最終話
「え?」
僕は意味がわからず、聞き返す。
「その女、私が連れていく」
少女が長いおさげ髪を揺らしながら、涙を振り払う。
「凛のことですか?」
「ああ」
「どうして」
「……おまえがわかっていないから、連れていく」
「わかっていないって、何をですか?」
「この女が何者なのかだ」
少女は凛を指さし、強い口調で続ける。
「おまえは不確かなものに自分をゆだねすぎてる。私はそれが見ていられない。観月がしたこと、どうしても許せないから」
「不確かなもの……」
僕は凛を見る。
凛も僕を見た。
二人とも血だらけで、でも、凛は元気そうだ。
ああ、どこか温泉を探さないと、もう川の水は行水には冷たすぎる。
服も早く洗わないとな、血がおちないや。
とりとめもなくそんなことを凛を見つめながら考えた。
「……僕、今のままでいたいです」
「なに?」
「僕は、凛と一緒にいたいです。凛が何者でもいいから、一緒にいてほしい」
懐かしいような、疼くような、何も無いような、色々な感情がただ僕の心の中に横たわっていた。
口づけ直後の不自然に現れた燃えるような執着は、ただの入口にすぎない。
「おまえは!おまえは何もわかっていないって言ってるだろ!」
少女がまた泣き出しそうに夕焼け色の目を潤ませる。
「はい。わかりません。凛がどこから来て、どこへ行くのか、僕が魔法が使えない以外に、どういう人間かも」
言っているそばから言葉は頼りなく僕の内側をむなしく吹き抜ける。
本当のことを言うのは案外、そっけない。
「それでいいのか?」
少女の声が震えていた。
同情されているのが凄くよくわかる。
それと、心配されていることも………
「はい。僕は何も知らないけれど、凛に出逢えたことは、一生に一度の幸せだと思いたい。たとえ、間違いであってもいいから」
「………………」
「楽しいから」
僕は笑顔を少女に向ける。
「うー!」
凛も笑って僕の腕に絡まってきた。
「……そうか。………わかった……わかったし!もう言わない」
地団駄を踏みながら、少女は悔しそうに僕を睨む。
「これ、食べろ。たいした材料がなかったから美味しくないかもしれないけど。また、様子を見に来るよ」
少女は黒いスカートのポケットから小さな袋を取りだし、僕にくれた。
そして、落ちていた少し太めの枝に魔法をかけ、それにまたがって「じゃあね」と、飛んでいってしまった。
手を振る間もなく少女の姿は秋空の彼方に吸い込まれる。
「ふぅ………」
僕は地べたに座り込む。
凛も僕に習い、隣に座り込んだ。
「暗いな………」
凛の頭を撫でながら呟く。
先のことを考えたって、何も見えない。
「あーうー」
凛が僕の手の袋に鼻を寄せる。
「ん?ああ、開けてみようか」
袋を開けると、小さな焼き菓子がいくつか入っていた。
甘い匂いに凛がジュルっとよだれを垂らした。
「どうぞ」
僕は一つ凛の口に入れる。
「むぐ……んー!」
美味しかったみたいで凛が笑って咀嚼した。
「兄さん」
凛が今度は僕の口に焼き菓子を入れる。
「……ぐふっ」
脳天を突き抜ける甘さに目がチカチカする。
暴力的な甘味に、僕は少女が何で必死だったのかわかった気がした。
「あははは!」
甘さにむせる僕を凛が腹を抱えて笑う。
彼女のこれからを僕が勝手に決めた後ろめたさが襲った。
「はははっ……」
暴力的な甘さも、後ろめたさも、飲み込んで笑う。
ひとしきり笑い、落ち着いた頃、僕は空を見上げた。
雲ひとつ無い、優しい水色の空。
高く手の届かない空に、何を重ねたって僕はこの僕だけだ。
異世界の自分を夢みたって、僕は今、ここにいる。
それは諦めたように思えるけれど、かけがえのないようにも思える。
「行こうか」
「うん!」
凛の手を取り、その柔らかさにまだ戸惑いながらも僕らは歩き出した。
〈おわり〉




