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ロビーに着くと明かりがぎりぎりまでおとされていて、大勢の人達がぶつからないようゆっくりと移動したり、隅の方で談笑したりしていた。



異様な、しかし、何かを待ちわびるような雰囲気がロビーの温度を少しずつ上昇させている。



「あ、おまえはこの面をしとけよ。目が黒いのがばれたら楽しめないからな」


「……はい」


白い狐の面は薄暗い闇によく映えていた。


「私はこれだ」


スミレ様は楽しげに、恐ろしく無表情な女の面をつけた。



「こ、こわいですね」


僕も面をつけながら言った。



「ふふん。泣け、わめけ、そして謝るがよい」


「え?謝る?」


「ノリが悪いな、ちょっとはしゃいだんだよ」


すねたようにスミレ様は言い、僕の手を引いて人混みの中へ駆けた。



誰かの足を踏んでしまわないようスミレ様についていくのは至難の技だった。


履き慣れない下駄のせいだ。


カラコロと硬い床を鳴らしながらどんどん奥へと進む。


人の熱気と狭い進路に息が苦しくなり始めた頃、スミレ様が突然立ち止まった。


「もうすぐだぞ」


無表情な女の面の奥から、弾んだ声がした。



人混みの真ん中で、僕とスミレ様はしばらく佇んでいた。



「皆さま」



拡張された声がロビーに響き渡った。


レイモンドさんの声だ。


ざわついた空気がスッと引いた。



「長らくお待たせいたしました。ただいまより、九炎寺初の葬儀を執り行わさせていただきます。尚、本人の生前からのたっての希望により、通夜は九炎の寺での祭祀を再現し、祖母の旅立ちとさせていただきます。皆さまの笑顔が何よりの供養ですので、存分にお楽しみくださいませ」


ぼうっと青い炎が空中にいくつも浮かび上がった。


「では、始まりです!」


レイモンドさんの力強い声と同時に青い炎が赤く色を変えた。


わぁ!っと歓声が上がる。



人で埋め尽くされていたはずのロビーが別の場所になっていた。


どう見ても野外だ。

軒を連ねる簡素な店の明るさで、夜の空は星が消えていた。


「祖母が幼い頃の九炎の寺の境内でございます。石畳の両側に構えた屋台は射的、金魚すくい、わたあめ、焼きそば、かき氷などご用意いたしました。心行くまでお楽しみくださいませ」



ロビーに集まっていた人達は石畳の感触に戸惑っているふうだ。


僕らと同じ浴衣に下駄を履き、さまざまな面をつけている。


「いらっしゃい!いらっしゃい!焼鳥にビール、枝豆もあるよ!」


「ゆでたトウモロコシはどうですかー」


「射的に輪投げはどうだい!」



左右の屋台からは威勢のいいかけ声が次から次へと飛んでくる。


面をつけた魔法使いたちは、最初は遠慮がちに屋台に近づいて、店の人と話すうちにぎこちなさが薄くなっていった。


射的の屋台では、歓声まであがった。


「私、金魚すくいというのをやってみたい!」


僕とぼうっと突っ立っていたスミレ様が突然、飛び跳ねる。


「あっちの店だ!」


スミレ様が僕の手をぐんと引く。


大人気の射的の屋台の列をかき分け、人がまだまばらな屋台の列の前を駆け抜ける。


僕はどんどん通り過ぎるまばゆい景色に目が回りそうだった。


明るすぎる屋台の中の照明、模様が多すぎる浴衣の群れ、認知する前に横目で見やる様々な面の顔、何かが焼ける美味しそうな匂い、人々の笑い声。

遠くで笛や太鼓の音も聞こえる。



夢だと思った。




これは夢の中に違いない。



スミレ様の汗ばんだ手のひらが、それだけが現実的だった。



「あっ破けたっ」



早速、金魚すくいを始めたスミレ様が穴の開いたわっかを僕に見せて悔しがる。


「もう一度だ!」


店の人に紙がぴったり貼られたわっかをもらい、スミレ様は金魚が逃げ惑う水槽に勢いよくわっかを突っ込む。



後ろで立って見ていた僕は、不意にその場から離れる。


ふらふらと僕は歩いていたのに、スミレ様は金魚すくいに熱中していた。


屋台の通りを奥へ奥へと歩く……



知っている……



僕はこの雰囲気を知っている…



経験したことがある……




何度か誰かの肩にぶつかりながら、浮遊するように僕は祭を横切って、屋台の終点へ行き着いた。



顔を上げて、狐の面越しに見えたのは石の階段だった。



一段のぼると、僕は僕ではなくなっていた。





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