなる。

 

 童が生きられるほど世の理は甘くない。

 どうして吉之助が世を生きられたか。

 自らが忌み嫌う容姿を使ったのだ。

 衆道の法。

 名の有る剣豪に鬼を探す傍ら褥と旅を共にする。

 技を盗み剣豪を越えれば荷と金を持って始末する。

 吉之助は才有る故にめきめきと力をつけていく。

 そうして数多くの技と流派をその手にした。

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