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「じゃあ…行こうか」


スミレ様はさっきまでのニヤついた顔とは裏腹に、真面目な面持ちで僕を促す。


「はい」



スミレ様の後について、また箱のような部屋に入り、今度は下に移動する。



着いた先には廊下にそっていくつも扉があり、一番近くの扉にスミレ様がトランプみたいなカードをふちについた小さな箱に半分差し込み、また取り出して扉を開ける。


「こい」


スミレ様のあとに続いて扉の向こうに行くと、ベッドと机の置いてある部屋だった。


「おまえ、風呂にはいれ、汗くさいから。着替えは用意してやる」


部屋に入ってすぐ横のドアを開けると、浴室だった。


もあっとした湯気が顔にかかる。


僕は言われるままに浴室に入り、ドアを閉めた。


バスタブには溢れそうな湯がはられて、赤い花びらが無数に浮かべられていた。


花の香りにむせそうになりながら、僕は服を脱いだ。


斬られた傷口は跡形もなく消え去っていた。傷口を縫った糸もどこにも見当たらなくなっている。



大きなタライが床に置かれており、その中に大量の泡が入っている。


シャボンの匂いで、それで身体や頭を洗うらしいとわかった。


全身を泡だらけにしながら、手で身体を洗っていると、不意にドアが開いた。


「背中を流してやろう」


当たり前のようにスミレ様がうでまくりをしながら裸足で入ってきた。


「え!?ちょっ!待って!」



泡で隠れているとはいえ、裸の僕はうろたえた。


「ん?どうした?そこの腰掛けに座れ」


スミレ様は僕の肩を両手でつかみ、タライの横の低い腰掛けに僕を押しつけた。



「あ、あの…」


僕の呼びかけを無視して、スミレ様はタライの泡を手に取り、背中を擦りだした。


「………」


諦めて、もう動かないことにした。



「…レイ様は、おまえがかわいそうでしかたないんだ」


「え?」


「魔法が使えない人間がかわいそうだと思い込んでいる」


「……」


「だから、さっきのおまえの仕事の説明も引け目を感じさせるものだった……私はつい、カッとなって使いっぱしりなんて言ってしまった……ごめん…」


「…うん」


つい、気安く返事をしてしまったが、スミレ様は特に反応しなかった。


しかし、確かにレイモンドさんは僕に、僕自身に躊躇していたかもしれない。


あの困りきった顔は、僕に困っていたのだろうか?


「おまえはあの女と旅を共にしてるのか?」


あの女…黄色い目の人のことか…


「……いえ、あの人は僕を昨日助けてくれて、いつも僕はひとりです」



「…そのわりには人馴れしているな。物も知っているようだし、どこかのコミュニティーで教育をある程度受けたのか?」


「物心ついた時にはもうひとりでした。でも、何でか色んなことを知っています。川や天然の温泉でしか身体を洗ったことしかないのに、ここが浴室で、身体を洗う場所だと理解しています。それを不思議に感じないのです。それに、読み書きや計算もできるようです」


言葉は神様と話すうちに覚えていった感覚は残っていた。


「……私は専門家ではないから、くわしくはわからないけれど、おまえがおまえであるのは依頼魔法の副作用かもしれない。本当のおまえは何も知らない人間だとしたら、必然とかじゃなくて……少しくらい知らないことがあってもしかたないんじゃないか?」


スミレ様の手が止まった。


彼女はレイモンドさんをかばっているのか、僕を慰めているのか。


背中に湯がかけられる。


隠すものが流され、僕は慌てた。


「湯に入ってゆっくりしろ」


スミレ様はそう言い残し、浴室を出ていった。

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