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視界の赤が少しずつひいてゆく。
『私はあなたに嘘をつき続けます。これからも、ずっと』
どこかで聞いたことのある声が僕に話しかけてくる。
『他人から見れば哀れな人扱いされるかもしれない。でも、あなたは一人じゃない、私も皐月も、凛もいるのです。伝言魔法が減っていけば覚えていられることも増えますから、私が責任をもってあなたに心穏やかな幸せを………』
声はだんだんと小さくなって、やがて消えた。
凛が血で汚れた毛糸の帽子を手で持って悲しそうに眺めている。
立ち上がってそばに行こうとしたが、目眩がして力が抜ける。
「無理するな、一時間はまともに動けない」
僕を傘で刺した黒い少女がすぐ横で覗き込んでくる。
「どうして……僕を……」
刺したんですか?
そう続けて言いたかったのに、力尽きてしまう。
「おまえ、ちょっと来い」
黒い少女が凛を呼ぶ。
凛は以外にも素直に少女の言うことを聞いて、帽子を手に持ったまま小走りで来る。
「こいつは血液が足りない。ええと……なんて言ったかな?専門的な言葉がわからない……」
少女は困りきった様子で凛と僕を交互に見る。
凛は少女に大袈裟に首をかしげて見せ、ケラケラと笑う。
「もう!笑うな!輸血……じゃない……血はないから……ううん……ぞ、ぞ、造血……」
「あい!」
凛が閃いたように明るい返事をする。
「え?通じたか?」
キョトンとする少女に凛はうなずいて、帽子を膝において魔法を発動し始める。
僕の腹と背中に手を当てて、凛が魔法を使う。
凛の手が当たる所から温もりがゆっくりと広がって、気持ち悪さや目眩が消えた。
「おお、顔色が……」
少女が驚く。
「ね、ね!」
凛がはしゃいで僕の胸に顔を埋める。
撫でてほしいのか、と僕は凛の頭を撫でた。
「……すまなかった……頭に血が上って、おまえを傷つけた……」
少女が唇を噛む。
「あなたも怪我してますよ」
すっかり気分の良くなった僕は黒い少女の傷に気がついた。
「……やっぱり私のことも忘れてるよな」
少女の落ち込んだ表情に戸惑う。
「僕とどこかで会ったことがありますか?僕はコミュニティーに居る間の記憶が消えるので……」
凛と一緒に起き上がりながら、説明してみる。
「わかってる、わかってるよ。ごめん……」
苦しそうに眉を寄せ、少女が瞳を揺らした。
「あ、あの……どうして僕を……」
刺したんですか?
とは、もう訊けない。
少女が大粒の涙を流し始めたからだ。
「今なら、レイ様の気持ちがわかるよ……」
泣いているのに、少女は冷静だった。
「おまえ、その女、手離せ。私が引き取ってやる」
少女がさらに冷たい声で言い放つ。




