7:やっぱり白がいいです
一発食らう前に、禽を創造して、白鳥先輩の精神に介入をしよう。
きっと、出来る。私は香波濠ハカナなんだから。
意識を集中させ、頭の中で「おいで」と禽へ呼びかける。
が、禽が現れるより前に、私は解放された。
「ぅ…ぐぅ…」
白鳥先輩が頭を抱え込んでいる。苦しそうに呻いて、蹲ってしまった。
なんて良いタイミング! 命拾いした。
狂愛ルートどころか、主人公も来てないのに、先輩に絡まれて危うく死ぬ所だったよ! 危なかった!
苦しんでいる先輩を尻目に、私は内心ガッツポーズをしていた。
そもそも、こっちに害そうとしてくる人を心配する程お人良しではない。それに、この先輩の症状は、私の手に余る。
「はぁ、はぁ……こ、ここは?」
ようやく落ち着いたらしい白鳥先輩が、のろのろと起き上がり周囲を見回す。その顔には戸惑いしかなく、表情もさっきの凶悪さはなりを潜め、その上品な造形の顔に見合った戸惑い顔になっていた。
「四階東の空き教室ですよ」
「…君は?」
「通りすがりの一年です」
声色までさっきの威嚇全開の低い唸り声みたいなモノから、柔和で耳あたりのよいモノになっている。これなら、害は加えられないだろう。
「…僕はどうしてここに?」
「廊下を歩いていたら、先輩が倒れていたので、通りすがりの数人で、この教室に運んで休ませました」
我ながら、咄嗟によくこんな嘘が出たと思う。
私は不自然に強張りそうな顔をどうにか、無表情に保つ。
「それは、手間をかけさせたみたいだ。すまなかったね」
白鳥先輩が申し訳なさそうに眉を下げる。
うん、なんか先輩の周りにキラキラとしたオーラが見えるようだよ。
着崩していた制服に気が付いて、キッチリとボタンを嵌めなおしている。
さっきまでの不良とは別人だ。
と、いうか別の人格だ。
この白鳥鵠という攻略対象、二重人格なのである。
このキャラのファンは、優等生的な人格を白鳥先輩、凶暴な人格を黒鳥先輩と呼んでいた。
おっとりとした人の多い白鳥一族だが、その禽の能力はえげつない。主に人の精神を壊す幻影を見せる仕事が多いのである。
そして、人の精神を壊す幻影を見せるには……その幻影を頭の中にビジョンとして持っていなければならない。つまり、白鳥鵠は、幼い頃に見せられたお手本とする幻影によって心的外傷を負ったのだ。
ゲームの回想シーンではぼかされていたが、残酷な幻影を何千パターンも子供に見せ、それを再現させる修行だった。その上、幻影とはいえど、それはとてつもなくリアルなのである。現実と区別がつかないレベルだ。
従来の白鳥一族の者なら、おっとりとしつつその幻惑に対する耐性が高かった。
しかし、白鳥鵠の精神は耐え切れず、もう一つの人格を生み出してしまった。
それが先ほどの、凶悪な人格だ。
彼が白鳥一族の異端と呼ばれるのは、それだけが理由ではない。
彼の白鳥は……黒くなるのだ。
姿を体現させるだけならただの白鳥だが、幻惑を使用する時、その真っ白な白鳥は一気に黒へと染め上げられる。
これも能力使用時の精神の負荷の現れであり、幻惑使用時のサインだ。ゲーム攻略時も、黒くなる前に逃げろが鉄則だった。
「それじゃ、そろそろ行かなきゃならないので」
「ああ。本当にすまなかったね」
「いえ」
「後日に礼をしたい。クラスと名前は?」
「そんな事気にしないでください」
人格が入れ替わっている間、優等生な先輩に記憶はない。
彼からすれば、気づけば見知らぬ空き教室に居て、見知らぬ後輩に助けて貰ったと認識されている筈だ。
しかし、わざわざ礼をしたい、なんて丁寧な事だ。さすが裕福な家の優等生。
この学園に通っている者は、私のような存在を除いては大体が程ほどに裕福な家庭出身が多い。が、禽の一族に属する者達はその中でも群を抜いていた。
古からの特殊能力で権力者に重宝される一族、自身が権力を握った一族、と歴史も古いだけあって格が違う。
まぁ、前世庶民の私からすればめんどくさそう、の一言に尽きるけどね。
「じゃ、急ぐので。後でちゃんと保健室行ってくださいね」
まだ何か言いたそうな先輩を振り切って空き教室を出る。
あ~、危なかった。
教室を出て、図書室にたどり着いた途端、昼休み終了のチャイムが鳴った。ああ、ガッデム。
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白鳥 鵠
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