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私は幸せだと思う。
何が幸せの定義かは知らないけれど、家族や友人にかこまれてつらいことも嬉しいことも分かち合ってきた。
私が笑えば父さんと母さんが笑う。
私が泣けば父さんと母さんがなぐさめてくれる。
そんな世界があたりまえだと思っていた。
別の世界なんてないんだから、私はこの世界で生きて、やがては死んでゆくのだ。
でも、私は知ってしまった。
戦争の無意味さ、閉鎖的な個々のコミュニティー、仮面をつけなければ友人とも会えない魔法の危険性………
疑問を感じたところで、何も変わりはしないのだから、私は仮面をつけ、魔法を使い、毎日を過ごす。
それでも一度持った疑問は、しこりのように私の奥にひそみ、歳を重ねるごとに大きくなっていった。
魔法医師の資格を取得すると、疑問は怒りに変化し始め、私は心を閉ざし始める。
初めての経験だった。
初めての闇だった。
自分がここにはいない感覚がつきまとう。
私はこのままではきっといけないと、戦争で傷ついた人達を敵味方関係なく治療する団体に志願した。
でも、怪我人を励ましながら、心の闇をよりいっそう意識する。
そんな自分のことが嫌いだった。
ある日、戦況が悪化してかくまってもらったコミュニティーに膨大な資料を保管している建物があった。
主に魔法文献らしく、あらゆる種類の魔法が記されていた。
私は幼い頃から本を読むのが大好きだったが、こうなってからは何を読んでも入り込めず、医学書しか手に取ることがなくなっていた。
久しぶりの本の匂いに胸がいっぱいになる。
手近の一冊を取り、ぱらぱらとめくる。
挿絵の多い魔法書で、どうやら子供向けらしく、浮遊魔術や、物を動かす移動魔術など、初歩の魔法の説明が記されていた。
私は懐かしい気持ちでその一冊を最後までめくった。
「魔法はね、使えば使うほど魔力が上がるのよ。でもね、母さんはあまり使いたくないの。凛は母さんの身体と心で育てたいの」
「母さんは魔法がきらいなの?」
「……嫌いじゃないけどね、私たちには手に余るものな気がするの」
幼い頃の記憶が不意に思い出されて奥歯を噛みしめた。
もっと魔法を使って私を育ててほしかった……
疑問なんて持たないくらい……
あの美しすぎるコミュニティーで、周りに流されない意志を持った両親の元に産まれたくなかった。
つらい…つらい…
こんな自分がしんどい……
誰にも教えられないこんな考えを持ちたくない……
他人が、仲間が、両親ですら消えてしまえと………




