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29:ゲームが欲しいんです


久々すぎる更新です。

本当すいません。…




 図書館に通う事を止めた私は、暇だった。

 暇だったら勉強をすればいいと思って、夏休みの課題を進めていたらだんだん飽きてきた。

 やり掛けの課題を放りだして、ゴロンとフローリングに転がる。自分の部屋の天井をぼんやりと眺めていたら、ふいにとある欲求に襲われた。


「ゲーム…したい」


 ポツリ、と零した独り言。

 即座に私は立ち上がり、財布を掴むと自室に鍵をかけて、寮を飛び出した。

 寮を出る時も、今日は鶴織に遭遇せずになんだか幸先がいい感じだ。今日は曇りで、夏にしては気温も程ほどだし、これならいつもより動き回れそうだ。

 よっしゃ~と思いながら、近くの駅前を目指す。あの辺は店も多いし、ゲーム屋の一軒くらいあるだろう。

 私は久々にウキウキとした気分で、駅前のATMでお金を下ろした。毎月の生活費とお小遣いは、百舌鳥が私の両親の遺産から入金してくれている。前世の記憶を取り戻す前のハカナは、ほぼこのお小遣いを利用する事はなく口座に入れたままだ。これならゲーム機本体とゲーム数本買っても平気だろう。

 ATMを出て、きょろきょろとゲーム屋を探す。

 あっちは服で、こっちは電気屋、本屋も気になるけどまた今度にしよう。ああ、早く見つけたい。

 早くゲームがしたい。

 なんで、今まで忘れていられたんだろう。

 そうだよ。私はゲーマだ。

 前世での私の部屋はゲーム機だらけだった。ゲームをしない日などなかった。パズルゲームやRPG、アクション、シミュレーション、どれも好きだった。けれども、その中でも断トツに嵌ったのはやはり乙女ゲームだった。心ときめく綺麗な絵、声優さんの魅力的なボイス、切ないシナリオ、可愛らしい主人公。もともと少女マンガなどが好きであっただけあって、ゲームと少女マンガが合体したような乙女ゲームにはどっぷり浸かってしまった。前世でも、死ぬ間際までやるくらいに大好きだった。

 この「諷禽乱舞(フウキンランブ)~禽の末裔~」こそが、私の前世での最後にプレイしたゲームだ。

 あれ以来、ゲームをしていなかったなんて。

 前世の記憶を取り戻して混乱していて、目の前の事にいっぱいいっぱいだったからといって、なんたる事だろう!

 これだけゲームをしないで過ごしたなんて、初めてだ!

 気づいてしまえば、禁断症状の様に私は目を血走らせそうな勢いで駅前の店をチェックした。

 しかし、ゲーム屋はまだ見つからない。

 駅前の店が多い通りを抜ける。大きな建物がいくつか見えた。どうやら市役所らしい。その隣が市の会館ホールらしい。今日は何か催し物があるのか、大きな看板が出ている。

 そこには大きな文字で、こう、書かれていた。

天翼学園絃楽部コンサート。


「……あれ?」


 天翼学園絃楽部って、うちの学校の部だよね。

 絃楽部ってヴァイオリンとかヴィラとかチェロとかそういうのだよね。

 というか、あの天翼学園絃楽部コンサートって文字見た事あるよね。

 ああああ! あれだ!

 パッと脳裏で記憶が繋がった。

 白鳥先輩がくれたチラシに確か、夏休みに学園の近くで無料の天翼学園絃楽部コンサートがあるって書いてあった!

 あの後部屋に戻ってチラシは丸めてポイッしちゃったから、日付も場所も全く覚えていなかったけど、今日だったんだ。

 ……帰ろう。

 ゲームはまた明日にしよう。ここは三十六計逃げるにしかず、だ。さっさと攻略対象に遭遇する前に逃げよう。


「香波濠君! 来てくれたんだね」


 この場を去る前に、ポンッと軽く肩を叩かれる。

 振り向けば、制服を着た白鳥先輩が爽やかな微笑を浮かべて立っていた。





「…いいんですか、部外者の僕がここにいて」


「さすがに本番直前は無理だろうけど、まだリハーサル前だから大丈夫だよ」


 白鳥先輩に連行されて、私は会館ホールの控室に来ていた。他の絃楽部の部員さん達に軽く会釈をする。部員さん達も会釈で返してくれたが、その目はなぜ、こんな所に部外者がいるのだろうと語っていた。私以外にも部員ではない天翼学園の生徒やら保護者やらが来ていたが、彼らは普段からこの部の応援などをしているのだろう。馴染んだ雰囲気の中、異質なのは私だけだった。

 だって、しょうがないないじゃないか。

 あんな爽やかな笑顔で「来てくれたんだ」とか言われたら、通りすがりです、なんて言えやしないよ。サンタを信じる子供に現実を教える様な所業、出来やしないよ。…

 

「先輩、もしかして香波濠君、うちの部に興味あるんですか?」


 私が所在なさげにしていると、白鳥先輩にそっと話しかける女子生徒がいた。


「今日は僕が彼を誘ってみたんだ。興味を持ってくれたら、入ってくれるかもしれないね」


 女子生徒の問いに、白鳥先輩はマリーゴールド色の瞳を細め朗らかにこちらを見た。なんて優しげな優等生スマイル。画面越しだったら、ときめいたんだけどな。

 しかし、この部の勧誘は断らせて貰おう。

 音楽を聞くのは好きだが、奏でるのにはあまり興味がないし、こんな中途半端な時期に入部してもズブの素人では皆についてはいけない。


「……僕、手先はあまり器用ではないので」


「それは残念だね」


「私だって不器用だけど、練習すれば上手く動けるようになるよ?」


 私の当たり障りのない断りに白鳥先輩はそうか、と頷いてくれたが女子生徒は大丈夫だって、となぜか励まされた。


「ともかく練習あるのみだよ。どう、入ってみない?」


 女子生徒の問いに私は首を振った。


「絶対、香波濠君なら大丈夫だって、なんなら私、練習付き合うし、一から十まで教えてあげちゃうからさぁ」


 私はまた首を振る。

 いや、何を根拠に大丈夫とか太鼓判おしてくれてるの。それに一から十まで、とか自分で言って自分で頬を染めないでください。あなたは男子中学生ですか。

 ……ああ、イラッとしてきた。


「香波濠君がヴァイオリンとか弾いたら、きっと皆うっとりしちゃうと思うのになぁ~」


 断ったのに、女子生徒はまだまだ私への勧誘を諦めらない様子だ。

 そりゃ、乙女ゲームの攻略対象でもあるハカナの外見ならヴァイオリンは似合うだろう。しかし、楽器は容姿で弾くわけじゃない。見た目が良かろうと、残念な演奏だったら散々だろう。この女子も奏者なんだから、そういう事ぐらい解るだろうに。

 私はしつこい勧誘に首を振りつつ、そろそろ、ハカナ本来のツンツン毒舌でも繰り出してやろうかと思った。

 が、その前に白鳥先輩が私を呼んだ。


「香波濠君、喉乾かない?」


 先輩からのこの一言は要約すると、「飲み物買って来い」って事ですね。OK。この悪徳勧誘から逃れる為ならパシりぐらい軽いです!


「……そういえば、そうですね。僕、ちょっと買ってきます」


「済まないね。自販機はロビーの隅にあるから」


 はい、と頷き控室を出る。廊下に出れば、控室より冷房の効きが悪いのか若干むっとする空気が身体に纏わりつく。そのままドアに持たれて、ふぅとため息を吐いた。その時、控室の話声が漏れ聞こえてしまった。


「も~せっかく楽しくお喋りしてたのに。先輩ったら、そんなに喉乾いたんですかぁ?」


 さっきの女子生徒が拗ねているらしい。

 おいおい。どこが楽しくお喋りしてたんだよ。しつこい勧誘をひたすら断ってただけだよ。


「済まないね」


 白鳥先輩は軽く謝っていた。女子生徒のしつこい勧誘から私を遠ざける為に、私をパシらせたんだろう。その為に、今度は白鳥先輩が女子生徒にしつこく絡まれてる。うう…身代わり地蔵様様だ。

 私は廊下を離れ、ロビーの自販機でミネラルウォーターを自分用に買った。次に特に飲み物のリクエストのなかった白鳥先輩の飲み物を選ぶ。


「先輩には何がいいかな…あ、これにしよ」


 レモンティーがあったので、迷わず決定。

 確か、ゲーム内で白鳥先輩が疲れた時によく飲むのがこれだった筈。身代わり地蔵様に、感謝として供物を捧げよう。手は心の中で合わせます。な~む~。

 二本ペットボトルを抱えて戻ろうとすると、ロビーで見覚えのある人物とすれ違った。見覚えがあるといっても、前世での記憶でだけど。

 淡い黄色のサマースーツに身を包んだ純白の髪の女性……白鳥先輩のお母さんが、颯爽とロビーを横切り会館から出て行った。

 白鳥先輩のお母さんは、白鳥先輩のルートで重要な役目を持ったキャラクターだ。

 ルート中盤で文化祭での演奏前に、スランプ気味先輩に部活を辞めるように一方的に通告して去って行く、それを偶然聞いてしまうというイベントだった。ただでさえ、スランプで不安定だった先輩に、何の役にも立たないヴァイオリンをする暇があるなら一族の役に立つ事に時間を使え、と命じた。あのイベントの会話を思い出すに、多分、それまで何度も同じ事を言われていたらしい。そして、あれが最終通告だ、とも言っていた。

 と、なると今日も先輩に部活を辞める様に言いに来たのだろう。

 ……忙しいのにご苦労な事だなぁ。

 しかし、先輩のお母さんがここにいたという事は、先輩は凹んでいるのだろう。

 そろり、と控室に向かうと、廊下で壁に寄り掛かって目を瞑る先輩を見つけた。

 さて、どうしよう。

 ゲーム内では、文化祭前に凹んでいる先輩に二つの選択肢があった。

 その一、何も聞かずに演奏を楽しみにしていると告げる。この選択は、狂愛ルートに入る。誰にも悩みを打ち明けられずに、スランプに陥った先輩は段々、もう一つの凶暴な人格が出ている時間が増えていく。自身も記憶のない時間が増えたのに気づき恐慌状態になり、母親を殺害後、二つの人格で主人公を奪い合い、幻惑で縛り付けか、主人公と無理心中する。

 そのニ、事情を聴き出し、応援する。この選択は純愛ルートだ。主人公に励まされた先輩は、スランプを克服し自信をつけ二つの人格は互いを認め合う。それから白鳥一族を出奔し、主人公と人生を歩む。

 今は、ゲームのイベントではない。

 私は会話を偶然聞いてもいないし、そもそも主人公ですらない。

 しかし、見るからに凹んでいる白鳥先を放置していていいものかと思う。

 多分、これは、先輩が病む前段階なのだ。

 今日の事を見るに、白鳥先輩の母親は何度もこういう事をしてきたのだろう。演奏の前に現れ、先輩にプレッシャーを掛けていく。その繰り返し。ゲーム内のイベントではちょうどスランプと重なり、先輩の不安定さの決定打となってしまった。

 病気だって初期に手を打つ方が治る可能性が高い。先輩の病みだって、今の内に少し何かしておくだけでも違うかもしれない。

 先輩が不安定になったのは、悩みを誰にも言えなかったからだ。


「先輩」


 声を掛けると、瞼が開く。ハッとしてマリーゴールド色の瞳がこちらを見下ろした。


「お疲れみたいですね」


「……ちょっと緊張しているみたいでね」


 ふぅと先輩がため息を吐く。形の良い純白の眉が寄せられた。美形の憂い顔って絵になるなぁ。

 って、このままの流れだとゲーム内での選択その一と同じになっちゃうな。

 しかし選択そのニで事情を聞き出すのは、まだ数回しか会っていない後輩では無理だろう。そもそもあれは主人公だからこそ、白鳥先輩も心を開いて話してくれたのだ。

 なら、私に今出来る最善の病みへの防止策は一つ。


「何を悩んでるか解らないですけど、あまり抱え込まないでくださいね」


「…! 香波濠君っ」


 これなら事情を聞き出さないが、白鳥先輩が悩んでいるのを励ましているという形になる第三の選択だ。イベントにあった分岐のどっちも選ばずにいるから、多分、ゲームの本筋を大きく変える事もないだろう。


「これでも飲んで、一息吐いてください」


 どうぞ、とレモンティーを差し出す。

 

「……ありがとう」


 レモンティーを差し出せば、白鳥先輩がちょっと目を瞠った後、ふわっと微笑した。優等生的な笑みとは違う、リラックスした様な顔だ。普段の笑顔のより、こっちの方がいいね。ゲーム内でも、この表情は結構レアだったなぁ。確か気を許した相手にしか、見せない顔だった筈。ゲーム内では、白鳥先輩の純愛ルートでの文化祭での演奏後に会いに行くと見れた表情だった。

 ……あれ?

 なんでそんな顔を私(百合な攻略対象)が見れているの?

 まだ会って数回目だよね?

 なんで文化祭とか、ルートの中盤で出る表情が見れているんだろ。

 ああ、そうか。きっとあの女子生徒や母親とのやりとりで疲れてて、その後好きなレモンティーを出されたから、うっかりあの表情が出ちゃったんだよね。

 美味しそうにレモンティーを飲む先輩を横目に、私もペットボトルの蓋を開け、ミネラルウオォーターを飲む。うん、冷たくておいしい。

 しばらくそうしていると、控室から白鳥先輩を呼びに来た生徒が現れ私達は別れた。

 その後、白鳥先輩は無事にコンサートを終えた。

 私はゲーム内で素晴らしいと絶賛されていたヴァイオリンの音色に感動していた。思わず涙ぐむレベルで美しい音色だった。

 会場は拍手喝采だ。

 アンコールの舞台で、先輩が一瞬こちらを見て微笑んだような気がしたけど、こんなに人がいるところで私に気付くとも思えない。まぁ、偶然だろう。

 コンサートが終わって、控室に寄って先輩に挨拶して帰ろうと思ったら、あのしつこい勧誘の女子生徒に捕まってなぜか、打ち上げに連行されていた。先輩も笑っていて止めてくれなかった……なぜだ。

 打ち上げには近くのレストランの二階を貸し切って行われた。私以外の部員じゃない生徒が数人いたが、やっぱり控室の時みたいに異物感が半端ないね!

 先輩の隣に座らされて、周囲の女子から色々な質問を受けたり、先輩に料理を勧められたりと中々忙しく過ごした。

 もしかすると、この世界に来て一番賑やかに過ごしたかもしれない。

 寮に帰って、今日は色々あって疲れたなぁとベットに倒れ込む時、私は愕然とした。

 ……そういえば、ゲーム買ってない。

 私は明日こそ、ゲーム屋に行こうと決意を固くした。






どうもお久しぶりです…。

長らく更新できなかったのはですね…

なんと、プロットが詰まってしまいましたw

とりあえずジリジリとプロットと格闘し続けていきます。


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