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涙をぬぐい、呼吸を整える。
『神様じゃないです』
「……じゃあ、誰なんですか?」
『……観月です』
「え?」
確かに、言われると声は観月さんだ。
「……無事だったんですね、よかった!魔法で頭の中に声を?」
死んでしまったのかと、皐月さんの怒りようから思っていた。
僕は安堵のため息をはく。
『………私は死んでしまったようです』
「……」
ため息が一瞬で凍りつく。
「……僕のせい…ですよね……」
観月さんは僕の心を読もうとして気を失った。
そして、そのまま死んでしまった……
『どうか気に病まないでください。自分自身が望んだことですから』
「え?」
『逃げるべきだった…実際、逃げることもできたんです…皐月をおいていくなんて兄として無責任だ。でも……』
いつもより低い声で、観月さんがつぶやく。
『私は抗えなかった。あなたの透明さに』
僕の透明……
疑問を抱える寸前に観月さんは僕に体感させる。
幼い皐月さんが観月さんの目の前で無自覚に奪った、たくさんの命、信じるに値しない明け透けに読みとれる他人の心。
罪の重さに、底知れず深くなる孤独…………
数秒体感させられただけでも嘔吐感が込み上げた。
暗すぎる観月さんの心の道は僕には、いや……きっと誰も生きられない。
それでも、皐月さんの笑顔が辛うじて彼を支えていたのだろう。
『その通りです。皐月は私のたった一つの支えでした……でも、最近はそれだけでは足らなくなってしまった……』
僕の目の前に赤い観月さんの幻影が現れた。
『あなたの中に私の新しい居場所を……どうか、お願いします』
「居場所、ですか?僕の中…に?」
『はい。死んだといっても私の魔力はまだ死んでいないのです』
観月さんの身体が死んで、魔力は死んでない。
それはどういうことなのだろうか?
『ねぇ、どういうことなのだろうか?ですよね』
観月さんが切り裂いたみたいに目と口の形を変えた。
彼の笑顔。
『私には一応、選択肢が与えられたのです。あなたの伝言魔法に干渉し、完全に命をおとすか、魔力だけ取り込まれ仕事を引き継ぐか……』
「仕事!?僕の仕事ですか?」
『あなたの仕事ではありません。あなたの中の仕事です。伝言魔法を管理、補給する、あなたにはできない、でも、あなたには必要不可欠な仕事です』
「………」
観月さんの幻影をただ見つめることしかできなかった。
さっぱりわからないから。
『そうでしょう…わかっていたらあなたは今のあなたではなかったはずです。素直で、誰かに不快感を抱くことすら知らない、あなたではなかった」
観月さんの言い方は少し怒っているようだった。
いつまでたっても理解できない僕に苛立っているのかな?
『違います………まったく、もうお願いしません。命令します。私を必要だと言いなさい』
「あ、は、はい……必要です」
観月さんのきっぱりとした言い方は僕の服従心を貫く。
僕の簡単すぎる返事に観月さんは呆れたように肩をすくめた。
僕は後悔していない。
これからどうなるのかわからないけれど、ホテルで初めて見た観月さんに憧れを抱いたのは僕の本当だから。
『……もう取り消しはききませんよ。これからは漏れだした伝言魔法を神様と呼ばないように、調子にのりますから』
観月さんは腕を組んで僕に諭すように言った。
「ふふ……観月さん、僕の先生みたいだ」




