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いらないけれど、他の場所はない。
異世界なんてないんだから
俺はその一件から柊子とセットで同学年のほぼ全員から、居ないものとしてあつかわれた。
俺が学校を休むと柊子が家までプリントを届けに来たし、柊子が休むと俺がプリントを届ける。
二人の関わりはそんなもんだった。
ある冬、インフルエンザが流行りだし、他人と距離が遠い柊子も感染した。
俺がプリントを柊子の家の郵便受けに放り込んだその時、中から何かが落ちる大きな音がした。
俺はとっさに玄関に手をかけたが、思い直して帰ろうとした。
関係ない。
足が動かなかった……
弱々しい、助けを呼ぶ声が聞こえた気がした。
柊子の婆さんか?
俺は思いきって玄関を開ける。
鍵が壊れているのはとうに知っていた。
狭い家の中は土煙がもうもうと立ち込めて、呼吸をするたびに咳がでる。
柊子が布団の半分を天井に押し潰されて、泣いていた。
「痛いよぉ……痛いよぉ…」
柊子の髪が土をかぶり、色を変えていた。
「大丈夫か?」
俺は靴のまま上がり込み、柊子のうつむいた頭のそばにしゃがんだ。
台所部分の天井が見事に抜け落ちている。
「……誰?….」
柊子は熱で朦朧としているらしく、焦点が俺に合っていなかった。
俺はとりあえず天井をどかせようと立ち上がる。
布団の上に落ちた天井はほとんど朽ちた木材で、簡単に持ち上げられる。
二階部分の天井だが、物は何も落ちていなかった。
どうせ、床がぬけそうだったとかで使っていなかったのだろう。
「おい……おいっ…たぶんどっこも怪我してねえから」
俺は柊子の上から声をかけた。
「え……うん……痛くない」
そう言って柊子は目を閉じた。
眠ってしまったらしい。
俺は婆さんが帰ってくるまで柊子の家の前でスマホのゲームをしながら待っていた。
婆さんが帰ってきて何が起こったか知るや否や俺に何度も礼や詫びをしてきた。
柊子の心配はせずに
俺は適当に受け答えをして、その場をあとにした。
俺は数日後、インフルエンザで寝込んだ。
熱が下がっても、感染予防のためさらに数日休め、と担任から連絡があり、俺はゲームばかりしていた。
朝から寝て、夕方に起きると郵便受けの開閉の音がした。
俺はバルコニーへ急ぐ。
柊子が家の前の道を背中を見せ、帰るところだった。
「おい!」
俺の呼び声に柊子が立ち止まり振り返る。
「おい!俺がインフルエンザになったのおまえのせいだからな!」
キョロキョロと、俺の姿を探していた柊子がやっと上を向いた。
「すみませんでした」
柊子は頭を下げ、すぐまた帰ろうとする。
「待てよ!おまえのせいだって言ってんだろぉ!」
柊子が顔だけこちらを向く。
「………わたし、どうすれば……」
俺は中に入ってこいと顎をしゃくって見せた。
柊子は怯えて困るかと思っていたが、あっさりと家の方へ踵をかえす。
そんな柊子の姿を見た俺の胸の奥が息をふきかえしたように動いた。
それから、今まで柊子は俺のそばにいる。
石段をのぼりきると、この間、俺が買った浴衣を身につけた柊子が待っていた。
「似合ってねーのっ」
「……うそだ、顔がにやけてるし」
「うっせー…」
俺は口元を手で押さえながら、柊子もにやけていることに気づいて、さらににやけてしまう。
さっきまでの暗い気持ちが、今だけは心の俺の知らない場所へと姿を消した。




