53
夜空が堕ちてくる……
星が弾かれるように移動しては光を失ってゆく。
瓦屋根の平屋も塵になり、石段も地面も透明になる。
何もない白い空間に僕だけが居た。
「…………」
僕は涙を浴衣の裾で拭い、辺りを見回す。
ただ……白い、白いだけ。
キュルキュルと、何重にも音が聞こえだす。
その音は重なったりずれたりしていて、何人もの魔法使いがそれぞれに魔法を使い始めたようだ。
どぉん、と遠くで鳴り、白い空間が小刻みに揺れる。
やがて、轟音が近づき、人々の悲鳴が響きだした。
胸の奥がざわつく。
黄色い目の残像が鮮明さを取り戻して、僕は嫌な予感がした。
揺れが激しくなり、足がバランスを取れなくなった。
僕は床にしりもちをついてしまう。
どぉん!
どぉん!
音がすぐそこまで来ている。
白い空間の壁に黒い亀裂が走った。
「うっ……」
亀裂は枝分かれにこの空間すべてに行き渡り、ひび割れだらけになる。
立ち上がりたいのに、揺れてとてもじゃないが、膝さえ立てられない。
ついに亀裂の一つが外側から破られ、ぽっかりと黒い口を開けた。
たくさんの叫び声が一気に流れ込んでくる。
僕は思わず耳をふさいだ。
断末魔
命が無理やり剥ぎ取られた証。
僕は目も閉じて、暗闇に逃れた。
しかし、空気を感じることは逃れられない。
無機質なさっきまでの空気が、一気に血生臭いものに変わる。
身体が一瞬、浮いたように感じて思わず目を開けてしまった。
人が次々と落下していた。
地上へ………
僕のすぐ横の地面は存在せず、少し手を伸ばせば簡単に落ちてしまいそうだった。
上を見上げると、本物の夜空が月明かりに照らされて深い蒼をさらけだす。
あまりに大きな満月にぞっとした。
その満月に被さるように、このホテルの建物が半分、消滅している。
それぞれの階に逃げ散った人々が、右往左往しているのがここからはよく見える。
閃光がその周りを何回も飛び回っていた。
「………凛さん!」
まばゆい光の中には確かに凛さんがいた。
凛さんは逃げ惑う人々を攻撃するでもなく、魔法で攻撃されても避けるだけだった。
「凛さーん!」
僕は叫んだ。
しかし、風と魔法と叫び声で到底届きそうもない。
凛さんは旋回を止めず、攻撃の手は激しくなり、建物がまた一部崩れ落ちる。




