6:私は壁だ! 壁になりきるんだ!
鶴織に抱き枕にされる、という事件から一夜経った。
私の頭はいい具合にクールになり、こう結論を出した。
鶴織が私(百合な攻略対象)にヤンデレな感情を向ける事はない。
なにせ、私は主人公ではないし、学園では男子で通っている。男子相手に恋愛も何もないだろう。それに、私の事も知らない筈だ。同じ一年だが、クラスも違うし、今まで校内で遭遇した事もない。
つまり、私はまだ安全だ。
主人公が現れないせいで、たまたま起こったイベントに巻き込まれただけだ。
これからは、イベントに巻き込まれないように慎重に行動しよう。
と、思った矢先、
私は、愕然とした。
「ねぇねぇ聞いた!? 昨日の昼休み」
「聞いたよ! あたしも生で見たかったなぁ~」
「鴉渡君、すっごくカッコ良かったんだから! 香波濠君のケガした指を舐めてあげてさ!」
……鴉渡との噂が、広まっていた。
私は現在、昼休みで購買部に行く途中、女子集団の会話を盗み聞いてしまった。
思わず私は彼女達から見えない廊下の曲がり角に隠れた。
「で、お姫様ダッコしてさ、そのまま保健室に直行!」
あの現場を見ていた女子生徒の語りに、他の女の子の歓声がヒートアップする。大喜びだ。
君達はあれか、腐った女子なのか。普通、見目のいいといっても男同士でケガをしていた指を舐めたり、お姫様だっこなんてしたらドン引きなんじゃないのか。
うう…居た堪れない。胃がキリキリしてきた。おい、この体、ストレスに弱過ぎるだろう。なんかもう、お昼食べる気しないよ。
食べたかったな…BLTサンド。…
購買部の美味しいサンドイッチに思いを馳せながら、私はひたすら壁と同化した。ええい、早く去ってくれ女子達よ!
そこに止まられると、目的地の図書館へと行けないんだ!
しかし、女子達は立ち止まって話し続けている。
と、思ったら、何やら静まり返っている。いや、小声で話しているぞ。
耳をすませる。
「ああ…いつ見ても帝王って素敵よね」
あ、うん、聞かなきゃよかった。
どうやら女子達の近くを帝王こと、鷹宮寺が通りがかっているらしい。
ただでさえ敵対していた一族の次期長とされる人物だ。近くに寄るだけでも命の危機だ。
私は壁、私は壁、と自分に言い聞かせ、息を殺し様子を伺う。気分は忍者だ。
足音が聞こえる。どうやら女子生徒のいる廊下を真っ直ぐ歩いているようだ。
私がいるのは廊下の曲がった所。その上こちらの通路には空き教室しかない。こちらに来る事はないだろう。
カツンという足音に、心臓がバクバクする。
いっそ、空き教室にでも逃げ込もうか。でもな、ドアの開閉音が結構響きそうな気もしてきた。…
また、カツン、カツン、と音が近くなる。
いや、いっそ、一般生徒ですよって顔で出て行けばいいのではないか?
鷹宮寺は、こちらの顔なんて知らないだろう。うん、それがいい。
そう思い、私が足を踏み出そうとした途端、ガラリ、と斜め左後ろの空き教室のドアが開いた。
「ああ? お前、何してるんだ?」
真っ直ぐな長い純白の髪をハーフアップにした、先輩が現れました。
空き教室で、なぜか攻略対象と対峙しています。
「で、テメーなにこそこそ嗅ぎ回ってやがった?」
ああん? と凄んでいらっしゃるのは、攻略対象の二年生。
白鳥一族の異端児、白鳥鵠。
長い純白の髪をハーフアップに纏め、制服はラフに着崩している。一見、整った顔立ちは柔和で上品な印象を与えているが、この言動で台無しである。スッと通った涼しげな目尻のマリーゴルド色の瞳も、ギッとこちらを睨んでいます。
「嗅ぎ回ってなどいない」
私は内心、お家帰りたい…と思いつつハカナらしい受け答えをした。
それが気に食わかないのか、ガンッと白鳥先輩が近くの机を蹴る。ヒィィ!
「じゃあ、なんで、こんな空き教室しかねぇ廊下にいたんだぁ?」
「偶然だ」
病弱設定らしく、持病の癪がとでも言ってやろうかと思ったが、ハカナはあまりそういう答えはしないなと思い直す。病弱でありつつも、あまり他人に弱味を見せたくない損な性格だ。
取りあえず、睨んでくる白鳥先輩の目を真っ直ぐ見据えた。
「……テメー」
白鳥先輩が何か言いかけて、けれど口を噤んだ。
「こないだボコった奴らの手下じゃねぇのかよ」
ブツブツと小声で呟いてるけど、聞こえてますよ。
この白鳥先輩は、おっとりとして上品だと言われている白鳥一族の中では、珍しく攻撃的な一面があるキャラだ。
露悪的で、喧嘩が大好き、人を傷つける事に罪悪感がない。そんな一面を持っている。しかし、学園内の評判は、おっとりとして品行方正な生徒とされている。
私は前世、このキャラを攻略中に、まさかこいつは禽の能力を使用して学園生活を満喫しているのではないかとさえ疑ったものだった。
白鳥の能力は、幻惑。
人々に幻を見せる事が出来る。美しい幻も、醜い幻も、人々の心を壊してしまうような恐ろしい幻さえ、思いのままだ。
だから、幻惑で自分に都合のいい幻を見せ、学園の皆を騙しているのかと疑った。しかしゲームを進めていく内に、意外な事実に突き当たった。
そんな事を思い返していると、突然、私の胸倉が掴まれる。
「まぁいいか。全部ボコっちまえば」
何やらブツブツ呟いていた白鳥先輩が、結論を出したらしい。というか、その結論はどうなんだ。
「こんな時も怯まねぇのか。なかなか肝の据わった奴だぜ」
長身の白鳥先輩と、百六十六センチの私。勝敗は戦わずして解る。
まずい。先輩は楽しそうに顔を歪めている。もうボコボコのボコ! ってくらい痛めつける気満々だ。
一発ぐらいなら我慢出来るだろうが、多分、病院に送るくらいは痛めつけるだろう。常人で病院送りなら、病弱な私では死ぬかもしれない。
緊急事態だ。禽を使うしかない。
私は、意識を集中させようと目を閉じた。
ハカナは一晩経つと、クールになりますが、楽天的にもなります。
先輩のキャラ紹介は、また後日に更新します。