5:鶴は優しい夢を見る
鶴織視点の話です。
また眠れんかった。
朝が来る度、しんどいわ。
俺はのろりとベッドから起き上がって、学校に行く支度をする。今日もまたつまんない一日が始まるんやろな。
学校で退屈な授業受けて、女の子らにちょっかい出して男らに睨まれたり、センセに呼び出されて説教されたり、んで、たまに家の仕事手伝わされたり。
ああ、退屈でしょうがないわ。
お昼食べたらやっと、眠れそうやったんで、保健室に向かった。
いつも通りに梟のトコの保険医がペラペラ本を読んどる。何が面白いんか解らんわ。
「センセー、ベッド空いとる?」
「……右端以外ならいーよ」
声を掛けてんのにこちらを見ようともせえへん。俺も別に見てほしいわけやないんやけど。
取りあえず右から二個目のベッドに横になる。
せやけど、全然寝付けん。
「あ~、こんなん寝れんし」
バタバタと手足をバタつかせても、全然ねむない。
俺は起き上がって、隣のカーテンを開いた。
お、当たりやな。
隣のベッドに横になっとる子、かわいらし。
布団から見えるのは頭だけで、目はつむっとるけど、顔立ちは十分解る。
隣のベッドに移って、その子の上に覆いかぶさった途端、つむっとった瞳が開いた。
なんで?
この子、なんでそんなかわええ目しとるん?
真っ直ぐで真っ黒な髪とお揃いの、真っ黒い、意思の強そうな凛とした瞳。
ああ、ええな。
「なぁ、抱き枕探してんのやけど」
「は?」
「抱き心地、試さして?」
俺は眠れんでしんどい時、女の子を抱き枕にしてみる事にしとる。それで眠れる時もあるんやけど、駄目な時はかけらも眠れへん。
今日はこの子で試さして貰うわ。
別にいやらし意味での抱き枕やないから、堪忍してなぁ。人助けやから。
抱きしめて布団に入ると、猛烈に抵抗された。
「は、離せぇえええええっ」
「お? 見かけによらず案外力あるんや。それになんや、抱き心地ええなぁ~」
ぎゅう、と抱きしめる。ああ、ええな。温くて柔らかい。それに何や、俺の腕の中、しっくり来る感じや。…そない暴れんでもええやろ。
「あ…ぐ…」
「自分、諦め時が肝心やよ。……って、あれ?」
ヤバ。力入れ過ぎとった。
この女の子、意識ないやん。おし、息はあるな。
……大人しゅうなったから、ええか。
この子で眠れるんか解らんけど、試させてや。
ほんま、堪忍なぁ。
なんや、バタバタ音がする。
そう思って目を開いた瞬間、自分が寝ていた事にたまげたわ。
久しぶりの眠気の伴った目覚め。
「あれ…? 俺、寝てたん?」
周囲を見渡すとカーテンに掴まっとる子がおる。この子のお蔭で、久々にまともな睡眠が取れたわ。
「君、優秀な抱き枕なんやな」
久々にちゃんと寝れたわ、と苦笑しつつ、ベッドから落ちそうになっとる子に近づく。
きっと、この子なら、また、俺を眠らせてくれるんやないかな。
なんや解らんけど、自然とそう思とった。
「なぁ、これから、ずっと俺の抱き枕になってくれへん?」
「!!」
抱き締めると、彼女の体が強張るんが解る。
「は、は、は、離せえぇええ」
「うわっ」
思いがけない抵抗にあって、腕の中が空っぽになる。眠気が一気に霧散してしもうたわ。
はぁはぁと荒い息のまま、ベッドの端で俺と距離を取った彼女が、こっちを睨みつけとる。
―――あの、凛とした瞳で。
あかん。なんやこれ。口が勝手にニヤける。
「君、ええな」
俺が言うと、彼女は、なぜか睨むのを止めてしまう。残念やな。
しかし、彼女が視線をちらちらあちこち彷徨わせて、頭を抱え込んだ。
「う…」
「うん? どうしたん?」
髪を掻き毟っとる彼女に、なるべく優しゅう問い掛ける。
けど、
「ゲホッ…ゥ」
「大丈夫か?」
なんや、急に咳き込んどる。どないしたんやろ?
背中トントンしとると、段々落ち着いて来たみたいや。えかった。
この子見るからに肌も白いし、どっか病弱そうな雰囲気やしな……難儀やなぁ。
お、やっとこっち見たで。
「触るな」
さっきより声、低いな。俺はさっきの高い声のがええんやけど。
お、なんや目つきもさっきより、キツイ……?
「不快だ」
なんやこの子、俺と似た匂いがするわ。
さっきの顔と、今の顔、違い過ぎるやろ。あかん。そんなバレバレな仮面、意味なんてないんよ。
そのままベッドから降りて走り去ろうとするあの子に、
「……君、さっきとキャラ違いすぎやない」
と、俺が思わず言うてしまったのはしょうがおへん事や。
あの子は一瞬、身を強張らせたんやけど、行ってしもうた。せわしない子やったな。さいなら。
……俺も、そろそろ授業に戻らな。
ベッドから立ち上がって保健室を出ようとすると、珍しく梟のトコの保険医が、本を置いて声を掛けてきおった。
「ウチに来る病人を毒牙にかけちゃダメだよ~」
「俺かて眠れんで緊急事態やったんよ」
「……だからって、男子生徒にまで手を出しちゃ可哀想だぞ」
「はぁ?」
俺、いつ、男になんぞ、手出した?
今まで遊んだ子らは全部女の子だし、俺、女の子好きやで。
「男なんぞ、手出した事ないわ」
「だったら、さっき出て行った子は?」
「……えっ」
「……んん?」
思い返す、先ほどのせわしない彼女の後姿。揺れるショートカットの黒髪。ブレザーに包まれた華奢な背中。ズボンに包まれた走り去る細い足。……ズボン?
「ええええぇ!? あの子、男ぉ!?」
「阿呆~」
抱き枕にした時は温くて柔らかくていい匂いやった。でも、胸の存在感は、ほぼ感じられんかった。
「……あんまりや」
がくり、と項垂れる俺に梟のトコの保険医はそういえば、と話を変えた。こんなに話を続けるんのも珍しいんやけど、もう少しそっとしとけへんの?
「お前の所の長から、お前の素行について、伝言貰ってたんだよ」
あ~。テンション更にガタ落ちやわ。泣きっ面に蜂ってまさにこの事やで。
「女と遊ぶのはいいが、少し控えろ、問題起こすな、だって。従わない場合は“声”を聴かせるって。怖いねぇ~」
「やっぱ容赦ないわぁ。うちの長。俺かて自分の禽の声でさえ恐ろしいモン持っとると思うんに……長の禽なんて、効力が半端ないわぁ」
「操り人形になりたくなかったら、改めなよ~」
脳裏に勝手に浮かんでくる長の顔。それに、その母親。
ああ、嫌や。思い出すのも気分悪うなる。
嫌な記憶ばかりや。
……今夜はもう眠れなそうや。
最近、付きおうてくれる女の子らも、抱き枕としてはいまいちや。どないしよう。
今日みたいに、優しくて温かい夢、見せてくれる抱き枕なんて、なかなかおらんし。
もう、さっきの男の子でもええか?
別にやらし事するわけでもないし。ただ、抱き枕にするだけやし。
「センセー。さっきの子の名前、教えてくれへん?」
「教えな~い」
梟のトコの保険医はもう本に目を戻していて、何度聞いてもいけずな答えしかくれへん。
しょうがおへん。自力で探すわ。
あんな綺麗な子やし、すぐ見つかるやろ。
しばらくは女の子らと遊ぶの控えよ。あの子さえ、うん、と頷いてくれれば、抱き枕にする女の子を探す必要なくなるしな。長の警告にも従った事になるやろ。
……もし、見つけたあの子が、うん、と言ってくれなかったら。
そうしたら、悪いんやけど、使うしかないよなぁ。
俺の禽、鶴を呼び出して、その一声を聞かせるしかないわ。
もし、そうなったらほんま堪忍なぁ。悪いようにはせぇへんから。ただ、ちょっと俺の抱き枕になってもらうだけやから。完全な操り人形になんて、せぇへんから。大丈夫やよ。
ほんま、堪忍なぁ。……
キャラ紹介に
鶴織 哭羽
を追加しました。




