3:そういえば私は病弱美少年(男装)キャラだった
※エセ方言注意。
この乙女ゲーム、もちろん保健室にも攻略対象がいるのだ。
「先生、こいつ診てください」
「ちょっとだけ待ってて」
本を片手にひらひらと手をふる白衣のメガネで、スカイグレイの長髪男。それがこの保健室の主、梟首知多だ。
名の通り、梟の一族の所属で、その上こいつは天翼学園の理事長の孫でもある。特殊能力は、相手の知識を吸い取る事が出来る。梟の一族はその性質ゆえか、妙に知識欲が多い奴ばかりだ。次期梟の長と目されているこいつも、その例に漏れない。いや、他の梟より酷かった。
その上、こいつはヤンデレ化すると主人公について知らない事があるのが許せないと言い出し、しまいには細胞のチェックから、解剖にまで及んだ上クローンまで作ってしまうのである。マッドサイエンティストか。
つか保険医がクローン作製ってこの世界どうなってるんですか、ゲーム製作者さんよぉ。
「先生、血出てるんです。早く」
鴉渡が素早く梟首から本を奪う。梟首は口を尖らせぶつぶつ言いつつ、私の指を消毒し、絆創膏を貼ってくれる。
「終わったから本、返してよ~」
鴉渡が本を返してやると、すぐ梟首が貪るように読み始める。本当、人に興味ないな。
ちなみにゲーム本編でも梟首ルートの初期は主人公に興味がなくて、本や知識ばかり優先されて攻略に苛立ったような。…
「本当にすまなかった」
鴉渡が頭を下げる。
サラリと艶やかな髪が流れた。程よく日焼けした肌、意思の強そうな黒い瞳。黒髪黒眼、と私とちょっとキャラが被っている(しかし私は身長が低く色白だからまぁセーフ)。しかし、口数少ないところまでは共通しているが、私のはツンツン毒舌。鴉渡のは実直というか純朴な感じだ。
この鴉渡も苗字の通り、鴉の一族の者だ。能力は対象物への内部からの発炎と、禽と禽との会話。この禽同士の会話は鴉の一族のみの能力だ。やっぱ鴉は群れの力が強いせいだろうか。
この一見、健康的でやや純朴な美少年も、ヤンデレ化すると怖い。二人だけの巣へ籠ろうとか言い出して、主人公を監禁。キラキラした飾り物で主人公を飾っていた。やっぱ鴉だから光物が好きなんだろうなぁ。…
「どうした? どこか痛むか?」
心配そうに顔を覗き込まれて、私は慌てて平気だと呟いた。
「なら、いいが…」
鴉渡はなんだか釈然としない、といった表情だったが、私は座らされていた椅子から立ち上がる。
長居は無用。
一刻も早く教室に戻らなければ。
勢い込んで歩き出したのが悪かったのか、
「!!」
ガクンッと足元が崩れた。
――――転ぶ!
「っ!」
耳元でため息と低いうめき声。
私は閉じていた目を開いた。
「無理はするな」
なんと、私、鴉渡に抱きしめられてました。
「す、すまない……」
そうだった。香波濠ハカナの体は病弱だった。つい前世の健康体のような気持ちで動いてしまったけれど、すぐ貧血や発熱にダウンする体だった。
「どこか具合が悪いのか?」
それにしても、何この密着具合。
ブレザー越しに感じるがっしりとした腕、体温、それになんか爽やかないい匂いがする。……さすが乙女ゲームの攻略対象だ!
さっきだって抱き上げられたけど、イベントの事で頭がいっぱいだったせいか、こんなの意識せずに済んだんだよ!
しかも、これはゲームにはなかった展開だよね!? 主人公をお姫様だっこで保健室に連れて行くだけだったよね!?
私は内心ぐるぐると焦りながら、口を開く。
「ただの貧血だ。少しすれば治…っえ!?」
話終える前に、グイッと腕を引かれた。
おいおい、人の話は最後まで聞きましょうってお母さんに習わなかったのか!?
ズンズンと鴉渡が保健室の一角へと私を引っ張る。
シャッと白いカーテンが開かれた。
「寝てろ」
ガバッと掛布団がめくられ、ベッドへと私が押し込められる。
「体調悪いのにすまなかった…」
それだけぽつりと零して鴉渡は去って行った。うっかり私はときめきかけていたが、我に返った。
いけない! なんかぶっきらぼうに謝罪されて、心配されても、アレはダメ。鴉渡は春山小鳥に恋をした上、一歩間違うだけで監禁しちゃうような男だ。
…しかし、彼が私をここに寝かせてくれてよかった。
これで次にくるイベントを回避出来るだろう。
私がホッとため息を吐くと同時に、ガラッと保健室のドアが開く音がした。
「センセー、ベッド空いとる?」
イベントが来た。
「……右端以外ならいーよ」
パラリとページをめくる音に混じって梟首が呟く。それに返事をせずに保健室に入ってきた人物は、私の左のベッドへと潜り込んだようだ。
見えないけれど、そこに寝ている人物を私は知っている。
鶴織哭羽。
鶴の禽を操る攻略対象だ。
ゲーム内では主人公がケガをして鴉渡に保健室に連れてこられ、彼が去った後、サボりにきた一年、鶴織哭羽と遭遇する。
全体的に胡散臭い雰囲気の鶴織に絡まれ、エセ京都弁で添い寝しろと囁かれるイベントだった筈だ。
そしてこのイベント、実はそれの対応によって鶴織が病むかどうかの分岐点その一でもある。(ちなみにこの分岐点はイベント毎あった)
一緒に寝ると答えると冗談だ、いい気になるなと嘲笑われ、断固断るを選ぶと強引にベッドまで引きずり込まれ抱き枕にされる。なかなかどっちに転んでも嫌なイベントだ。
こういうイベントやバッドエンドを思い出す度に、本当、主人公に生まれなくてよかったなぁ~と思う。
もし、主人公と出会ったら、私だけはゲームのような事はすまいと思う。いや、別にヤンデレの素質はないだから殺し殺され的な展開は皆無なのだけど。もし、この世界で彼女に出会えたら、労りの心で接したい。……ヤンデレに巻き込まれない範囲で。
そんなどうでもいい事を考えていると、隣で激しく寝返りを打ったのかベッドが軋む音がした。
「あ~、こんなん寝れんし」
バタバタと手足をバタつかせているような音がして、シャッとカーテンが開かれた、と思ったら目前に顔。
やや垂れ目がちな赤い瞳に、根本から黒のグラデーションのかかった暗い赤の髪。左の目じりの下にある泣きぼくろが色っぽいですね……って、え!?
「なぁ、抱き枕探してんのやけど」
「は?」
「抱き心地、試さして?」
う、うぎゃああああああ!!
いきなり、こちらに覆い被さった鶴織は、がばりと私を抱きしめやがったんです!!
こ、これはセクハラだ。いや、まて、私は一応、男子という事になっているから……お、恐ろしい噂が生まれてしまうぞ。って、その時は私も道連れじゃねーか!!
「は、離せぇえええええっ」
「お? 見かけによらず案外力あるんや。それになんや、抱き心地ええなぁ~」
ぎゅう、と抱きしめる力が増えた。痛い。ギブギブ。息苦しい。なんか視界もぼやけてきた。
「あ…ぐ…」
「自分、諦め時が肝心やよ。……って、あれ?」
奴が力を緩めた時には、私は酸欠で意識が飛び始めてました。
キャラ紹介に
梟首 知多
を追加しました。
もう一人については後日足そうと思います。