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「り、凛さん!」
凛さんの真っ赤な顔に驚き、逆さまの視界に戸惑い、さらには僕の腰に抱きついていた皐月さんにおののいた。
観月さんと居た平原は夢だったのか?
「お、落ちてますよね?僕達、今、落ちてますよね!」
ものすごいスピードで僕達の身体は、遥か下にある山々に引っ張られていた。
「心配ないわ。結界はってるし、落ちるまで私は生きてる予定だから」
確かに、落下による風圧も身体への負担もきっとない方なのだろう。
そうじゃないとしゃべることすらできないはずだ。
いや、そうじゃなくて……
凛さんの血だらけの顔をじっと見つめる。
めんどくさそうに凛さんは顔の血を手の甲で拭う。
しかし、血は後から後から流れて彼女の顔を赤く染め続けた。
「生きてる予定って……」
僕は一番引っかかったことを問う。
上空を見上げると、半壊したホテルクエンジーが満月を背負って僕達を見下ろしていた。
「ん~?だって私の本体死んじゃったし」
凛さんは逆さまのまま器用に胡座をかく。
「本体って……あなた、本当に凛さんなんですか?」
僕の知っている楠瀬凛とは少し違う気がした。
「凛じゃない、中身はレイモンドの母親」
「え………」
僕は呆けた。
「伝書鳩のあんたに皐月の魔力食べてもらおうと思ってたけど、観月を取り込んでいたとはね……まあ、あんたを無駄に傷つけずにすんだし、一か八かの賭けだったけど、きっと観月があんたの中にいなかったら私達の身体四散してたわ」
どうやっても外れそうにない力で僕の腰まわりを抱いている皐月さんはまったく動かない。
「さ、皐月さんは気を失って……」
「死んでる。あれだけ暴れたら魔力の副作用で死ぬに決まってるさ」
「………」
僕は皐月さんの髪をかきあげ、その表情を確かめる。
穏やかで、眠っているみたいに優しい顔だった。
僕の中の観月さんを見つけて安心したらしい、と凛さんが疲れたように呟いた。
「……本当の……凛さんはどこに……」
胸の奥がキリキリと痛む。
聞いたらだめだ、と思っていても嫌な予感を打ち砕きたくて……
「とっくに死んでる」
「………」
「あんた、この娘といい仲だった?やけに魂が覚えてて残響がまだうるさい……」
眉間にしわを寄せ、凛さんはこめかみを指で押した。
「凛……さん……いつ?いつ死んで………」
僕は凛さんの肩をつかむ。
「痛いっ!乱暴な子だね!」
凛さんが僕を思い切り睨み付けた。
僕は手を離した。
そんな顔を初めて見たことが、悲しいくらい嬉しかった。
でも、目の前のこの人は、凛さんじゃないのだ。
「いやだ…」
「そんなこと言ったって、この娘、ひどい怪我だったし、共有用に身体の修復するのが精一杯だったのよ」
「……観月さんは助かるって……」
僕はレイモンドさんの母親と自分の中の観月さんに向けて言う。
「……観月には処置室にこの娘が連れてこられてすぐくらいに報告したはずだけど?手遅れだって。あんたのことも聞いてたし、ババアの伝言が済んだら看取ってもらえって、それくらいの時間はあったの……」
「………」
「言っとくけど、全力で処置はしたのよ。でも、魔力が底を尽きてた。魔法使いは生命維持に魔力が欠かせないからさ……自分で魔力を生み出せなくなったら死ぬのよ」
「………」
「その様子じゃ何も知らなかったみたいね……観月の奴、看取らなくていいっておまえが言ったと報告してきたから私は共有したのに…どういうつもりだったの?」
観月さんは嘘をついていた。
レイモンドさんの母親と僕に………
どうして?
僕が凛さんを心配していたのは絶対にわかってたはずなのに……
変わったことがあったらすぐに報告してくれるって言ってたのに




