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腹切竹光  作者: R
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第二幕 鬼の始まり

 最強の剣豪と聞いて誰を浮かべるか。

 ある者は柳生と言う。ある者は上泉。それとも宮元か塚原か。

 ではその上に「今代の」が付けばどうなるか。

 多くの者が田之倉天膳と口を揃えるであろう。

 一の太刀は知覚の間も無く骨まで断ち、相手の剛も柳のごとく受け流す。

 若くは道場で剣を磨くも、天膳は才があり過ぎた。

 彼の勇猛、とある藩士の目に止まる。

 稽古は苛烈を極める。その道場で多く死者を出したのはやはり天膳の木剣であろう。

 相手の木太刀を叩き折り、その勢いで肩口を叩き折る。

 人の頭蓋は真剣で滑る。故に古流剣術では肩口を狙うのだ。

 その剛、誰も寄せ付けず。

 それがその藩士に好まれた。


 天膳、元より天涯孤独の身。父を知らず、母を知らず。

 獲物を見据えること柳の如く、襲う事野獣が如く。

 心無い者が獣の腹より生まれ出でたと揶揄したが、それもあるかと誰もが思った。


 初めの記憶は波の音。

 口減らしのため両親に浜辺へ捨てられたのだ。

 すまないすまない、そう口にして飢饉のために子を捨てる。

 出来得るのなら優しき誰かに拾われてくれ。

 そんな確率、天文学的なほど低いという事実に目を伏せながら。

 この天膳、やはり他の捨て子と同じ様朽ちて死ぬ運命にあった。

 だがその運命も一人の剣客によって変えられる。

 童の泣き声、師を思い起こさせた。

 剣客、後にそう語る。

 武を志していた師の、稽古の時の唸り声に近いと言うた。

 その師も今は既に亡い。郷愁の思いに駆られた剣客はその子を拾い育てることとなる。


 剣を修め素浪人となった天膳。

 各地を放浪し、自らを磨き仕官を探す日々の事。

 逗留していた地の道場で、とある藩士に声をかけられた。

 仕事を請けてみないか、と。

 天膳は剣一筋で世事には疎い。

 それがどういった意味を持つか知らぬのであった。


 初めは剣の腕を使う仕事と思っていた。

 だがどういう風に使うのか。

 それを理解するのは屋敷で説明されてからである。

 刺客。

 藩政に歯向かう者、政敵。様々な者を殺めた。

 それが仕官の近道と信じ、刃を血に染めた。

 天膳には仕官して名を上げ事こそが夢であった。

 どこぞにいるのか分からぬ自分を捨てた両親を見返すためである。

 元より剣に長けた者である。

 一人斬り殺さば初段の腕。天膳は既に両の指では数え切れぬほどに殺めた。

 時経たずして天下に並ぶ者を探すのに骨が折れるほどの達人となる。

 その剣の腕と並々ならぬ熱意より藩の重鎮より鬼天膳と呼ばれるようになった。

 しかして強さは恐れを生む。

 いつしか藩の者共はあろうはずも無い天膳の寝返りを恐れるようになる。


「天膳だな。」

 月降る闇夜。道を歩く天膳に声がかかる。

 ひのふのみぃ。……前に一人裏に五人。それらが身を隠し天膳を囲んでいる。

 その全員が明らかに殺気を放っていた。

「何用か。」

「恨みは無いが、お命頂戴致す。」

 言うて刹那の間も無く影が躍り出る。

 成る程。中々の身のこなし。前の男、真貫流と見たり。

 刺客ゆえか闇夜に乗じ間合いを悟らせぬゆえか皆一様に黒ずくめ。

 その上皆が皆手練であるため、一度に全員相手は出来ぬと天膳は判断した。

 まずすれ違い様に前の男を斬り伏せる。

 仲間の死を無かったかのごとく左方より別の黒ずくめが下方より剣を切り上げる。

 こやつは一刀流。

 腿の皮一枚切らせると天膳は男を蹴り飛ばした。

 体勢を直しつつ腰の棒手裏剣を後ろの三人に打つ。

 無論、打った三つとも相手に当たることなく全て弾かれてしまうが間合いを取り仕切り直せた。

「恨みが無い、か。異な事を。

 我、恨みを買う様な行いを犯してきた。

 その恨みを噛み砕くつもりももちろん有る。

 だが貴様らは恨みが無いと言うが命は狙う。どういうことか。」

「同業よ。」

 一人の黒ずくめがずいと前に出た。

 剣を立てる構え。薩摩の示現流か。この藩で珍しい物を。

 だがこれでよく分かった。流派をばらけさせることにより動きを読み難くする。

 つまり彼らは本気で天膳を殺しに来ているのだ。

 確かに恨みではない。衝動性を感じられない。

 同業、つまり刺客。何者かが天膳を狙っている。

 だが誰が?

 仕官もまだ出来ておらぬ天膳なる木っ端を誰が狙う?

 答えは一つだ。

「尻尾斬りか。」

「答えはせぬ。我らを相手した誇りだけ持って黄泉路を行くがいい。」

「常世を彷徨うはお主らの方よ。」

 口元を歪ませると天膳は剣を落とし切っ先だけを前に向ける。

 下段の構え。

 流れに流れてあらゆる流派を学び得た、必殺の構え。

 我流と呼ぶには型があり、流派は何かと問われれば答えに窮す。

 自らの名にちなみ膳流とでも称そうか。

 月夜に煌くは闇断つ刃。

 町に五つの屍が転がることとなる。


 次の日より天膳は手配される事となる。

 藩に加担したことも闇に葬られ命を狙われる日々。

 一人斬り、二人斬り。

 刃に血を吸わせ続ける修羅地獄。

 日ノ本には血に狂った鬼がいる。

 鬼天膳の名はこうして世に広まることとなった。

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