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ハンカチで胸元を拭きながら立ち上がると、すらっとした青年がスミレ様に抱きつかれていた。
「ああ、あなたが祖母を看取ってくれた方ですか?」
青年が僕の視線に気づき、おばあさんと同じ緑色の目をこちらに向けた。
「え、あ、は…い…」
記憶にないが、曖昧に返事をする。
「わたくし、九炎寺レイモンドと申します。亡くなった祖母、九炎寺初の孫で、このホテルクエンジーの総支配人を勤めさせてもらっています」
スミレ様をあしらい、身体から離しながらレイモンドさんは爽やかに微笑んだ。
「私の婚約者だ」
あしらわれたスミレ様が自慢気に付け足した。
「婚約者?」
「まだまだ先の話です」
首をかしげる僕にレイモンドさんは苦笑した。
「レイ様!スミレは今すぐにでも…むぐぐっ」
跳び跳ねるスミレ様の口をレイモンドさんは手でふさいだ。
色白で優しそうなのに、けっこう大胆な人だな…
「あと三時間ほどしましたら祖母の葬儀がロビーにて始まります。ぜひ、あなた様にもご出席していただきたいのですが」
「え?僕が?」
「はい、ぜひとも」
僕が戸惑っていると、スミレ様がレイモンドさんの手から逃れてこちらに走ってくる。
「おまえ!私達がおまえをどれだけ待っていたと思っている。私が九炎寺様の時を奪って何度も疲弊して…レイ様もそれは苦労したんだぞ!」
「…?」
まったく何のことやらわからない。
「いいから出席しろ!」
「スミレ、落ち着け」
レイモンドさんが低い声で言うと、スミレ様はぴったりと口を閉じた。
「申し訳ございません、あなた様には訳がわからないことでしょう。しかし、祖母の死はこのホテルの存亡に関わることでして…」
「存亡?」
「はい…このホテルは常に移動しております。時には成層圏に、または深海へ潜ることもございます。その為、勢力の大きいコミュニティーからの干渉を避けられているのですが、動力源は太陽光パネルと魔力の併用でして、祖母が魔力の大半を担っていたのです」
レイモンドさんはスミレ様の近くに歩いて行って、肩を抱いた。
「…祖母は生前からあなたの来訪を待ちわびていました。戦争のせいで、わたくしの母を身ごもってすぐに生き別れた祖父との再会を…」




